復讐が解かれて

 ミトジさん一族に見送られ、僕らはオハガシ様の神社を後にした。

 船を出してもらう為、ミトクさんが船着き場まで送ってくれる事になった。

 長い石階段を降り石畳を歩く最中、マリカはミトクさんに纏わり付くようにピョンピョン歩き、普段以上にお喋りで煩かった。


「いまわ神社の裏にヨソさんの造った花畑があって、今も綺麗だよ」

「そうですか……ヨソは草花が好きでした。あの薔薇を囲う庭園もヨソが造ったのですよ。家族は皆、ヨソがあの庭園から離れるとは―――N村へ嫁ぐと言い出すとは、思いませんでした」

「そっかぁ。庭園の事、ずっと気にしていたよ。親しみもあれば憎しみもある感じでさ。それにしても、N村へ嫁ぐなんて物好きだよねぇ」


 マリカもミトクさんも、門守さんの母親の思い出話で楽しそうだった。

 僕はほとんど蚊帳の外だったが、一つ疑問を呟いた。


「どうしてヨソさんは門守家の子供を産めたんだ?」 


 ヨソさんも、親族以外の人間と子を成せない呪いにかかっていたハズだ。

 相手にも危害が及ぶ事なのに……門守さんの父親は知っていたのだろうか。


「それはもちろん、門守家ですから……もしや、このことご存じないのでしょうか?」


 ミトクさんは少し驚いた顔をして、マリカを見た。

 マリカはミトクさんにニコッと笑ってから、僕へ鬱陶しそうに言った。


「門守家はどんな力にも干渉されないんだよ」

「干渉されない?」

「うん。呪いとか効かないし、悪いモノが危害を加える事も出来ないんだ。だからミヤビ達を怖がらないでまとめられるし、対応策をアレコレ探れるってワケ」

「初めて聞いたぞ……」

自分家に憑いてるお化けだって、知ったの最近じゃん。無駄に知らなくていい事ってあるよ。ね、ミトク」

「……ええ、はい。そうでございますね」

 

