第8話 少年魔王
「いや、面白いものを見せてもらった」
少年魔王はそう云って笑った。
「おまえ、名はなんという?」
「トワよ。タカドウ・トワっていうの」
「ふむ。トワ、か。我はゼルニウス。魔族の王だ」
魔王の一人称は我って云うのか。
可愛い男の子の一人称としては違和感があるけど、そこは突っ込んじゃいけないところなんだろう。
地下の大広間の一件で、私は客人待遇になった。
気を失った私は、魔王の部屋で意識を取り戻した。
食事の良い匂いで目が覚めたと云ってもいい。
テーブルいっぱいにご馳走が並んでいたのだ。
空腹だった私は、魔王の見ている前で夢中で食べた。
こんなに美味しい食事をしたのは、こっちに来て初めてだった。
それで今、こうして魔王の部屋で食後のお茶を待っていたりする。
「しかし、魔族を癒す人間がいるとはな。我も長いこと生きているが、そんな者は初めてだ」
「私が一番驚いてるわ…」
魔王を前に緊張するかと思ったけど、見かけが少年だからか、話しているうちにいつの間にかタメ口になってしまっていた。
魔王の方も特に気にすることもなく、そのまま会話を続けている。
素性を訊かれた時、なんとなく嘘をつくのが躊躇われて、素直に自分が異世界から召喚された勇者候補だと打ち明けた。
「ほう。勇者とはな。我を倒せとでも言われたか」
「うん」
「ではどうする?今ここで我を討つか?」
「私は回復士よ?戦う力なんか持ってないもん。仮に持っていたとしても、こんなご馳走をいただいておいて、あなたと戦う理由がないわ」
「人間は魔族というだけで、理由もなしに斬りかかって来るぞ?」
魔王は吐き捨てるように云った。
私は気まずくて唇をぎゅっと噛んだ。
確かに大司教公国ではそういう人が多かった。
「我がおまえにここにいて欲しいと頼んだら、どうする?」
「え?」
少年の金色に輝くまっすぐな目が私を射るように見る。
「我はおまえに傍にいて欲しい。その奇跡の力で魔族を救って欲しいと思っている」
彼は私の能力を認めてくれている。
どうしてかはわからないけど、私の能力は魔族に対してだけSS級並に効くらしい。
必要としてくれる人がいるというのは嬉しいものだけど。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それはできないわ。一応、これでも人間だし、大司教公国には面倒見てもらった恩もあるし…」
「お前の魔法は人間にも効くのか?」
「うん、それがね…どうも人間相手には今一つなの。戦場では足手まといだったと思うわ。回復士なのに回復ポーションを持たされるくらいだもの」
「ハッ!それは屈辱だな。それでは戻ったところで役にも立つまい。実際、おまえは戦場で放置され、仲間は誰も探しにも来なかったではないか」
「う…」
気にしていたことをさらりと云われた。
…少なくとも、サレオスみたいに探しに来てくれる人はいなかった。
実際のところ、誰も私に関心がなかったし、期待もしてなかったと思う。
ただ勇者候補だから、異世界人だから、大司教の命令だからというだけで付き合ってくれていただけだ。
「ハッキリ言うわねえ。それはそうなんだけどさ…。それでもまだ何かできることがあるかもしれないじゃない?」
自分で云っといて何だけど、できることなんてあるのだろうか?
