第16話 エンゲージリング⑤

「あの、リカコさん、このソリティアかサイドストーンの台にラウンドの石のリングでお願いします。」

リュウがトイレから戻って、川端とオシャベリをしているともと子がようやく決めた。

「リュウさん、ありがとう。」

もと子がはにかみながら頭を下げた。リュウは可愛くてたまらない様子で、もと子の頭を撫でながらうなずいた。

「リカコさん、よろしくお願いします。」

リュウともと子は揃ってリカコに頭を下げた。

「はい、承りました。サイズもわかったしデザインが出来上がったらまた連絡するね。もと子さん、楽しみに待っててね。」

もと子はもう気後れすることもなくリカコに笑顔を見せた。

「じゃあ、私はこれで。」

夕飯を一緒にというリュウの誘いを断り、リカコは艶やかな笑顔で帰っていった。



 リュウ、本当に幸せそう。あんな顔見たことなかった。

リカコはもと子に向けるリュウの優しいまなざしに息が詰まりそうだった。

ダメだ!自分も既婚者なのに私ったら何考えてるの?

自分に呆れながら足早にアトリエに戻った。素直な笑顔をみせていた童顔のもと子。もと子が喜ぶことはリュウの喜ぶこと。リカコは熱いコーヒーを淹れて気持ちを切り替えた。

集中して何枚かデザイン画を描き、時計を見ると終電間近。リカコは慌ててマンションに帰った。


鍵をあけ、玄関のドアを開けると和也の靴がある。最近、よく家に帰ってくる。女と喧嘩でもしたのかな?リカコは和也を起こさないようそろそろと玄関を上がった。

リビングのドアを開けると和也がビールをあおっていた。

「ああ、まだ起きてたん。」

「家ほったらかしてリュウってやつとこんな時間までデートか?」

「リュウは昔の友達でお客さん。そっちこそ結婚以来ずっと不倫してるくせに。彼女とうまくいかないからって八つ当たりは迷惑やわ。」

リカコはサッサと自分の部屋に入った。部屋着に着替えているとガシャン!と大きな音が。ドアの下からビールの臭いが漂ってくる。

「お前の母親が頭を下げてしつこく頼むから結婚してやったのに、男なんか作りやがってふざけんな!」

和也は自分の部屋のドアを大きな音を立てて閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る