第16話 束の間のデート

 騎士団の敷地から出たところで、レナルドと鉢合わせした。


「トワさん、どうしたんです?」

「レナルドさん…」


 レナルドは公国聖騎士なので、ここで会っても不思議ではない。


「あの、将たちの訓練を見に来て、もう戻るところです」

「そうでしたか。ではお部屋までお送りしましょう」

「あ、いえ。大丈夫です。一人で戻れますから…」


 レナルドは私の顔をじっと見つめていた。

 私は目を合わせないように顔を逸らせた。

 惨めな自分を見て欲しくなかった。


「トワさん」

「は、はい?」

「これから市場の取り締まりに街へ出るところなんです。よければご一緒しませんか?」

「え?街へ?で、でも…大聖堂の敷地から外に出ちゃダメなんじゃ…?」

「私が一緒ですから構いませんよ。ただ、その髪は隠してくださいね」

「あ…はい」


 私たち勇者候補は大聖堂の敷地から徒歩で外に出たことがない。

 勇者候補の存在は最高機密であり、どこに他国のスパイがいるかもしれないからだ。

 それなのに、そんな簡単に外へ出て良いのだろうか?

 それとも、レナルドには私を守れる自信があるということなんだろうか。

 迷ったけど、このまま部屋に帰りたくなかった。

 気晴らしになるかもしれないと、レナルドについて行くことにした。


 ここは大司教公国の首都シリウスラント。 

 この国には王様の代わりに大司教がいて、居住する大聖堂は都市のシンボルになっている。

 その教義は、人間至上主義。

 魔族を排斥することで人間は幸せに暮らせる、というものだ。

 宗教国だから街はローブ姿の人ばかりなのかと思いきや、意外に普通の服装の人たちが歩いていた。

 この世界に来て、初めて人の暮らす街に来た私は、田舎者のように辺りをきょろきょろ見回していた。

 鎧姿のレナルドが歩くと、街の人々は頭を下げて道を譲っていく。

 聖騎士はちょっと怖い存在なのだろうか。

 私はローブのフードを被って彼の後を付いて行く。


「そういえば、トワさんの部屋付きのメイドからちょっとした相談を受けているのですが」

「相談…ですか?」


 私の部屋付きのメイドといえばコレットのことだ。

 必要最低限の会話しかしないので、全然仲良くなれないのだが、相談するようなことなんかあるのだろうか。


「トワさんが時々、大きな声で独り言を言っているので、大丈夫なのかと心配していましたよ」

「え…」


 それって、もしかして私がカイザーと話している声のことだろうか。

 カイザーの声は他人には聞こえないから、独り言を言ってるように思われたんだ。

 部屋の外まで聞こえるほど、知らずに大声を出していたのだろうか。


「大丈夫ですか?デボラさんが不在で、部屋に引きこもりがちなので私も心配していたんですよ」

「あ…すみません…。ちょっとストレス発散に大声出してただけで…気を付けます」

「そうですか。何かあれば私に相談してくださいね」

「はい…」


(うわ、恥ずかしい…!

 これからはカイザーと話すときは気を付けよう。

 コレットにはヤバイ人だと思われてたんだわ…)


 大聖堂からしばらく歩くと、街の風景が一変する。

 その一帯は街一番の繁華街で、人通りが急に多くなった。

 お店もたくさんあるし、通りには屋台なんかも出ていて活気がある。

 お客さんを呼び込む声や、路上で大道芸を披露している芸人もいる。


「わ…凄い人。宗教国ってこんなに栄えてるものなんですね」


 その様子に驚いていると、レナルドが説明してくれた。


「この国の大聖堂カテドラルは有名な観光地なんですよ。世界中から大聖堂に礼拝に来るついでにこの繁華街で食事をしたりお土産を買ったりするのです。そういった旅行者たちが街にお金を落としていくのですよ」

「へえ…意外です。宗教国なのに観光がメイン産業なんですか?」

「もちろんそれだけではありません。世界的に有名な魔法の訓練施設があって、魔法士を目指す若者が多く集まります」

「へえ…魔法学校があるんですか」


 そういえば、さっき訪れた魔法訓練所にも多くの魔法士がいた。

 あそこの他にもファンタジー映画で見たような魔法学校もあるのだろうか。


「市場の方に行ってみましょう」

「はい」

「そこ、段差がありますよ。気をつけて」

「あ、はい…」


 さりげなく彼は手を差し出してくれた。

 その手を取った時、ハッと気づいてしまった。

 今このイケメン騎士とデート状態なのだということに。

 意識した途端、なんだか顔が赤くなってきてしまった。


「どうかしましたか?」

「い、いいえ!別に」


(これってもしかして、初デートってことになるのかな…?)


