第17話 鑑定の日

 さっきからため息しか出ない。


「今度鑑定されたら絶対バレるわよね…」

『だろうな。この国では魔族は死罪らしいから、おまえも危ういぞ。どうする?連れて逃げてやろうか?』


 ベッドの上で突っ伏した私の周りをふわふわと浮いたまま、カイザーは自信たっぷりに云った。


「ダメダメ!あんたが元の姿に戻ったら、この建物全壊するじゃない」

『フン。建物どころか、街ごと吹き飛ばしてやってもよいぞ』

「却下。そんなことしたら死人が出るじゃない。絶対ダメ!」

『フン、面倒なことだ』


 カイザーが時々空気の読めない発言をするのは、彼が人ではないからだ。

 だからこうしてカイザーには云い聞かせるように話すことが必要だった。


『悩む割に、逃げることは考えていないようだな』

「どうしても逃げなきゃならない状況になったら、考えるよ」

『ふむ。いい度胸だ』

「…あんたには言ってもわからないかもしんないけどさ。私、これでも人の命を助ける仕事してたのよ。だから自分から怪我人が出るようなことをするわけにはいかないの!」

『そうか。ならばもう考えないことだ。なるようにしかならん。いざとなれば私を呼び出せ。必ずおまえを守ってやる』


 カイザーは私の背中に止まり、囁くように云った。


「…うん。ありがと。慰めてくれるんだね」


 最初こそカイザーは上から発言だったけど、話をするうちに、カイザーとの距離が縮まった気がする。

 うつ伏せで目を閉じていると、急に背後から覆いかぶされる重さを感じた。


「う…ちょっと重い…」


 目を開けて顔を動かすと、超絶イケメンの顔が間近にあった。


「きゃあぁ!」


 黒髪の青年に背後から抱きしめられていた。

 びっくりして飛び起きたのと同時に、叫んだ自分の口を押えた。

 またコレットに聞かれてしまう。

 私は声を押さえてカイザーに抗議した。


「ちょっ…!何してんの!?」


 それはもちろん、カイザーの擬態した超絶イケメンの青年魔王の姿だった。


「落ち込んでいるようだったから励ましてやろうと思ってな」

「だからってなんでその姿なのよ!」

「おまえが喜ぶかと思ったのだが」

「そ、そりゃ…まあ…。悪い気はしない…けど」

「仮とはいえ、今はおまえが主だからな。主を気遣うのは当然だ」

「もう…余計な気を回さなくていいって」


 だいたい、このシチュエーション自体があり得ない。

 ベッドの上でこんなイケメンと添い寝してるなんて。


「遠慮せずともよいのだぞ?ほら、来い」


 このイケメンは、あろうことか私の隣に横たわり、片手で私を誘うように手招きした。


(くうっ…!このクソイケメンがぁ…ズルいじゃん!)


 私はその誘惑に勝てず、ちょっとだけ甘えることにした。

 カイザーの胸元にそーっと体を横たえてみた。

 こんな近くで男の人の顔を見たのは初めてだった。

 この顔、マジで心臓に悪すぎる…。

 近くで見ると、顔の造作が綺麗すぎて、ずっと目で追ってしまう。

 だけどドキドキするより安心感が勝ってるのは、きっと中身がカイザーだとわかっているからなんだろう。


「変なことしないでよ?」

「変なこととは何だ?」

「体に触れないでってこと」

「こういうのもダメか?」


 カイザーは私の頭に手を置いて、ナデナデした。


「それは許す…」


 カイザーなりに、私を元気づけようとしてくれているのだろう。


「カイザー、あんたってイイヤツね」

「フン、ようやくわかったか」


 カイザーの不器用に頭を撫でる手が優しくて、私はそのまま目を閉じた。

 カイザーの云う通り、なるようにしかならない。

 覚悟を決めるしかないのだ。


 そしてついに鑑定の日がきた。

 レナルドに案内されて、私たち4人の勇者候補は鑑定室に入っていった。


 大司教は相変わらずマスク顔に、フードを被っている。

 椅子に座る大司教の前のテーブルの上にはあの宝玉が置かれている。

 やっぱり、魔王の持っていたものと同じに見えた。

 この国で能力鑑定をできるのは大司教だけということになっているけど、実はあの宝玉自体にスキルがあることを私は知っている。

 だけど今ここでそれを云ったところで、どうにもならない。

 むしろ、鑑定前に自分の首を絞めるだけだ。

 

 私たちは一人ずつ、大司教の向かいの椅子に座って鑑定を受け、残りの者は椅子の後ろに立って待つ。

 その様子はまるで怪しげな占い師と客みたいだ。

 最初はエリアナが呼ばれた。


「…ほう、火と風に加え、地の魔法もかなり熟練度が上がっているようだ。これならば十分魔族と戦えよう。だが勇者のレベルにはまだ達しているとは言えん」


 大司教からそう告げられると、彼女は少しがっかりしていた。

 自分でも結構自信があったのだろう。


 次に優星が大司教の前に座る。


「弓に加え、風の魔法もなかなかのレベルに達しているようだな。今後は魔法よりも武技スキルを中心に鍛錬するがよい」


 優星は結果を聞いて、黙ったまま席を立った。

 その後は将が呼ばれた。


「敵の総大将を倒したそうだな。魔法剣の腕はなかなかのようだ。なにより光魔法の武器付与エンチャントを得たのが大きい。回復士なしでも戦い続けられるのは貴重だ。だが勇者の域にはまだ達してはおらぬ」