「なかなか前向きだな。ならば明日、人間の砦に帰るが良い。国境近くまで送ってやる」
魔王の言葉は意外だった。
「え?いいの?…閉じ込めたり、牢に入れたりしないの?」
「そんなことはせぬ。確かにおまえの能力は、天地を揺るがすほどの貴重なものだがな。ここで我と出会った以上、いずれおまえは必ず我の元へ戻ってくることになる」
予言じみたことを口にした魔王は、不敵に微笑んだ。
その様子は大人びていて、ちっとも子供らしくないと思った。
「不思議ね…。ついさっきまで戦っていた相手とこんな風に打ちとけるなんて」
「戦に参加している者のほとんどは、実際に戦っている相手に恨みや憎しみを持っているわけではない」
「…そうだね。でも驚いたよ。魔王はいないって聞かされてたから」
「我は100年前の戦いで封印され、この世界から消失しておった。ほんの数週間前にようやく転生できたので、実のところ、最近の状況はよくわかっておらぬ」
(数週間前っていうと…私が召喚された頃かな)
「転生って…ここで?」
「いや。魔の森の中に神の時代の遺跡があってな。我はそこで転生を迎えた。サレオスは魔力感知の能力を持っていて、我が転生したことを感知し、遺跡まで迎えに来てくれたのだ」
「もしかして転生したから子供の姿なの?」
「そうではない。生前に封印され、それが解けぬまま転生したため、このような不完全な姿になってしまったのだ。おかげで使える能力にも魔力にもかなりの制限を受けている」
「どうやったらその封印を解けるの?」
「人間のお前がそれを知りたいのか?」
「あー、うん、そういえばそうね。人間側からしたら、魔王の封印は解けない方がいいのよね」
「ククッ、おかしなヤツだ」
そのタイミングで魔族の給仕がお茶を運んできた。
それを一口飲んで驚いた。
「美味しい!さっきの食事も全部美味しかったけど、お茶まで美味しいなんて感動だわ!」
素直にその味の感想を云うと、魔王は得意げに云った。
「そうだろう。我に食事を提供できる者は<上級調理士>以上のスキルを持つ者だけだからな」
「<上級調理士>スキル?そのスキルがあるとこんなに美味しい料理ができるの?」
「なんだ、おまえはそんなことも知らんのか」
魔王はこの世界では、すべての事象を上手に行うためには生活スキルが必要だと教えてくれた。
それは料理に限らず、建築、裁縫、鍛冶、道具作りなど、生活のすべてがスキルによって左右されるという。
スキルを持たぬ者が携わると残念な結果になることが多いらしい。
「魔法にばかり頼る国では生活スキルを軽んじる傾向にあるようだ。おそらくは料理を作る者は下級の魔法士なのだろう。そんなに不味いというのなら、<下級調理士>スキルすら持っていない者が調理をしているのではないか?」
「そうなんだ…だからあんなに酷い食事なのね」
なるほど、大司教公国のご飯が激マズな理由がわかった気がする。
「生活文化の高い国ならば、もっとマシな食事が出るだろうが、それでも我の国には勝てぬだろうな」
魔王は自信たっぷりに云った。
きっと魔王は美食家なんだ。
こうした生活スキルはもともとの素養にもよるけど、修行によってスキルを習得したり、下級から上級に昇格することもできるという。やっぱり努力って大事なのだ。
この世界にはまだまだ知らないことがたくさんある。
「おまえはまだこちらの世界のことには疎いのだな。聞きたいことがあれば何でも教えてやるぞ?」
魔王は意気込んだ。
だから、素直な疑問を投げかけてみた。
「魔王って人間の国を侵略して世界征服したりするの?」
すると魔王は半分呆れたような顔をしたけど、ちゃんと答えてくれた。
「だいぶ偏見を持っておるようだな。魔王とは魔族の王という意味だぞ。人間の国にも王はいるだろう?それと同じだ」
「言われてみれば…。魔王って魔族の国全部を1人で治めてるの?」
「そうだ。まあ、正確には部下に土地を下賜して統治させてはいるがな。魔王だからといってただ玉座にふんぞり返っているわけではないぞ。ちゃんと魔王としての仕事もしている。世界征服なんかしているほど暇ではないのだ」
「でも魔族は、人間の土地を奪いに来るって言ってたわ」
「人間共は魔族と争う理由が欲しいからな」
魔王によれば、確かに過去には一部の魔族が人間の国に侵攻したこともあったというが、それも人間側が挑発したせいらしい。
レナルドは、魔族は自分たちの土地が貧しくて、人間の土地や食料を奪うために攻めて来るんだと云っていた。だけど魔族の国には、豊かな土地も多くあるし、魔の森の中には多くの木の実や食用の草花が実っていて、基本自給自足が成り立っている。魔族の国の作物を人間の国に売ったりもしていて、食料には困っていないのだという。随分、聞いていた話と違うことに驚いた。
