第15話 プライバシー
帰国してから、私たち勇者候補は以前の生活に戻った。
武術や魔法の修練の毎日である。
私以外は。
というのも、デボラが北国境の砦に残ったため、先生がいなくなってしまったのだ。
後任がなかなか決まらなくて、暇を持て余していた。
レナルドには自習しろと云われたけど、教本を読むこともできないし、部屋の中でこっそりミニドラゴンのカイザーを呼び出して話をする日が続いた。
あれから何度も確認してみたけど、やっぱり魔属性を持っているという事実は消えなかった。
私は魔族じゃない。
だけど、人間で聖属性と魔属性両方を持ってる場合は、どうなるんだろう?
「いつ、魔属性が増えたのかな…?」
『うーむ。そもそも、人間が魔属性を持つはずがないのだがな』
「うん、そうなんだよね…」
『魔族を癒せたところを見ると、おまえは最初から魔属性と聖属性の両方を持っていたのではないか?』
「でも、以前鑑定してもらった時は、聖属性しか持ってないって言われたわよ」
『魔族にのみ有効なスキルは、使用するまで有効化されなかったのかもしれんな』
「そうなのかな…」
確かに最初に自分でスキルを確認した時、黒塗りされた個所があったように思う。もしかしたらあれが魔属性関連のスキルだったのかもしれない。
『おまえは人間なのに、魔族にのみ有効な能力ばかり持っているというのは不思議だな』
「うん…どうしてなんだろうね」
『聖魔両方の属性を兼ね備えている者の存在など、この世界ではありえんのだが、おまえは異世界人だ。そういうこともあるのだろう』
「大雑把ね…。だけど、それ以外に説明のしようがないよね」
『考えても仕方のないことは考えないことだ。気晴らしに外にでも出たらどうだ?』
「うーん…そうね」
カイザーは外出しろと提案したけど、私たち勇者候補は外出を制限されている。
行動が許されているのは、大聖堂の敷地内だけだ。
それでもかなり広いので、気晴らしにはなるかもしれない。
ミニドラゴンで召喚したカイザーを灰色ローブの中に隠して、ぶらぶらと歩いていると、魔法訓練所の広場にたどり着いた。
『ほう、魔法障壁を張っているのか』
「え?どこに?」
『視えぬのか?この広場をぐるりと囲んでいるぞ。この中でならばいくら魔法を撃っても外に被害は及ばぬだろう』
「へえ~ちゃんと対策されてるのね」
『ふむ、誰かが魔法を使っているのだろうか、大変なことだな』
「たぶんそれ、魔法具だと思うよ」
『魔法具?』
「ほら、部屋の灯りとかと同じ、魔法を自動的に継続使用できるように開発された道具のことよ」
『ほう?そのような便利なものがあるのか』
「うん。人間は魔法を使えない人が大半だからね」
広場には魔法の練習をする魔法士たちがたくさんいて、それぞれ教官について授業を受けているようだった。その中に朱色のローブ姿のエリアナがいた。
彼女は見慣れない初老の男性と一緒に居た。
ホリーと同じ緑色のローブを着ている。
あの人も祭司長なのだろうか。
私の姿に気付いたエリアナは、その男性と別れてこちらへやって来た。
急いでカイザーにネックレスの中に戻ってもらった。
「ハイ、トワ」
「こんにちはエリアナ。見学に来たよ」
「ちょうど訓練が終ったところよ」
「あの人は?」
私は、ちょうど訓練所の建物の中へと入って行く男性を指した。
その人は白髪交じりの灰色の髪を首の後ろで束ねていて、物腰の柔らかそうな、いわゆるイケオジってやつだった。
「ああ、リュシー先生ね。今度から私の担当になったの。リュシー・ゲイブス。ホリーと同じ祭司長なんだけど雲泥の差よね」
「へえ…あの人も祭司長なんだ?」
「祭司長って4人いるんだって。その中でもリュシーは別格らしいわよ」
「へえ…エリアナの担当になるってことはすごく優秀なんだね」
「そうよ。リュシーはね、この国でも数少ないSS級魔法士なの。水の魔法が専門だって言ってたわ。それにね、教え方がすごく上手なの!もっと早くに帰ってきてくれればよかったのに」
エリアナは得意そうに云った。
「なんでも大司教の次に偉い、すう…枢機卿だったかな?それになるんじゃないかって言われてるらしいの。優秀な上に人望もあるってすごくない?」
「へえ…初めて見た。そんな優秀な人、今までどこにいたの?」
「リュシーはずっとアトルヘイム軍へ派遣されてたんだって。あたしたちが遠征してる間に帰国したらしいよ。だからあたしたちのことも知らなかったみたい」
「なるほど…」
エリアナは随分と彼を気に入っているみたいだ。
もしかして彼女は年上好みだったのかな?
