幽霊がいる証明②

 マリカがビクッとして僕を見上げている。

 マリカの母親もしゃくりあげながら顔を上げて、僕の方を見た。

 僕は泣いているマリカの母親の側へ行き、泣きはらした顔で見上げてくる彼女へ提案した。


「マリカに食べさせたものを、マリカの母さんが食べてみてはどうですか?」

「え?」

「マリカに、匙で何か一口食べさせてみてください。それで食べた後かどうかわかるかもしれません」


 月子さんがポンと手を合わせる。

 いつまでも不安そうにしているマリカの母親に、僕は金色の匙を差し出す。

 マリカの母親は「うそよ」と呟きつつも、匙を手にした。

 そして、一口大に切られたスイカを匙に掬う。


「マリカ」

「えー、『あーん』なんて、なんか子供みたいじゃん!」


 文句を言いつつ、マリカは席を立って軽い足取りで母親の元へと近寄った。

 マリカの母親は、恐る恐る匙を宙へ差し出した。スイカの赤い汁が匙から少しだけ滴って、白いテーブルクロスを汚す。だけど、誰も汚れを気にしなかった。


「なんか、ホントに小さい頃みたい」


 母親が差し出した匙に、マリカがパクリと食いついた。

 僕の目には、匙に乗ったスイカは消えた。

 だけど、マリカの母親や月子さんの目には、スイカが乗っている。

 うまく言えないが二人と世界が合わさると、僕にもスイカが見えてくる。


「どう? マリカは食べた?」

「食べたよ!」

「食べました」

「ほら、陽葵様! スイカの水分が抜けていますわ!」


 月子さんの言う通り、よく見ればスイカは、色をくすませパサついている様に見えた。

 マリカの母親は用心深そうにそのスイカを見つめ、思い切った様に口に含んだ。

 今更ながら死者の食べた後のものを食べるのは大丈夫なのか? と、不安に思ったが、マリカの母親は霞から冷めた様な顔を僕に向けた。


「……味が無いわ。パサパサよ」

「ほら……ほら! 陽葵様、私の言った通りじゃありません!?」


 マリカの母親の頬が高揚し始めた。

 彼女はせわしない動きで、今度はクリームを匙に掬い、虚空に差し出した。

 マリカが「しょうがないなぁ」と言って、匙に食いつく。

 僕はなんとなく嫌な予感を感じながら、「食べました」と、伝えた。

 マリカの母親は嬉々として匙の上のクリームを口にし、顔を輝かせた。


「煙みたいで味が無いわ! 月子さんがあんなにお砂糖を入れたのに!」


 食べてるのね!

 マリカの母親は大喜びで、「今度はどれを食べさせましょうか!?」という様子で匙を皿の上で彷徨わせる。


「げぇ、もういいよ。もうやんないって言って!」


 マリカがうんざりした声で言う。


「もう少し付き合ってやれよ」

「いーっ」

「ったく、あの、もう恥ずかしいそうです」

「もう一回だけ……」


 ウルウルした目で見上げられて、僕はマリカを見た。

 マリカは唇を尖らせて、母親の側へ寄る。


「私のお皿の食べればいいのに……もう一回だけね。もうしないからね!」



 奇妙なお茶会が終わり、僕は再度マリカの部屋を捜索した。

 マリカは未だ部屋に入れない様子で、悔しがっていた。

 図鑑は中々見つからなかったが、なんとかマリカの通学鞄の中から見つけ出した。

 捜索先候補が全部違って脱力する僕など気にせず、マリカは歓声を上げて図鑑を引ったくった。

 

「これこれ! ほら、ここよここ!」


 懐かしさと嬉しさを爆発させて、マリカがずいずいと該当ページを見せてくる。


「わかった。何かメモをくれ」

「いいよー」


 マリカはリビングから紙切れを持ってきて、住所を書き写してくれた。


「ほい」

「ん。じゃあ、行き方調べて切符用意しとく。日程は……いつでも暇だろ?」

「まあねー、よろしく!」


 マリカは図鑑をめくりながら、生返事を返した。

 熱心に図鑑を見ているのは、懐かしいからだろうか。

 この様子だとしばらく会話は成り立たなそうだ。だから僕はそろそろ家へ帰る事にした。叔父さんに飯を作ってやらなくては。

 アイツが『早乙女清良』か怪しくなってきたが。


 リビングの二人へご馳走様を言い、焼き菓子の土産をたくさんもたされた。叔父さんに見つからないように、環へ明日持って行ってやろうと思う。

 玄関へ向かうと、マリカが見送ってくれた。


「庭に捨てたヤツは持っていくから。門守さんへ預けていいよな?」

「うん。ママを怒らないでって言っておいて」

「分かった」

「ミヤビ」


 玄関から出ようとする僕を、マリカが呼び止めた。


「今日はありがと」

「『今日は』? いつもだろ」

「ふふん、気を付けて帰るのだぞ」


 なんで「ふふん」なんだ? 

 呆れたヤツだ。

 

 それから急いで窓から捨てた鈴を拾い、新聞紙の隙間からコチラを見る月子さんへ合図を送った。

 しばらくして、鉄格子(と有刺鉄線)の門が開く。

 僕は門から出ると、座り込みたくなる位ホッとした。


 クワワン。


 鈴が鳴る。

 なんとなく面白くて、鳴らしながら帰った。

 

 帰ってからは、月子さんに感化されてちゃんとした料理を作った。

 しかし、叔父さんは文句を言った。


「今日は暑いから素麺を軽くツルッとしたかった!」

「……茹でようか?」

「こんな暑い日によー、熱い飯だすなよな」

「どうする? すぐ出せるけど」

「食材を無駄にすんなよな! 素麺でいいのに」

「そうだね。待ってて」


 僕はヘラリと笑って、お湯を沸かす。

 マリカの家でたくさん食べて腹が減っていなかったから、心に余裕があった。

 だけど、ムカつくもんはムカついた。

 素麺を茹でて冷やして居間へ持っていくと、ちゃぶ台に並べた料理が皿から消えていた。

 叔父さんが苦しそうにゲップして、ふぅ、と息を吐いていた。


「待てねぇから食った」

「……素麺は」

「もう腹一杯だからいい。本当は素麺がよかったのにな!」

「そう」


 僕は土間のテーブルに素麺を置いて、静かに啜った。何か咀嚼していないと、奥歯を砕いてしまいそうだった。


「……濃い一日だ」


 そのせいで『早乙女清良』の冊子を尻ポケットに入れたままだった事を、風呂でズボンを脱ぐ直前まで忘れてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る