オハガシ様と薔薇の話1
オハガシ様は何でも剥がせるが、直接滅する事が出来ないらしかった。
「その為、剥がしたモノを封じる器が必要でした」
「それがあの籠や壺だ?」
マリカが座卓に身を乗り出して尋ねた。
やたら話に興味津々だった。
「ご覧になられていましたか。そうですね、あれは虫やネズミ用です。表には犬猫用までしか置いてありません」
「え、なんで? お化けを入れるんでしょ?」
マリカは乗り出していた身を卓から少し引いて、低い声で尋ねた。
僕もなんとなく心の中で身構える。
何故なら、僕たちの見た籠や壺は愛玩用ではなかったからだ。
ミトジさんは僕らの顔色を見て俯き、少し長く息を吐いた。
そして、意を決した様に言った。
「器は弱った生き物です」
「……弱った生き物」
マリカが小さく呟いた。動揺混じりの小さな声音だった。
マリカを見ると、心ここにあらずな顔をしていた。
「マリカ?」
マリカへ声を掛けると、彼女はハッと我に返った後、ミトジさんへ真剣な顔を向けた。
「弱った生き物にお化けを移すの? それがオハガシ様?」
「そうです。オハガシ様で剥がしたモノは、病や怪我を負っている生物に引き寄せられ、閉じ込められるのです。その為、病や怪我を負った生き物……もしくは怪我を負わせた生き物を器にしました」
最後の付け足しは、罪悪感が過度に説明をさせてしまったのかもしれないと思った。
「……それは人間でもやるの?」
「な、何言ってるんだマリカ」
僕はギョッとしてマリカを黙らせようとした。
しかし、ミトジさんは力なく頷いた。頷いたと言うよりも、項垂れたのかもしれなかった。
「虫や獣で封じる事が出来ると知ったのは、明治半ば頃の事です。それまでは捨てられた人々を器にしていました」
「そんな……」
「捨てられた人々って?」
マリカはこの話が恐ろしくないのだろうか?
あまり緊張感の無い様子で、気軽に尋ねている。
ミトジさんは言いにくそうに説明を始めた。
普段のこの人は、オハガシ様について問われても多分簡単に答えないだろうと思う。しかし、いまわの幽霊なら別なのだろう。
崇めているからか、恐ろしいからか、それは僕には分からない。
「……この島から近い地域には多胎児を忌み嫌う村が多くありまして、依頼人はそこで双子や三つ子を買って島へ渡って来ました。特に私共が多胎児を希望したわけではありませんが、そういう流れになりました」
「お化けを入れられた人はどうなるの?」
「剥がしたモノに身体を奪われます。取憑かれるという状態です」
「それって、どうしたらいいの?」
マリカの質問に、ミトジさんはこう答えた。
「石を積めた桶に入れ、海に沈めていました。器の身体が朽ちても、残り物が桶に留め続けています。その間に剥がされたモノも弱るようです」
双子や三つ子の話が出て来た辺りで話を切り上げて、直ぐにでも帰れば良かった。
この人達は関わってはいけない人達だ。
そんな事を思う僕の横で、マリカはどうでもよさそうに「そう」とだけ呟いた。
ミトジさんは恥じ入る様に続けた。
「先祖は迫害され追いやられた者達です。恨みと妬みの中、不意に得た日の目に躍起になってしまったのです……。多くの犠牲を出し、崇められました、感謝されました、使い切れない程の金銭を手にしました。そして、自尊心と人並み以上の生活を手に入れて初めて、その子孫達が人の心を取り戻し始めたのです。
一族からは、オハガシ様をこれ以上行わないようにしようと声が上がりました。兄妹を器にされて残り、捕らえていた者の保護・解放も訴えたようです」
それが今から三百年程前の話です。と、ミトジさんが言った。
三百年前なんて、僕からしたらほとんど別世界の時間だ。そう思うと、少しだけ目の前の一族への恐れが薄れるから不思議だ。
しかし、オハガシ様を行う事を反対する声が上がっただけで、行いが止まったワケではなかった様だ。ミトジさんは更に気の重くなる話をし始めた。
「一族の長は、オハガシ様をし続ける意志が固く、反対を唱えた者達を捕らえ、器として使い始めてしまいました」
「という事は、肯定派の方が反対派より多かったのですね」
「はい。反対派の代表は、姉妹を器にされたミツという娘を嫁に迎えておりました。恐らく、そういった情もあって反対を始めたのかと思われます。肯定派もそれに気づいていたのでしょう。ミツを捕らえ、言葉にするには憚られるやり方で必要以上に痛めつけ弱らせた上で器にし、海へ沈めてしまいました」
「うげぇ……」
「お恥ずかしい限りです」
マリカの呻き声に、ミトジさんは深く頭を下げた。
「私共もお話ししたくない過去でございます。しかし、この話はあの薔薇へ続くので、どうか締めくくりまでお付き合いください。そして憐れんでやって欲しいのです」
「うう、分かった……」
「ありがとうございます」
薔薇の話だと聞いて、マリカが渋々頷いた。
僕は腕時計をチラリと盗み見る。
時間は苦手な授業を受けている時の様に、ゆっくりと流れていた。
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