第9話 ドラゴン召喚

 翌朝、帰る前に魔王が朝食に誘ってくれた。

 朝からまるでフレンチレストラン並みの豪華な食事に驚いた。

 やっぱり抜群に美味しい。

 このご飯だけでもここにいる価値はあると思う。


「この基地の物資の補給が滞ってるって聞いたけど、昨日も今日もこんな豪華な食事出してもらって大丈夫?」

「ほう?やはりその情報をもとに人間共は攻勢をかけてきたか」

「あ…うん、そうみたい」

「食料は今のところ大丈夫だ。部下たちが近くの魔の森まで行って調達してきているのでな。だが補充の兵や武器などの物資が届いておらぬのは本当だ」

「やっぱり何か起こっているの?」

「わからぬ。魔王都メギドラと連絡がつかぬとサレオスが言っている」


 食事を終えようとした時、サレオスが慌てて報告に来た。

 人間の軍が国境砦を出発し、こちらへ向かっているとのことだった。


「昨日戦ったばかりなのに、どうして…」

「昨日の勝利で勢いづいたのだろう。昨日奴らはサレオスを討ち取って勝利宣言をし、引き上げて行った。指揮官不在の好機を逃す手はなく、あわよくばこの基地を落とそうとでも思っているのだろう」

「また、戦争が始まるの?」

「ああ。一度戦に勝つと、負けるまで戦いたくなるものだ」

「悪いループだね…。こっちの戦力は大丈夫なの?」

「昨日、おまえが癒してくれた連中もまた戦える。戦力的には昨日とさして変わらん」

「…そうなんだ…」


 あの魔族たち、また戦いに出るんだ。

 せっかく癒してあげたのに、なんだか複雑な気分だ。


「戦が始まる前におまえは密かに人間の軍へ合流しろ」


 魔王はそう云った。

 私がここにいるのがバレたら、きっとスパイ容疑をかけられる。

 彼はそんなことまで心配してくれているのだ。


「ゼルくんも戦うの?」

「いや、我はこの基地に結界を張り、奴らの侵入を防ぐ。基地を落とされぬことが重要だ」

「そっか…昨日もそれで出て来なかったんだものね」

「連中はサレオスが死んだと思っている。その油断を逆手に取る。まあ、兵力は圧倒的に向こうが上だがな」


 ゼルくんの表情は硬い。

 あまり良い状況とはいえないようだ。


(…よし、決めた)


「ゼルくん、私も手伝うよ」


 魔王は目を丸くした。


「何を言っている…?」

「といっても、回復しかできないけど」

「だがそれでは人間を裏切ることになるんだぞ?」

「うん…。そうかもしれないけど今の私にできることをしたいの。その代わり、人間をできるだけ殺さないって約束してくれない?」

「クッ…。おまえは案外、知恵のまわるヤツだな」

「食事とお風呂をごちそうになったしさ。それに、せっかく治した彼らを殺されたりしたら悲しいもの」

「ならばおまえのために、人間たちの命を奪うのは極力控えよう」

「ゼルくん…ありがとう!」


 思わず少年魔王の小さな体を抱きしめた。

 心なしか、彼の頬が赤い気がした。


「よし、決めた。我も打って出るとしよう」

「え?」

「屋上の泉に行くぞ」

「屋上?またお風呂?」

「いいからついて来い」


 私と魔王は再び基地の屋上にやって来た。

 昨日は夜だったから気付かなかったけど、屋上からは見渡す限りのパノラマ風景が広がっていた。

 あまりの高さに思わず足がすくむ。


 国境の方を見ると、遠くに土煙が上っているのが見える。

 あのあたりまで人間側の軍が行進してきているのだろう。

 それを迎え撃つために、基地から魔王軍が出陣していった。

 この広い戦場全体で戦っている魔族たちを、正体も悟られずにどうやって癒すべきか、それが問題だった。


「おまえは範囲回復ができるといったな。ならば戦場全体を見ることが出来れば効率よく回復ができるはずだ」

「そりゃそうだけど、戦場って人が集団で動くじゃない?難しいよ」

「まあ、見ていろ。こっちへ来い」


 私と魔王は昨日、風呂代わりに使った泉の縁に立った。

 魔王は、黒い石のついたネックレスを手に持ち、呪文を唱え始めた。

 一体、何が始まるんだろう?