まあ、私には関係ないことだ。
そもそも回復士はこの訓練所には縁がないから、遠征でもなければきっと今後も会う機会はないだろう。
「せっかくだしさ、将と優星のところに行ってみない?」
私は彼女に連れられて騎士団の訓練所へ向かった。
騎士団の宿舎も訓練所もすべて大聖堂の敷地の中にあるのだが、騎士団の領地内に入るのは初めてだった。
エリアナが施設の説明をしてくれたけど、騎士団の多くの施設内は女性は入ってはいけない規則らしくて、彼女は怒っていた。
騎士団の訓練所はオープンな広場になっていて、将と優星はそこで模擬戦を行っていた。
優星の得意な武器は弓のはずだけど、なぜか2人は剣で戦っていた。
「優星はどうして弓を使わないの?」
「この前の戦闘で、魔族のスピードに弓じゃ対応できなかったんだってさ」
「それで将に剣を習ってるの?」
「そ、表向きはね」
「表向き…?」
私はエリアナの云う意味を図りかねて首を傾げた。
将の戦い方は、剣に魔法を
どう見ても将が手加減しているようにしか見えない。
結局、将が優星の剣を叩き落し、その胸に剣の切っ先を突き付けてゲームオーバーになった。
「ほらね。わざわざあんなことしないで、弓の腕を磨けばいいのにね」
エリアナは呆れ顔で云った。
それには私も同感だった。
「ハイ!二人共ー!お疲れさま!」
エリアナが声を掛けると、2人は剣を仕舞ってこちらへやって来た。
「よう、2人揃って来るなんて珍しいじゃん」
「訓練が終わったからトワを誘って見学に来たのよ」
「そういやエリアナは新しい魔法士に習ってんだっけ。どう?」
「それがね…」
私を除く3人は、訓練についてワイワイと話し合った。
彼らは聖騎士を交えてよく合同で訓練もしているようで、攻撃魔法についてのフォーメーションとか専門的な話で盛り上がった。
私だけが蚊帳の外って感じで、なんだか居心地が悪かった。
「じゃあ、私そろそろ行くね」
「え、もう?」
「うん、じゃあね」
私は逃げるようにその場を去った。
「なんだあいつ」
不機嫌そうな将の言葉が背後から聞こえた。
「あたしたちだけ盛り上がってたから、仲間外れにされたって思ったんじゃない?」
「そっか。悪いことしちゃったね」
「ハッ、それくらいで拗ねたってか?まるで
そんな会話が聞こえて来たけど、あえて聞こえないふりをした。
「ねえ将。汗もかいたし、騎士舎の風呂に行かない?」
「あ、わりぃ。俺、これから鍛冶師んとこ行くことになってんだ。剣が刃こぼれしちまってさ」
「そっか」
「じゃあな」
将は片手を上げて宿舎の中へ去って行った。
優星はエリアナに目を移した。
「あたしを誘わないでよ?行かないから」
「誘わないよ。第一、騎士舎は女人禁制なんだから」
「ナンセンス!ホント、この国のそういう差別って古いわよね!」
「うん、まあね。僕らのいた世界よりも昔の時代の倫理観が生きてる感じだよね」
「…特にあんたみたいなのは生きづらい世界よね」
「それ、どういう意味?」
エリアナは腕組みをして優星を見上げた。
「あたしが気付いてないとでも思ってるの?」
「何のこと?」
「あんた、ゲイでしょ」
優星は絶句してエリアナを見つめた。
「だからって別にどうとも思ってないから。あたしの国では性的マイノリティを
「…そっか。結構気を付けてたつもりなんだけどな。どうしてわかった?」
「片耳ピアスの時点でわかってたわよ。あたしのゲイの友人もあんたと同じタイプだったから、すぐ気付いたわ」
「そっか…しくじったな」
「それにあんたの将を見る目がさ、友達を見る目に見えないのよね」
「まいったね…」
優星はピアスの耳たぶに触れた。
「他の皆にもバレてるのかな?」
「ううん、たぶん誰も気付いてないと思うわ」
「将には内緒にしておいてくれる?」
「言う気もないわよ。他人のプライバシーに首を突っ込むつもりはないわ。でもさ、彼に理解してもらうのは難しいかもね。苦しい想いをするかもよ?」
「今までだってずっと苦しい恋しかしてこなかったよ。でも、それでもいいんだ」
「…強いのね」
「打たれ慣れてるからね」
「そんなの慣れちゃダメよ。言いたいことはハッキリ言わないと伝わらないわよ?」
「伝えるつもりはないよ。こう見えて臆病なんだ」
「ふうん?あんたがそれでいいのならあたしは何も言わないけど」
「サンキュ」
優星はエリアナにウィンクして見せた。
「けど、将は無駄にプライド高いし、ちょっとしたことで機嫌悪くなるし、なかなかつき合いづらい男だと思うけど、大丈夫?」
「繊細なんだよ、彼は。ああ見えて優しいとこもあるんだ」
「ふうん?まあ、好みは人それぞれだけど、聞いていい?どこが良かったわけ?」
「しいていえば、顔かな?」
「顔ねえ。ま、悪くはないと思うわよ」
「フフッ、彼はたぶん、エリアナの好みのタイプではないよね。君のタイプってどんな人?」
「あたし?あたしはね、とにかく優秀な人が好きなの。そりゃ見かけは良い方が良いけどさ。やっぱ中身じゃない?」
「君の相手になる男は大変そうだね」
優星は軽く笑った。
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