罪の子④

 私のお母様は赤ちゃんの頃、あまりの愛らしさに近所で有名になって、赤ちゃんモデルのスカウトをされたそう。

 妖精のような愛らしい赤ちゃんは、稀に見る美しい女の子になって、どんどんメディアに取り上げられていった。

 相沢日葵あいざわひまりという芸名で活動して、雑誌やCMに出る度、とっても評判が良かった。あの瞳の大きな愛らしい子は誰だってね。

 ドラマの子役出演も決まっていたそうよ。

 けれど、10歳の時にメディアからパタッと姿を消したの。

 その時、世間は色々言ったらしいわ。

 注目がストレスで病んだ、とか、実はとっても性格が悪い子で業界で嫌われたから干された、とか。

 ちやほやされるって、同じくらいかそれ以上反感を買うから大変ね。

 その内、みんなお母様を忘れてしまった。 



 私は、物心つくまで綺麗な広いお部屋に、お姉様と住んでいた。

 お姫様みたいな生活をしていたのよ。

 お部屋には出入り口のドアと、もう一つの小部屋のドアと、トイレ、お風呂のドアがあった。

 私が自由に出入り出来るのは、トイレとお風呂だけで、小部屋はお姉様しか入る事が出来ず、出入り口は外側から鍵がかけれらていた。

 お庭が見下ろせる窓は、鉄格子がしてあった。

 だけどそれらは、私とお姉様を守る為だと聞かされていた。

 お食事もお洋服も毎日きちんと用意がされて、何不自由なかった。不満だってなかったわ。

 お部屋には猫が四匹いて、大きな水槽に色とりどりの魚が泳いでいたもの。

 それから、お父様がよく訪ねて来て私たちを可愛がってくれたから。……だけど、お父様がお膝に乗せるのはいつもお姉様だった。

 お父様はお姉様贔屓で、口移しでお菓子を食べさせたり、頬を舐めたり、髪の匂いを嗅いだりするのはお姉様にだけだった。小部屋にもお姉様とだけ閉じこもってしまうから、それだけは少し寂しく感じていたわ。

 でも、私はまだ小さいからって言われて我慢していたの。

 私もお姉様みたいに大きくなって綺麗になったら、お父様は同じ様に可愛がってくれるかしらと期待して、早く大きくなれる様に願ったわ。

 

 私が六歳になった少し後、お姉様は十六歳になった。

 お父様はお姉様に真っ白なウェディングドレスを着せて、「お父様とお姉様は結婚をするんだよ」と言った。

 また差をつけられてしまった私は、とても寂しくて悲しかったわ。けれど、ウェディングドレスを着たお姉様があまりにも雪の精の様に美しいので、仕方がないと諦めたわ。

 だけどね、お姉様はこんなに愛されているというのに、年々お父様に反抗的になっていたの。

 お食事やお掃除の為にドアが開く時を狙って、逃げ出そうとする事が度々あった。

 お姉様は私も連れて行こうとしていて、私は嫌がった。

 だからお姉様は、毎回逃げる事が出来なかったの。

 そして、その度に、お姉様はお父様にお仕置きを受ける様になった。

 最初は腕を引っ張られて小部屋へ連れていかれていたけれど、お姉様の反抗が――口移しのお菓子を食べなかったり、髪に触れるのを嫌がったり――重なると、お父様は別人の様にお怒りになる様になって、髪を掴んで小部屋へ引きずって行く恐ろしい日もあった。

 お姉様はそうして反抗する癖に、お父様が大きくなった私へ関心を向けはじめると、間に割って入って必死に邪魔をした。

 お父様は、「だったら奥さんがちゃんと夫の相手をしなさい」と甘く言って、項垂れたお姉様を小部屋へ連れて行く。

 お姉様は、くすんでやつれて、傷や青あざだらけで、今にも死んでしまいそうだった。


 ある日、お姉様は熱を出して寝込んでしまった。

 お父様がやって来て、お姉様が寝込んで起き上がれない事を知ると、私に微笑んだ。


「ずいぶん大きくなったねぇ。出会った頃のお母様の様だよ。そろそろあの部屋に入れてあげよう。いらっしゃい」



 それから間もなくお父様のお葬式があって、私とお姉様は綺麗な部屋から出され、喪服姿の知らない人たちの視線に囲まれていた。


「兄貴め、何て事をしでかしていたんだ。母さん、知っていたのか!?」

「知らないわ! まさか、だって、こんな事……!」

「信じられん……使用人たちは八年もごまかせていたのか? 今すぐ口封じに一筆書かせるんだ」

「この妹の方……もしかして、行方不明になった子役にソックリ……!」

「何を馬鹿な、もう大きくなって……」


 そう言いかけたオジサンは、ハッとしてお姉様を見た。

 ザワザワ、ひそひそ。

 誰もお父様の死を悲しんでいなかった。

 お姉様が泣いて言った。

 

「そうです、私は相沢日葵です! た、助けてください! 家にに返して……お父さんとお母さんに会いたい……助けて!!」

「嘘でしょ……じゃあ、この妹の方は何……?」

「私がここで生みました……お願い、この子だけでも、この子は何も知りません!」


 お姉様の懇願に、誰も同情の声を上げてくれなかったわ。

 それどころか、悲鳴を上げたり、吐きそうになっていた。


「いやだわ、汚らわしい。さっさと警察に届けて家から出て行ってもらいましょう」


 指に宝石をたくさんつけたおばさんが、キィキィ声でそう言うと、一番偉そうなオジサンが腕組をして唸った。このオジサンを、私は「お父様に額の形がソックリだわ」なんて思って見ていた。


「そういう訳にはいかない。九条家がこんな悍ましい事件を起こしたと騒がれては困る―――俺たちの事業にも触るし、もうすぐ叔父さんの選挙だ。子供たちだって、就職や進学が決まっているし……あああああああックソ、ろくでなしのクソ兄貴!! 死んでくれたと思ったら、こんな爆弾……」


 オジサンは「少し考える」と言って、私とお姉様を別の部屋へ閉じ込めた。狭くて暗い物置みたいな部屋だった。

 お姉様はギュッと私を抱きしめて泣いていた。


「お姉様が私を産んだの?」

「……そうよ」

「そうなの。産んでくれてありがとう」

「……うう……ううう~、ごめんね、ごめんね……」

「お姉様は、お母様だったのね。ねぇ、お部屋にはいつもどれるの?」


 お姉様は泣いているだけで、答えてくれなかった。

 私はお利巧だったから、泣くお姉様に抱かれながら「ああそう、お姫様みたいな生活は終わってしまったのね」と思っていた。

 お姉様と身を寄せ合って眠ったその夜、とても怖かった事を思い返してうなされたわ。

 

―――どうしてお父様は私に触ったとたん、首が切れてしまったの?


 ごとん。

 大理石の床に何かが落ちる重たい音が、何度も聞こえる。

 お姉様にしがみついて眠る部屋は、畳敷きだったけれど。

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