 なんだか急に恥ずかしくなって、レナルドを直視できなくなってしまった。


 市場に入ると、珍しいものがたくさん売られていて、そっちに気を取られた。

 珍しい細工のブレスレットや髪飾りなどを見ていると、店主が饒舌に勧めて来た。

 この国の物価がどのくらいのものかはまったくわからないし、そもそもお金を持っていないので断っていると、欲しいものがあれば買います、とレナルドが云ってくれた。

 連れてきてもらった上におごってもらうとか、図々しいにもほどがあると思ったけど、屋台から漂うおいしそうな匂いにお腹がぐぅ、と鳴ってしまった。

 私のお腹は遠慮というものを知らないらしい。

 レナルドは笑いながら屋台で肉の串焼きを買ってくれた。

 串焼きは1本銅貨5枚だった。


 初めて見る、この世界のお金。

 元の世界の硬貨とそう変わらない。

 日本の焼き鳥よりも一回り大きな肉の串焼き。屋台なら1本2~300円くらいするだろうか。

 お金の使い方を訪ねると、レナルドは丁寧に教えてくれた。

 この国の通過では、銅貨が最低単位だそうだ。

 銅貨の上が銀貨、その上が金貨と貨幣価値が変わる。

 10枚単位で上位貨幣と両替でき、50円玉的な感じでそれぞれ上位硬貨として大判硬貨も流通している。

 通貨は各国で発行されているけど、通商ギルドがあるおかげで多少の差はあるものの、どこもだいたい同じレートで両替できるそうだ。

 レナルドがそのあたりに売っているものの相場をだいたい教えてくれた。

 それを日本のお金に換算してみると、銅貨1枚が10円くらい。銀貨が100円、大判銀貨が1000円、金貨が1万円って感じだ。

 貨幣価値の最も高い上金貨に至っては1枚で10万円くらいっていうから驚きだ。一体どんなすごい金貨なんだろうか。


 話を聞くと、この国は結構お金持ちらしい。

 聖騎士や魔法士たちもかなりの高給を貰っているようだ。

 観光と魔法学校以外の収入としては、多くの優秀な魔法士を抱えるこの国は、高額な報酬と引き換えに彼らを各地に派遣している。

 要するに、魔法士の派遣業を国家レベルでやってるってことで、特に優秀な回復士はかなりの高額報酬が約束されているという。


 お金持ちの国の割に、あの食事のマズさはいかがなものか。

 上級調理士を雇うくらい払えるだろうに、一体どこにお金をかけているんだろうと首を傾げたくなる。

 屋台の串焼きは少し塩気が足りないけど、大聖堂の食事よりはだいぶマシだった。

 許されるのなら毎日外食したい気分だ。


「トワさん、この前の国境での戦いで魔族と戦ってみてどう思いましたか?」


 屋台の前の長椅子に座って串焼きを食べていると、隣に座っているレナルドが尋ねてきた。

 こういうときはザックリと話した方がいいんだろう。


「あ、えっと…人間と変わらないんだなって思いました」

「確かに、人間のような見かけの魔族もいますね」

「あと、人間と同じ言葉を話すのには驚きました」

「…魔族と話したのですか?」


 レナルドが訝しんでいる。

 もしかしてマズかっただろうか。


「あ、いえ、魔族が攻撃する時に、『死ね、人間め』って言ったんです」

「ああ…なるほど」


 彼は納得してくれたようだ。

 魔族の基地で魔王と話したなんて、絶対に云ってはいけないのだ。


 その後、再びレナルドの見回りに付いて行った。

 市場の屋台ではいろいろな生き物を売っていた。サルのような小動物からトカゲに似た爬虫類っぽいものまで、いかにも異世界っぽい奇異な生き物が軒先に並んでいる。

 レナルドが云うには、その中に魔族が紛れ込んでいることもあるらしく、それを取り締まるのだそうだ。

 こんなに厳しい国でも裏のマーケットは存在するらしく、魔族は高値で取引されるらしい。取引された魔族が高価なのは、魔族の生き血を飲むと不老不死になれるとか、爪や髪の毛が魔除けになるだとか、嘘か真かわからぬ噂があって、それに大枚を払う富裕層がいるからだ。


「魔族を奴隷として売買している国もあるようですが、我が国では掟に従って、たとえ死体でも魔族を国内に持ち込んだ者は死罪か10年以上の苦役につかせることになっているのです」

「厳しいんですね…」

「この国の前身であるオーウェン王国は魔族によって滅ぼされました。この国にはオーウェン王国の生き残りの末裔も多く、魔族を憎む者が多いのです」


 私は魔王から、その滅ぼされた理由を聞いていたので、心から納得はできなかった。だけど戦争はどちらにも犠牲を強いる。その遺族が相手を憎むのは当然なのだろう。


 この日市場では魔族らしいものは見つからなかった。

 レナルドは詐欺まがいの値付けで商売をしている人を見つけては注意していた。


「そろそろ戻りましょうか」

「はい」

「街はどうでしたか?」

「愉しかったです。珍しいものもいっぱい見れたし。連れて来ていただいてありがとうございました」

「そうですか。それは良かった」


 イケメンの騎士とデートできて、確かに気分転換にはなった。


『随分とご機嫌ではないか』


 ネックレスの中からカイザーが嫌味ったらしく告げた。


「そういうんじゃないから」

『浮気者め』

「はぁ?」


 思わず大声を出してしまった。


「トワさん?どうしました?」


 前を歩いていたレナルドが振り返った。


「あ、なんでもないです。あー、へえ~!珍しい鳥がいますねー?」

「ああ、あの屋台の籠の中の鳥ですか?あれは南方の大陸から…」


 レナルドが鳥の説明をしてくれた。

 なんとか誤魔化せたようだ。

 カイザーの声は聞こえないので、私だけが大声を出して、おかしな奴だと思われてしまう。

 小声でカイザーに文句を云うと、そのまま黙ってしまった。


 部屋の前まで送ってもらって、去り際にレナルドは云った。

 

「ああ、そうだ。明後日、大司教様が勇者候補の2度目の鑑定を行うそうです。実戦を重ねて能力も上がっているでしょうから、楽しみですね」


 それを聞いて、私は現実に引き戻された。

 急に、冷や汗が止まらなくなった。

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