「人間の国と魔族の国って交流があるの?」
「昔から複数の国と交易している。おそらく今も続いているだろう」
「そうなんだ…。知らなかった」
それが事実なら、私はひどい誤解をしていたことになる。
それどころか、人間が魔族の国に侵入して盗みを働くこともあったと魔王は話した。花粉対策を万全にして、1週間以内に脱出すれば健康被害は少ないことを人間たちは知っているのだ。
「100年前、魔族が拉致される事件が起こった」
「100年前…って、人魔大戦が起こった頃?」
「その大戦のきっかけになった事件だ」
魔族の国には魔王が任命した6人の魔貴族がいる。
魔貴族たちは魔王によって領地を下賜され、それぞれ統治している。
事件の発端は、その魔貴族の1人、魔伯爵マクスウェルの領地に侵入した人間の盗賊団によって、マクスウェルの子供が攫われたことだった。
珍しい植物や魔物、殊に魔族の子供などという希少な存在は、人間の国で高値で取引される。
マクスウェルは火のごとく怒り、ただちに盗賊団に追手を指し向けた。
そしてその盗賊団がオーウェン王国に逃げ込んでいたことを突き止めた。
「オーウェン王国って、たしか魔族に滅ぼされたって聞いたわ。その跡地に大司教公国が建国されたのよね」
「マクスウェルが滅ぼした国だ。子供を攫った盗賊団の頭は、オーウェン王国の王子だったのだ」
「え…?王子が盗賊?」
王子は王が年老いてからできた子で、溺愛されているのをいいことに好き放題に暴れまくっていた問題児だったらしい。
「そのバカ王子の親であるオーウェン王は、子供を返せば穏便に済ませるというマクスウェルの申し出を無視した」
「どうして?」
「バカ王子はとっくに子供を奴隷商人に売払ってしまっていて、返したくとも返せなかったのだ。それならばそうと素直に謝って探す努力をすればよいものを、王はあくまで息子を庇ってマクスウェルと戦うことを選んだのだ」
「そんな…。個人的な理由で国を危機にさらすなんて…」
「オーウェン王はそんな事情を隠し、魔族が理不尽に攻めて来たと各国に救援要請をした。人間の国々は魔族討伐を掲げて連合軍を結成した。そうして人魔大戦が勃発したのだ」
初めて聞くことばかりで驚いた。
戦争のきっかけを作ったのが人間の方だったなんて。
「その大戦に勇者が召喚されたのね?」
「勇者を召喚したのはオーウェン王国の生き残りの魔法士の1人だったと聞いている。かなり優秀な魔法士だったらしい」
「生き残り?でも勇者召喚って魔法士100人が長い期間詠唱し続けないといけないんでしょ?その魔法士はたった1人で召喚したの?」
「人数など関係ない。魔法士の質次第だ。そもそも異世界召喚なぞ次元の歪みを利用するだけのことで、魔力の強い者であれば長い間詠唱する必要もないのだ」
「聞いてた話と違う…」
「おまえに話をした者はずいぶんと知識が浅い者のようだな」
「一応、あの国で一番偉い人なんだけど…」
「人間の知識など所詮、あてにならんということだ」
魔王の言葉には説得力があるし、なにより話が上手だ。
さすが上に立つ人って違うなあ。
「ゼルくんの話、ためになるね」
「…ゼルくん?」
少年魔王は眉をひそめて私を見た。
「ゼルニウスだからゼルくん。だってゼルニウスって言いづらいんだもん」
「…我の名前が言いづらい…」
魔王はショックを受けていた。
「あ、ごめん、呼びやすいからつい…。嫌だった?」
「おまえ、どんどん本性が出てくるな…」
「だって最初は魔王なんて怖いって思ってたけど、話してみたらイイヤツっぽいし」
「イイヤツ?我は皆が恐れる魔王だぞ?」
「恐れない恐れない。だってこんなに可愛いのに」
「か…可愛いだと?」
「うん、今すぐ子役モデルになれるくらい可愛いよ」
「こ、これは仮の姿だといっておろうが!我が本気を出せばだな…」
さすがに魔王もちょっとだけムキになった。
「…まあ、よかろう、特別に許す。特別に、だぞ」
「ありがと。優しいね」
「フン…。おまえにだけだ」
少年魔王は照れたようにそっぽを向いた。
拗ねた顔も可愛い。
きっと大人になったらすっごいイケメンになるに違いない。
魔王は私に今夜は疲れただろうから泊って行けと云った。
私は素直に魔王の申し出を受けることにした。
「ね、ここってお風呂はある?」
とにかく砂まみれで気持ち悪かったし、このままじゃ眠れないと思っていたからダメ元で聞いてみた。
「あるわけないだろうが。ここは前線基地だぞ。皆外で水をかぶっておるわ」
「ええ?水は無理!凍え死んじゃう!あったかいお湯じゃないと…」