「永き眠りより目覚めよ。来い、カイザードラゴン!」


 突然魔王が叫んだ。

 すると、泉の水面からまばゆい光がレーザー光線のように四方に飛び出し、魔王の持つ黒い石に直撃した。その直後、黒い石からもくもくと黒煙が立ち昇り、やがてそれは巨大なドラゴンに姿を変えた。

 ドラゴンは、大きな翼を羽ばたかせて、泉をまたぐようにして魔王の前に降臨した。


「ドラゴン…!!」


 その迫力に思わず息をのんだ。

 本物のドラゴンだ。

 すごい、おっきい!

 それは、映画やアニメで見たのと同じ姿をしていた。

 

「ちょっと…!こんなのがいたんなら、なんで昨日出さなかったの?」

「我は昨日、この基地全体に結界を張っていたと言ったであろう?それで精一杯で、カイザードラゴンを召喚している余裕はなかったのだ」


 そうか、魔王は力を封印されてるから魔力にも制限かかってる。

 ドラゴン召喚って結構な負担になるんだ…。


『久しいな、魔王よ。ようやく封印を解いてくれたな。だがその姿はどうした?』

「しゃべった!?」


 私が驚きの声を上げると、ドラゴンは半月型の瞳だけを動かして、じろっとこっちを睨んだ。


「100年前、おまえをこの黒曜石に封じたまま、我はこの世界から消失した。転生したばかりで、まだ魔力が戻っておらぬのだ」

『なるほど、そういうことか』

「久しぶりに働いてもらうぞ」

『承知した、我が召喚主マイマスターよ』


 ドラゴンが魔王と普通に会話してる。

 会話っていうか、頭の中に声が直接響いてくるみたいな感じだ。

 テレパシーみたいなものを使っているのかもしれない。


「このカイザードラゴンの背に乗って戦場を空から見れば良い」

「ええっ?で、でも…怖いよ。第一落ちたらどうすんの?」

「安心しろ、我も一緒に行ってやる」

『おい、まさかその人間を乗せるつもりではあるまいな?』

「我のすることに文句があるのか?あ?」


 少年魔王の目つきと口調が急にガラ悪くなった。


『…乗るなら早くしろ』


 魔王の言動に気圧されたカイザードラゴンは、ここから乗れというように、私たちの前に首を低く差し出した。


「ほら、来い」

「う、うん…」


 魔王は私の手を取って、ドラゴンの背に乗せてくれた。

 魔王がパチン、と指を鳴らすと、私たちが立っている場所が透明なバリアのようなものに覆われた。


「何をしたの?」

「周囲に風よけを作り、足元を重力で固定した。これで高速で飛んでも落ちることはない」

「す、すごい…!それも魔法?」

「封印されていてもこれくらい造作もない」


 魔王は、何もない空間から黒いマントと白い仮面を取り出し、私に渡してくれた。

 白い仮面は能面に似ていた。


「何これ」

「正体がバレると困るだろう?それをつけて顔を隠せ」

「あ、うん、ありがと…助かる。でもこれどこから出したの?」

「空間魔法を使ったのだ。異空間を利用して瞬間移動したり、自分用の空間を作ることができる魔法でな。自由に物を出し入れできるのだ」

「え。瞬間移動?」

「ああ、一度訪れた場所へならば、異空間を通って瞬間移動できる。魔力が戻りさえすればの話だがな」

「すご…!それ、いいな。超便利じゃん」

「実は昔、空間魔法を使って長距離を一瞬で行き来できる魔法具を作ったこともあるのだ。大戦以前に我が発明したのだが、今どうなっているのか…。いや、今はそんなことを話している場合ではないな」

「あ、うん、そうでした」


 私は黒マントと白い仮面を身に着けた。

 完全に怪しい人物だ。


「じゃーん!どう?」

「なかなか似合っているぞ」

「フッフッフ…謎の魔人って感じじゃない?」

「…遊びではないのだぞ?」

「わかってるって。実は緊張してるのよ…」


 私が小声でそう云うと、魔王は小さな手で私の手をぎゅっと握った。


「心配するな。我がついている」

「…うん。ね、私、上手くやれると思う?」

「おまえならやれる。いや、おまえにしかできぬことだ。自信を持て」

「そうだね。…がんばる」


『では行くぞ』


 そうしてドラゴンは私と魔王を乗せて国境へ向けて飛び立った。

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