罪の子⑤
綺麗なお部屋にいた頃は、「エンジェル」と呼ばれていた。
だけどそれではいけなかったみたいで、私は「くじょうまりか」という名前になった。
「まりか」は、お姉様の希望が叶ったそうよ。お父様と出会う前に、この名前の役でドラマに出演する予定だったみたい。
お姉様は「くじょうひまり」という名前になった。「くじょう」が私とお揃いなのが嬉しかった。
私達は、「くじょうけのにんげん」に入れてもらったんですって。
それから、小学校へ通わせてもらった。
最初はとっても楽しかった。
先生がやさしくしてくれたし、クラスメイトも私の事を可愛いと言って、何かと特別扱いしてくれた。
だけど、怖い夢を見るようになって、ほとんど毎日寝不足で頭がボウッとしてたなぁ。
蛇の骸骨みたいな男の人が、私を毎晩夢で叱るの。
男にコビを売るなって。
コビが何か分からなくて、困っちゃったんだよね。
言う事を聞かないとって思うのに、どうしたらいいかわからなかったんだよ。本当だよ。
怖い人は気に入らない事があると、朝まで私に怒った。
わかりました。ごめんなさい。言う通りにします。
どう謝っても駄目だった。
泣くと「泣くな」って怒られて、我慢して泣かないと「こんなに言われて平気な顔しやがって」って怒られた。
私は嘘つきな女の顔をしていて、将来ものすごい嘘つきになるから、絶対に幸せになれないとか。
誰も好きになっちゃいけなくて、誰にも愛される事はないとか。
一生俺と一緒にいる運命なんだとか。
とても楽しそうに言っていた。
―――お前は俺のモノだ。見張ってるからな。逆らうなよ。
……でも私、こんなの夢だもんって思ってたの。
目が覚めた時、毎日お洗濯されてるシーツから生臭いニオイがしても、腕に抓られた痕やギュッと握られた痕があっても……アイツはどこにもいない。夢だって。
だって起きてる時は、何も起きなかったから。
たぶん寝てるの。見張ってるとか言って、昼間の私の事あまり知らないみたいだったから。
だけど、それって私の勘違いだったみたい。
私のまわりで、たくさんの人が怪我をした。
みんな私に優しくしてくれた人ばかり。
それから、みんな男だった。
私はだんだん分かって来ていた。私の……アイツのせいだって。
中学生になる頃には、私はすっかり暗く、幽霊みたいな女の子になってた。
女の子達は私の事を「幽霊マリカ」って呼んで、すっごい虐めた。
おかしいの。女の子達、アイツと同じ事を言うんだよ。
男にコビを売るなって。
……アイツと来たら、私を虐める子達に何かしてくれればいいのに、「ほらみろ」「女には匂うんだよ。悪い女の匂いが」「男にコビを売るからだ」って、ちっとも味方じゃなかった。むしろ、大喜び。
私はますます俯いて、長く伸ばした前髪で顔を隠してコソコソと生きてた。
だってアイツも女の子達も、私の事をブスって言うんだもん。知らなかったよ、自分がブスだったなんて。だって、私、お父様とお姉様にとっても可愛い可愛いって育てられたから……自分の事、可愛いと思ってた。だから余計恥ずかしくって、顔を隠していたんだ。
でも都合が良かったよ。
男も女も、私に寄ってこなかったから。
平和……だったのかな?
だけど――ある日、知らない男子生徒にキスをされたの。
放課後だった。
私を虐める女の子達が私の両腕を掴んでた。
前髪を掴み上げられて見たのは、私と同じ様に男子達に羽交い締めにされた男子生徒だった。誰だか知らない人。いかにもいじめられっ子みたいな。
私の顔が露わになった時、男子達が一瞬シンと静まった。
きっと、私がブス過ぎて言葉を失ったんだと思った。
それから、狂った様にみんなギャアギャア笑って、すごく煩かった。
羽交い締めにされた男子生徒は、顔を真っ赤にして抵抗してた。だけど頭を掴まれて――――。
ごちんって、知らない男子生徒の歯が当たった私のファーストキス。
男子生徒の泣き声が私の口の中に広がるようだった。
私だって泣きたかった。
だけど私が泣く前に、ファーストキスの相手の首が床に落ちたの。
小学校の先生は、人差し指切断。
隣の席の男の子は、左の耳がなくなった。
前の席の男の子は、手の甲に穴が。
後ろの席の男の子は、手首骨折。
じゃれて遊べば目が潰れ、鼻が折れ、喉を突かれた。
一番最悪だったのは噴水みたいな吐血だったけれど、首が落ちたのはその比じゃなかったわ。
ごとん、ごろごろ。
可哀相な男の子。
泣き顔のまま、転がってた。
*
くじょうけの人達は、私の夢に出てくるアイツの事を知っていたみたい。
おかしいの。
あの人達、とっても偉い人達なのにお化けだ神様だって大騒ぎをしたわ。死人が出たって。
一番お年寄りのお婆さまが、私をこう呼んだ。
「まさしく、九条家の罪の子」
それからたくさんの変わった人達が、私の元へやってきた。
アイツをはらうって言ってね。
神様への祈りを何時間も正座で聞かされたり、火で炙られたり、聖なる木で叩かれたり、変な水を飲まされたり、誰か知らない爺さんの毛を食べさせられたり、本当に嫌だった。
だって最初は期待したけれど、どれもアイツを追い払えなかったもの。
それからそういう神様の遣いだとか能力者が、私に触れてしまっては、床に頭を転がしてた。
くじょうけの人達は、だから、私を捨てることにしたの。
変わった人達のツテを辿って、ちょうどいい村を見つけたんだ。
N村っていう、人里離れた山奥の村よ。
私みたいにお化けがくっついた人達が、集まって暮らしているんですって。
くじょうけのお婆さまが、供養だと言って大きなお屋敷と財産をくれた。
お姉様―――この頃には、ママって呼んでいたわ。その方が喜ぶの―――と、私の出産時に立ち会ったという婆やと、たった三人で引っ越した。
それから、村の高校へ通うことになった。
私は嫌がったわ。
だけど、いまわ神社の宮司さまが、アイツが怒らない方法を考えて、それをみんなで守るから、と約束をしてくれた。
この村では、みんなそれぞれそうして約束を守って暮らしているんですって。
宮司さんの見立てでは、私は男性に触れられてはいけないという事だった。
もう分かりきっていたけど、実際そう言われると複雑だったなぁ……。でも、安心もしたわ。
対処法が分かっていれば、誰も傷つけずにすむ……。
こうして、私は触れてはいけない女の子として、高校へ通うことになった。
簡単だと思った。
誰とも仲良くならず、誰とも触れ合わず、醜い顔を前髪で隠して、俯いて静かにしていればいい。
幽霊マリカでいればいいのよ。
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