第3話 勇者候補(2)

 私たち勇者候補の部屋があるのは、大聖堂カテドラルの上層階の居住区部分だ。

 ビルにしてみたら10階くらいの高さはあるだろうか。


 部屋に戻る途中、レナルドが勇者召喚について教えてくれた。

 異世界人の召喚は人魔大戦の前から行われていたらしいけど、その詳細についてはよくわかっていない。

 人魔大戦というのは、100年前に起こった人間と魔族の全面戦争のことだ。人間の国に魔王が軍勢を率いて攻め込んできて、人間の国は同盟を組んでこれを迎え撃ったという。そもそもこの国はその大戦で滅んだ国家の跡地に、鎮魂のために建国されたのだという。そのため、魔族排斥を掲げているのだ。


 前回召喚が行われたのは10年前で、その時は1人も召喚できなかったらしい。

 この国での異世界召喚は不定期で、複数の魔法士たちが星の運行やら気候変動などを観察した上で最適な時期を進言し、大司教が決定するそうだ。

 だが、毎回良い結果が出るとは限らないし、召喚できたとしても、勇者認定されなかったりもするので、なかなかハードルが高いようだ。

 それが今回は4人も召喚できたのだから、その分確率が上がり、勇者誕生への期待も高まるわけだ。


 私たち4人には、それぞれの特性に合わせた教師が付き、剣術や魔法などを習うことになった。

 聖属性しか持っていない私にはデボラという回復士の女性教師がついた。

 そもそもこの国の魔法士には聖属性を持つ者が多く、デボラはその中でも優秀な最上級回復士で、回復魔法のスペシャリストだ。

 正直そんな人がいるのなら、私の出番はなくてもいいのではないかとさえ思う。


 職業やスキルには、主に魔力の大きさの違いにより、下級からSS級までの6つのランクがある。

 その中でも魔法士のS級は全体の5%、SS級に至っては0.1%以下しかいないという超絶レアだそうで、貴重なSS級魔法士はどの国も喉から手が出るほど欲しい人材なのだ。


 最下層に属する私は魔法のイロハから教わる必要があった。

 しかし、それ以前の問題があった。

 デボラの持ってきた魔法の教本が、こちらの世界の文字で書かれているため、まったく読めなかったのだ。

 言葉は通じるのに文字は読めないというのは、なんとも不公平だ。

 デボラによれば、文字は国によって違っていたり、古代文字で書かれていたりすることも多く、話し言葉よりも複雑なのだそうだ。実際、この世界でも識字率はそう高くないらしい。魔法の勉強より、読み書きの勉強の方が時間がかかりそうだ。

 なので皆と相談して、もう教本は捨てて実地でやろうということにした。


 魔法の使い方を習う際、スキルという概念があることを学んだ。

 スキルとは個人個人が持っている固有能力のことで、元来持っている特性に左右される。

 例えば、回復系の聖属性を持っていても、<体力回復>というスキルを持っていなければ体力を回復させる魔法を使えない。そしてその回復量はランクによって増減する。当然下級ランクより上級ランクの方がたくさん回復できる。

  私は下級ランクなので大した回復力はないのだけど、傷ついた小動物に初めて回復魔法を使った時は、感動した。

 魔法が発動する時、じわ~っと掌が温かくなって、患部が光ったかと思うとすーっとキレイに傷が消えて行ったのだ。

 薬がなくてもこんな簡単に治せるなんて、この世界に病院がないのも納得だ。


 他の3人にも教師がついて魔法を習い始めている。

 一週間が経った頃、私たち4人は最初に集まった部屋で食事がてら近況報告をすることにした。


 エリアナは攻撃に特化した魔法士だった。火と土属性を所持しており、初日から複数のスキルを会得したという。

 ランクは最初からS級で、教師役の上級魔法士からは数日中には教えることがなくなるだろうと云われたそうだ。


 将は聖属性のカテゴリーの1つである希少な光属性を持っていた。

 これは魔族には特別効果があるらしく、最も勇者に近いと期待されている。その上、元々剣道をやっていたため、剣の腕も聖騎士相手に互角の実力を持っていた。剣に魔法を付与して戦うという魔法剣士としての素質があるようだ。


 優星は高校の部活動でアーチェリーをやっていたこともあり、弓の上級スキルをいくつも所持していた。

 何の努力もせずに初日からいきなりS級の風魔法スキルと補助系魔法を取得した彼は、早くも天才ともてはやされている。おまけにその甘いマスクで女性受けも良く、メイドたちは先を争うように彼の世話をしにくるので困っているとか。

 

「で、あんたは?トワ」


 それぞれが現状報告した後、エリアナが私に尋ねた。


「あ…私は、今のところまだ回復魔法だけかな…」


 他の皆みたいに私は攻撃手段を持っていないので、訊かれてもあまり誇れるような内容がない。

 

