罪の子

『守護者の気性は荒く暴力的で被害妄想気味。不満があると、激昂して夢に出る。朝まで一方的で激しい詰問を続け、心身を消耗させる』


 キヨラ叔父さんの手記を読んだ時、誰を連想したかは言うまでも無い。

 書かれていた事のほとんどが、長年経験した事だった。

 

「あいつ、九条家のヤツだったんだ」

「ああ。九条家のとある代に生まれた」

「九条家に生まれた? じゃあ、マリカの先祖なの? 全然似ていなかったぞ」


 僕は信じられない思いで声を上げた。

 本当の姿のアイツは醜かった。マリカがアイツと同じ細胞を持っているとは思えない。それがほんの一欠片であろうと。

 キヨラ叔父さんは僕の不満に頷き話を続けた。


「マリカの容姿は母親譲りだ。九条一族の醜美については分からないが、ヤブは特別醜く異質だったらしい。ヤツが産声を上げた瞬間、産婆の首が床に落ちたそうだ。鎌か何かでスパッと切られた様だったという」


 生まれた瞬間から曰く付きだった事に、今更驚きはしなかった。

 しかし産婆の無残な死が、人知を超えた何かからの不吉な啓示なのか、アイツ自信から出た加害行為なのかは気になった。


「奇妙な赤子だったそうだ。日中は乳母や子守女に嫌味を言い、夜は何かしら妬んで夜泣をしたとか」

「赤ん坊なのに喋るの?」

「ん……恐らく後付けではないかと思う。そういう性格であったのは間違いないし、どこかで逸話が出来たのだろう。殺生を好んで愛玩動物ペットを常に欲しがったというから嗜虐性は生来のものだった。気味悪がられて放り出されてもおかしくはないが、九条家がそこそこ名のある家だった為に、跡取りとして生かされた。数年後、次男が生まれ、両親は気味の悪い長男を排除しようとしたのだが……」


 排除、と僕は心の中で呟いた。

 まともな親が子供に考える事じゃない。否……僕はアイツがどんなヤツか知っている。


―――アイツといたら、まともではいられない。


「両親に殺されて怨霊の様になったの?」

「いや。ヤブは、自分を殺したり蔑ろにしたら弟を呪詛すると言って両親を脅し、弟を寂しい別邸へ追いやり好き放題に暮らしていたそうだ」

「呪詛……なんて信じたの?」

「やりかねなかったのだろう。生まれた瞬間に乳母を殺したりと、妙な神通力も使えたらしいからな。恐ろしくて皆言いなりだ。大人になると嫁をもらった。すると動物殺しを卒業し、嗜虐の的を女性にしてしまった。嫁は一年も経たずに壊れてしまい、それから何人もの女性が犠牲になった―――与えておけば、それが壊れるまでは屋敷の中が平和だった」


 アイツは生まれた時からずっと、やりたい放題やっている様だ。

 それなのに、底なしに満たされていないのは何故なんだ。


「とある年、弟が成人し巴という名の嫁を迎えた。婚儀の際に弟の花嫁を見たヤブは横恋慕を始めた。今まで訪ねた事がない弟の別邸の辺りを夜な夜なうろついたり、難癖をつけてやって来て居座り説教を垂れたり、周囲に弟嫁はあばずれだとあらぬ噂を撒いたり、動物の死骸や汚物を投げ入れたり……と、まぁ、うんざりするような執着の仕方をしたそうだ」

「それは……恋していたの……か? 憎んでいるように聞こえるけど」

「おかしいヤツだったんだよ。知ってるだろう?」


 そう言われると、確かに。

 僕は黙って頷いた。

 

「巴は九条家と並ぶ名家の令嬢だったから、家同士の問題になってはいけないと皆がヤブの奇行に気を配っていた。それは半年ほど保たれたのだが……ヤブはとうとう若夫婦の寝室に乗り込むと、弟を殺してしまった。弟は両腕を切断された状態で庭に打ち捨てられていた。彼の切断された両手は、兄の上着を握って離さなかったという」