「ふむ。基地の屋上に儀式用の泉ならあるが」
「泉?」
「儀式に使うために、地下から水を汲み上げて貯めてあるのだ。我が魔法で泉の水を湯にしてやろう」
「え!?そんなことできるの?」
「ほんの礼だ」
「ありがとう!でも、屋上って外でしょ?寒くない?」
「安心しろ。この基地全体に結界がはってあるので、風も入っては来ないし外よりも若干だがマシだ。湯を熱めにしておいてやろう」
「ホント?嬉しい!」
屋上への階段を登って行くと、空には満天の星が広がっていた。
松明がたくさんついていて、幻想的だ。
確かに風はなく、そこまで寒いとは感じなかった。
階段の途中には巨大な石像が置かれていた。
「この像は?」
「創造神イシュタムの像だ」
それは額から大きな一本角の生えた、雄々しい鎧姿の男性の像だった。
「イシュタム…?魔族の神様?」
「そうだ。我の兄弟のような存在だ」
「えっ?神様の兄弟?ってことはゼルくんも神様なの?」
「さて、どうかな。ほら、そこだ」
魔王は曖昧に答えながら、屋上にある大きな泉を指差した。
彼は指先に小さな炎を灯して、それを泉に投げ込んだ。
一瞬、水の表面が青い炎に包まれた。
能力を封印されているとはいえ、この程度の基本的な魔法なら問題なく使えるのだそうだ。
水に手を入れてみると温かかった。
「わあ、あったかい!」
「どうだ?人の体温より熱めにしておいたが、ぬるければ温度を上げてやる」
「うん!ちょうどいいよ。ありがとゼルくん!」
服を脱ごうとした時、泉のたもとに佇む魔王がじっとこちらを見ていることに気付いた。
「あ、ゼルくんも一緒に入る?」
「なぜ我を誘うのだ…」
「だってずっと見てるから入りたいのかなって」
「そんなわけあるか。1人で好きなだけ入るがいい」
「そう?それじゃ遠慮なく」
私は衣服を脱いで、パンパン、と砂を掃った。
それからゆっくりとお湯に入った。
少年魔王の方をチラ、と見ると、彼は慌てて視線を逸らせた。
照れてる。
可愛いな。
「あー気持ちいい!最高!生き返るぅ~!」
星空を眺めながらの、貸切露天風呂。
広いお風呂を独り占めしている心地よさ。
まさか、異世界に来てこんな贅沢できるなんて思わなかった。
「…人間の女は皆そんな風なのか?」
ふいに魔王が語り掛けてきた。
「そんな風って?」
「見ず知らずの男の前で裸になっても平気なのかと聞いている」
「そんなわけないでしょ」
「だが現におまえはこうしているではないか」
「だってゼルくんは子供だもん。銭湯なんかだと男の子も女湯に入るわよ?」
「せんとう?…いや、さっきから何度も言っているが、我は子供ではない」
「私には子供に見えるわよ」
「だから違うと何度も…」
「ねえ、ここ儀式に使うって言ってたけど、何の儀式?」
「人の話を聞かぬ奴だな…。魔界から魔物を呼び出す儀式だ。水を媒介にする召喚術で、我はここでドラゴンを召喚した」
「え?ドラゴン呼べるの!?すごい!」
「フッ、我は魔王だぞ。それくらい大したことはない」
褒められたせいか、彼は上機嫌でドヤ顔になった。
「ああ、いいお湯だった。これでよく眠れそう」
露天風呂を堪能し、服を身に着けた私は魔王に礼を云った。
すると彼は、私の濡れた髪を魔法で乾かしてくれるという。
床に座った私の髪に、手のひらからまるでドライヤーみたいに温風を発した。
「…この黒髪は生まれつきか?」
「あ…うん。魔族みたいだから隠せって言われたわ」
「そうだろうな。人間の国では目立つだろう」
「うん…」
「ここにいればそのような気遣いはしなくて済むぞ」
「…そうだね」
魔王の言葉は私の心を揺るがす。
だけど、私は人間だ。
ここにいちゃいけない気がする。
砂だらけの私のローブと防寒具は洗って明日の朝届けさせると云ってくれた。
ほんとにもう、いたれりつくせりで気が利くし優しいし、魔王って本当にいい人だ。
その夜は、与えられた部屋のベッドで眠った。
将官クラスの宿泊室だというけど、暖炉もあるしホテル並みの豪華な部屋だった。
目を瞑って、少し考えてみた。
魔王って、思ってたイメージと全然違う。
今までは大司教公国で見聞きしたことがすべて真実だと思っていたけど、実際は全く違っていた。
人の言う事だけを鵜呑みにしてはいけないと身に染みて感じた。
…明日には戻るんだ。
戻ってもきっと私は役立たずのままだろう。
私の魔法は、どうして魔族は癒せるのに人間には効かないんだろう?
私がいるべき場所は、本当にあの国なんだろうか。
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