「回復士ってさ、楽でいいよね。後ろで見てるだけじゃん」


 エリアナは物事をハッキリ言う子だった。


「エリアナ、そういう言い方は良くないよ。人はそれぞれ得意なものが違うんだから」


 優星がフォローしてくれた。

 悪気があるわけじゃないってことはわかってる。

 それでもやっぱりちょっと傷つく。

 私はなんとか自慢できることを探そうと思った。


「あ、でも無詠唱で魔法が発動できるのはすごいって先生に褒められたわ」

「ああ、それ僕も練習相手に言われたよ。魔法発動が早すぎるから勘弁してくれって」

「あ…そうなんだ?」

「あたしも同じよ。たぶんだけど、異世界から来た人は皆そうなんじゃない?」

「そ、そっか…。私だけじゃなかったんだね」

「練習相手に何の魔法を発動するかわからせるために、技名だけは言うようにしてるけど」

「俺もそうしろって言われたけど、技名叫ぶってなんかガキっぽくね?」

「アハハ、確かにね。ヒーローの必殺技みたいでちょっと恥ずかしいよね」


 なんだ、これって自慢するようなことじゃなかったんだ。

 皆同じだったなんて、得意げに話してバカみたい。


「トワは今、ランクはどのくらいなの?」

「あ…どうだろ?」

「もしかして自分のステータスの見方がわからなかったりする?」

「うん」

「君の先生、怠慢だね。僕なんか一番最初に教わったよ」


 優星が自分のスキルの確認のやり方を教えてくれた。

 目を閉じて、『能力確認』と唱えると、瞼の裏に文字が浮かんでくるのだ。

 それはテーマパークでよくあるようなVR(バーチャル・リアリティ)ゴーグルをつけて見ている感覚に近い。

 そこで見た自分の属性は聖属性、魔法は回復系、獲得スキルは<体力・魔力回復>のみで、ランクは下級だった。それ以外にも何か文字が見えたけど黒く塗られていて、なんだかよくわからなかった。たぶん、これから覚えるスキルとかなのだろう。

 とにかく今現在使用できるスキルと魔法は、初日に鑑定された時から何一つ変わっていなかった。


「え、マジ?最低ランク!?勇者候補なのに?」

「う、うん…」

「なにそれ。使えないじゃん。お願いだからあたしたちの足をひっぱるのだけはやめてよね」

 

 エリアナは正直な感想を述べたに過ぎないのだろうけど、その言葉は私の胸に突き刺さった。

 どうして私だけ皆と違うんだろう?


「まあまあ、レナルドも言ってたじゃん。ランクもスキルも訓練で伸びるそうだから、頑張ればそのうち上がるよ。個人差があるのは当然なんだから、気にしないで」

「う、うん…」


 優星が優しい言葉をかけてくれた。

 彼がいなければきっともっと落ち込んで、立ち直れなかったかもしれない。

 将は無言だったけど、その目はエリアナと同じことを思っているんだろうなと感じた。 


 たった一週間で既に3人共、この国でも5%しかいないS級になっている。

 おそらく近日中にはSS級になるのは確実だろう。

 本当に追いつけるんだろうか。


「そういや、トワ、髪は染めないわけ?」

「あ…うん。メイドさんが染料を持って来てくれてやってみたんだけど、ダメだったんだ」

「そうなんだ?黒が勝っちゃうの?」

「うん。何回やっても染まらなくて、髪も傷むしもう諦めたよ。外出する時はフードか帽子で隠すことにする」

「隠さないで外出するとどうなるの?」

「レナルドに魔族狩りに遭うかもしれないって脅されたわ」

「魔族狩り!?そんなのあるのかい?」


 優星が驚いて大声を出した。


「アトルヘイムって国の軍隊が地方を巡回して魔族を狩ってるんだって。この国にも時々来るらしいよ。黒い髪の者を見つけると魔族だって疑われて連れて行かれるみたい」

「へえ…中世時代の魔女狩りみたいだね」

「髪が黒いっていうだけで迫害されるなんて、ナンセンスだわ!」


 エリアナが大声で怒鳴ると、それまで黙っていた将が口を開いた。


「ってことはだ、魔族と人間は、それほど姿が変わんねーってことだよな?」

「え?」

「髪が黒いかそうでないかでしか見分けがつかねーってことだろ?」

「あ…、そっか」


 私たちはまだ、魔族を見たことがない。

 人と同じなのか、獣みたいなのか、ゲームに出てくるような怪物なのか。

 どんなスキルがあって、どんな攻撃をしてくるのか。

 たぶん、教本には書かれているのかもしれないけど、文字の読めない私たちには知る由もなかった。

 そんな得体のしれないものと戦うって怖くないのだろうか?


「まずは敵を知らないと、だな」


 将の言葉と同じタイミングでメイドが食事を運んできた。

 優星がメイドに頼んで、前菜から順番に食事を運び込んでくれるよう手配してくれたのだ。

 今日のメニューは前菜にスープ、メイン料理はステーキだった。

 それぞれが食事に手を付け始めた。


「ねえ、やっぱここの食事ってマズいわよね」


 全員が思っていたことをエリアナが口にした。

 この一週間、どのメニューを食べても美味しくなかった。

 ここへ来てから、美味しいと思った食べ物は一つもなかった。


「同感。僕もあんまりいうのも悪いと思ってたけど、これはマジでない」

「何の食材かもよくわからないしね。この肉なんてさ、なんだか生臭いし、ただ焼いただけで味付けもしてないんじゃない?この泥みたいなソースかけると更にマズいし」


 私も、特別グルメってわけでもないけど、エリアナの言葉には激しく同意した。

 基本、食べるのは大好きだから。


「本当よね。ここの人たち、毎日こんなの食べててよく平気だよね」

「舌がバカなんじゃない?それともあたしたちの舌が肥えすぎてるのかしら」


 食事の不味さは、若い勇者候補たちにとっては深刻な問題だった。

 こんな食事が毎日続くと思うと、もう期待しなくなってしまう。

 こんなことならダイエットなんかしないで、もっと向こうでスイーツとかたくさん食べとくんだったと心から後悔した。


 そこへ突然、レナルドが現れた。


「皆さんお揃いですね。ちょうど良かった。魔族討伐の遠征に行くことが決まりました。明後日出発です」


 突然の知らせに、私たちは呆然とした。

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