「……最悪じゃないか……」


 それから巴がどんな目に遭うか、大体想像ができてしまって吐き気がした。


「様々な穢れがもみ消され、巴はヤブの嫁になった。ヤブは人が変わったかの様に巴を可愛がったが、巴が妊娠していると分かると輪をかけて厄介な男に戻った。自分が後から押し入ったくせに、弟の子なのかと嫉妬に狂い、巴を責めに責めた。巴は腹の子の為に必死でヤブの子だと主張したが―――弟にソックリな男児が生まれてしまった」

「弟の子だったの?」

「いや、兄弟だからどちらに似る可能性もあると思う……その辺りは不明だ。しかし、ヤブにはそんな理屈は通用しない。怒り狂って、巴の舌を切ってしまった」 


―――これでもう男を騙せない。


「これを知っていよいよ堪忍袋の緒が切れた巴の実家が、巴に毒を贈った。巴はヤブに毒を盛り、ヤブは一晩苦しんで死んだ。ヤブはその際、巴に問うた」


―――何故だ。何故オレを殺す?


 僕は首筋の毛が逆立つのを感じた。

 

「命を狙われる自覚がないとは、どういう思考回路なんだ?」

「巴も同じ気持ちだった事だろう。しかし、舌を切られて答えられない。代わりに答えたのは、駆け付けたヤブの母だった」


―――悪事ばかりはたらいた罰です。そなたをカマヘビ様にお返しします。


「ヤブの母がそう叫ぶと、どこからか大蛇がズルズルと現れて、祖母と巴に対峙したそうだ。そして怒りを見せた」


―――よくも私が分け授けた子にこのような悲しみ、苦しみを。罰だというのなら、わが子を殺したお前たちも罰を受けよ。子孫が罪を犯す度、娘を我が子の怨霊に捧げ慰めよ。


「我が子?」

「おそらくヤブの母は、蛇の邪神か妖に男児を願ったのだろう。結果、ソイツの子が腹に宿ったのかと……そう考えれば妙な神通力や嗜虐性も納得がいく。ヤブを幼少期に排除出来なかったのは、そういう訳もあったのだろうな。得体のしれないモノに子を願うのは危険だな。そういう訳で、九条家は子孫が罪を犯すと女が生まれ、その子は『罪の子』として一生ヤブの怨霊につき纏われる事となった……マリカはその『罪の子』なんだ」


 そんなの理不尽だ。

 

 思わず呟いた言葉が、キヨラ叔父さんと重なった。

 キヨラ叔父さんは微笑して「そう思うよな」と言うと、気怠そうにちゃぶ台に頬杖をついた。

 たくさん喋って疲れたのだろう、ふぅと息を吐く。

 そこでキヨラ叔父さんの顔色が、さっきよりももっと青くなっている事に気づいた。

 柱に掛けてある時計は既に深夜一時を過ぎていた。

 

「アイツが何者か分かってよかった。……まぁ、いい気分ではないけど……お茶を淹れなおすよ。飲んだら休んで。それで明日、門守かどもりさんの所へ行こう」


 僕はそう言って、土間台所でお茶を淹れなおした。

 まだたくさん聞きたい事は残っているが、キヨラ叔父さんを休ませてあげたかった。

 自分も大変な一日だったし、一人で思い起こしたり、考えたりもしたい。

 ふと茶の間から視線を感じてそちらを見ると、キヨラ叔父さんが目を細めて僕を眺めていた。見間違いでなければ少し誇らしそうで、それは僕に向けられていた。

 家族にお茶を淹れる事は、幸せな作業なのだなと思った。

 これからこういった小さな幸せが増え、その分あいつへの憎しみが増えるのだろうと思うと、小さな幸せの価値がしぼんでしまう。

 そして、その度に僕はアイツの影を見る。

 恐らく一生、僕はアイツの影から逃れられない。

 マリカもこんな気持ちなのだろうか。


 自分が一体何をしたのだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る