 マリカに話を振られて、ミトクさんは伏し目がちになって頷いた。

 僕はミトクさんをチラリと横目で盗み見て、口を閉じた。

 ミトクさんは恐らく僕よりN村の事情を知っている。だったら、僕はこれ以上質問を重ねて彼女を困惑させない方がいい。

 マリカとミトクさんが何事もなかったかの様に、再びヨソさんの思い出話をして歩き出し、僕も黙ってその後に続いた。

 石畳の道が終わり双子や三つ子達の集落へ入る時、ミトクさんが足を止め、


「この廃墟を抜けるまで、私は口を噤ませていただきます」


 と、言うと、赤いより糸を摘まんで垂らした。

 より糸の先には小さな鈴が結われていて、子猫の寝言ほどの微かな音が、波紋の様に大きくなり、広がり切る途中でまた小さくなるといった不思議な音色を鳴らす。


 キュワン……キュワワン……


 ミトクさんは独特な動きで手首を回し、鈴を鳴らし歩を進める。

 僕とマリカは顔を見合わせたものの、なんとなくミトクさんに習って黙って集落を歩いた。

 行きとは違い、双子や三つ子の村民達は一人も見当たらなかった。

 それなのに、大人数の息づかいと視線を感じる。

 マリカが細い顎をツンと反らせ、少し早歩きになった。

 僕は、マリカの揺らすポニーテールに縋るような気持ちで、後に続いた。

 僕たちが通り抜けた場所は、信じられない事に、ただの生臭い廃墟だった。



 船着き場でミトクさんがシマ爺さんとフネ爺さんに、船を出す事を頼んでくれた。

 マリカは売店の婆さんを警戒していたが、婆さんは店先からこちらを睨んでいるだけで近寄って来なかった。

 船が出ると、ミトクさんはずっと手を振ってくれていた。

 ミトクさんと島が水平線の向こうに見えなくなると、マリカは「ふぅ」と息を吐き、デッキのベンチに座り足を組んだ。

 そして、オハガシ神社からいただいたお札を数え始めた。


「ひぃふうみぃ……なんだかたくさんくれたケド、これがオハガシ様じゃないなんてね……帰り道で悪いのに取憑かれてる人がいたら、売りつけよっか?」

「幽霊が商売しようとするな。マリカが欲しそうにしたから、無償でくださったんだろ。そんな事を言うのはやめろよ」

「うるさいなー。あんまりうるさいと、君んの庭にコレを植えるぞぉ」


 マリカはそう言って、自分の鞄から細長い新聞紙の包みを取り出した。


「なんだそれ? ……まさか」

「えへへ。貰ってきた」

「うわ」


 包みの中身は、ミトクさん一族を苦しめ続けた薔薇だった。

 僕は仰け反ってマリカから離れた。


「なんでそんなもの!」

「ちゃんと自分の部屋で飼うよ」

「飼うって……元気にさせたらミトクさん達への呪いが復活しちゃうんじゃないか?」

「私が退治したから、この花はもう私の家来なんよ。なんて言ったっけな、ケン……ケンゾク? だから、好き勝手させないわん」


 マリカはそう言って、萎れた薔薇に口づけをした。


「本当に大丈夫なんだろうな」

「うん。それよりミヤビ」


 マリカが背を伸ばして、僕と向き直った。

 僕も思わず背筋を伸ばす。


「なに?」

「お願いがあるの」


 組んだ両手の間で、萎れた薔薇がぷらんと頭を垂れる。

 そら来たぞ。

 オハガシ様の話をしている時に、異様に目を光らせてほくそ笑んだマリカを思い出して、僕は顔を引きつらせた。


「島に連れて行ったじゃないか。まだ何かあるのか」

「うん。またこうやって、村から私を連れ出してくれない?」

「ええー……」


 僕は顔を歪め、腕を組んでマリカへ背をそむけてみせた。

 マリカが僕のTシャツの背を引っ張って、甘えた声を出す。


「ねー、連れて行ってよー」


 結構乱暴に揺さぶられながら、僕はここまでの道のりと出来事を反芻して首を何度も横に振った。


「絶対、絶対嫌だ」

「きっと楽しいよ~。いろんな所に行ってさー、美味しい物をたくさん食べてさ~。ついでにオハガシ様を探そうよ♪」


 なにがついでだ。ソッチが本命じゃないか。

 僕はオハガシ様に良い感情を抱けない。

 関われば関わるほど血なまぐさそうじゃ無いか。


「いーやーだ」


 僕は絡みついてくるマリカを引っぺがして立ち上がると、そそくさと離れた。 

 それでもマリカはしつこく寄って来て、追いかけっこになってくる。

 僕らが狭いデッキをグルグルと回っている内に、船着き場が見えて来て、桟橋で船を迎えるリク爺さんが見えた。

 島にいたシマ爺さんとソックリなリク爺さんを見ると、再度島へ戻ってしまった錯覚がする。この錯覚は、初めて島に到着した時の錯覚よりも、悪夢めいて感じた。……多分、もう戻りたくないと思う程に、あの島が嫌なんだと思う。

 

 リク爺さんは、マリカが包みから出しっぱなしにして持っていた薔薇を見て、青ざめた顔で僕らを見上げた。


「その薔薇は……」

「あ、盗ったんじゃないです、神社の方からいただいたんです」 


 薔薇泥棒だと思われてはたまらない。

 僕が慌てて説明していると、フネ爺さんも船から降りて来た。


「まさか一族の呪いが解けたのか?」

「うん。あの人達は、きっともう大丈夫だよ」


 得意気なマリカに、何故かリク爺さんとフネ爺さんはガックリと肩を落とした。フネ爺さんにいたっては、へなへなと座り込んでしまった。


「……そんな。そんな事が……」

「オハガシ様が薔薇を……?」


 僕とマリカは顔を見合わせる。

 オハガシ様は、あの薔薇が生まれた(?)時には、神社から持ち出されていたハズだ。

 もしかして老人達はその事を知らないのだろうか?


「いえ、オハガシ様はここには―――」


 いませんでしたよ。いや、ありませんでしたよ、か?

 僕が言い方に迷った一瞬の間に、マリカが割り込んできた。


「ちがうよ! 私がやっつけたんだ!」


 老人二人は、声も身振りも大きいマリカの方へ、一切目を向けなかった。

 彼らは血走った丸い目をして僕を凝視し、僕の言葉の続きを求めた。


「ここには……なんです?」

「もしや……ここにはいないのか?」

「そんなわけないでしょ!」


 マリカが声を張り上げる。

 その様子に、僕も老人達へ頷いて見せた。


「ここには―――長い間居らっしゃって……薔薇を見張ってくださっていたそうですよ」


 リク爺さんは、血走った目のギラつきをゆっくりと失望の中に沈めた。


「―――そうですか」


 と、僕を見上げた時には、リク爺さんの目は感情をなくした空洞の様だった。


「はい。……あの、時間外に船を出していただいて、ありがとうございました」


 僕は島の最後の異様さに対し、さっさと頭を下げた。

「さよなら」とか「またお越しください」などと言葉は交わされなかった。

 僕が顔をあげる頃には、リク爺さんはすでに乗船受付のプレハブ小屋へ向かっていた。


「……ばいばーい」


 マリカが僕の腕を引いて、後退る様に船着き場を離れようとしていた。

 僕は本能的にマリカに習い、リク爺さんのいる場所から出来るだけ早く離れた。

 バス停に近づいてきた辺りで振り返って見ると、リク爺さんがサッと船に乗り込む所だった。リク爺さんはベルトのついた細長い包みを肩に担いでいた。

 

「……?」


 船はすぐに海へ滑り出した。――フネ爺さんはすでに船に乗っていたらしい。


「どしたの、早く行こ!」


 先にバス停に着いたマリカが、僕を急かす。その背景に、乗る予定のバスが見えた。

 僕は慌ててバス停まで走った。

 

――――釣り竿だ、きっと。


 そう思いながら。

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