「ま、こんなもんだ」


 将は肩をすくめた。


 そして最後に私が呼ばれた。

 私は前に座り、恐る恐る宝玉に手をかざした。

 すると大司教は宝玉を見て、うなり声をあげた。


「あの…?」


 ふと見ると、透明だった宝玉が真っ黒に染まっていた。

 嫌な予感がする。


「これは…なんということだ。こんなことは初めてだ」


 大司教の声は少し震えていた。


「レナルド、この者を捕らえよ!」


 突然、大司教は声を張り上げた。

 扉の前に立っていたレナルドは、一瞬躊躇したが、すぐに動いた。


「はっ!」


 レナルドは椅子に座っていた私を引っ張りあげて、両腕を後ろ手に拘束した。


「痛っ!な、何するんですかっ?」

「どうしたの?」


 エリアナが驚いて私を見た。


「これを見よ」


 大司教が真っ黒に濁った宝玉を示した。


「宝玉が黒くなった。これは魔属性を持つ者の証。この者は魔属性を持っておる」

「ええっ?」

「嘘だろ…?」


 私と大司教以外の全員が驚きの声を上げた。

 私の手を掴んでいるレナルドも、驚いていた。


「まさか…!トワさんは聖属性を持っていたはず。相反する属性の魔属性を持つことなどありえません!」

「そのまさかが、現実に起こっている。そなた、魔族だったのか?」

「違います!私は魔族じゃありません!」

「ではなぜ魔属性を持っているのだ?」

「そんなのわかりません!」


 私はそう叫んだものの、少しだけ嘘をついた。

 魔属性を持っていることを隠していた。

 それはたぶん、魔王に会ったこと、魔族を癒したこと、カイザーを使役していることなどが影響しているのかもしれない。

 だけど、私自身は魔族になった覚えはない。


「ふむ、シラを切るか。では然るべき場所へ送って確かめてみるしかあるまい」


 大司教はレナルドに目配せした。


「これよりこの者は、勇者候補から外れる。すべての特権を廃し、奴隷階級に落とすこととする」

「ええっ?」

「奴隷ですって?!」


 これにはエリアナたちが黙っていなかった。


「奴隷だなんてナンセンスだわ!そんな身分に落とすなんて絶対反対よ!」

「僕も反対だ。いくらなんでも非人道的だ」


 エリアナと優星は激高して、大司教に食って掛かった。

 それに対して、将だけは冷静さを保ったままだった。


「まあ待てよ。そいつ、魔属性を持ってるってだけで魔族ってことになるのか?どう見ても違うだろ?」

「私は魔族じゃない!そんなの皆だって知ってるでしょ?」

「これまで異世界人が魔属性を持っていたことはありません。しかし魔族でない者が魔属性を持つことはありえないのです」


 レナルドは私の両手を押さえながら云った。

 すると大司教はそれに同意し、無情に云った。


「その通りだ。なぜそのようなことになったのか、調べる必要がある。魔属性を持っているのに聖属性をも持ち、回復魔法が使えることも謎だ。この者は研究施設リユニオンに奴隷として送られ、その真相を突き止められることとなるであろう」 

研究施設リユニオン?」


(なんだっけ、それ。

 どこかで聞いたような…)


「郊外にある、魔族を研究している施設です」

「ちょっと!まさか人体実験とかするんじゃないでしょうね!?」


 エリアナが顔色を変えて怒鳴った。

 それで思い出した。

 デボラが云っていた、魔族の人体実験施設のことだ。


「それも必要なことだ。連れていけ」

「はっ」


 レナルドが私の腕を掴んだまま部屋を出て行こうとすると、エリアナが扉を塞ぐように両手を広げて立ちはだかった。


「待ってよ!いきなりそんなの酷いじゃない!」

「どいてください、エリアナさん。なにがあろうと、魔属性を持つ者を野放しにはできないのです」

「それにしたって奴隷はひどいわ!他にやり方はないの?」

「邪魔をすると魔族を庇った罪であなたも同罪になりますよ」

「同罪って何?トワは魔族じゃないでしょ?一緒に国境にだって行ったじゃない!」

「それはこの事実を知らなかったからです。魔属性を持つ者は人間とは認められません。これはこの国の掟です」

「そんな…!」

「…エリアナ、無駄みたいだよ」


 優星に諫められ、彼女はしぶしぶ道を譲った。


「なるほどな。いくら頑張っても回復魔法が伸びなかったのは、魔属性を持ってたからだったんだな。同じ勇者候補なのに、おかしいと思った」


 手のひらを返したかのような発言をする将に、エリアナはカッとなった。


「ちょっと将!何言ってるのよ!あたしたち仲間でしょ?」

「仲間じゃねーよ。おまえだって、役立たずだって言ってたじゃねーか」

「そ、それは…」

「将、言いすぎだよ」

「よく考えたら、こいつだけ体が違うとか言ってたじゃねえか。俺らとは根本から違ってたんだよ」


 将は冷ややかな視線を私に向けた。


「私、魔族じゃない!信じてよ!」


 私は精一杯叫んだ。


「さあ、トワさん。行きますよ」

「こんなことになろうとは、私も残念だよ」


 大司教の言葉を最後に、私は部屋から連れ出された。

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