未練を探る

 結局、どう逃げ回ってもマリカと関わるしかない。

 遅すぎる悟りを得て、僕はこれまで同様マリカと積極的にかかわる事にした。そんな僕の健気さに、天は味方してくれた。マリカとの接触が、以前より格段に容易いものとなっていたのだ。

 いつのまにかマリカの出現場所が、ほぼ神社一択となっていた。

 何故かというと、マリカが幽霊だという事を環が受け入れてから、マリカはえらく環を気に入って、日中ほとんど一緒にいるようになっていたからだ。

 マリカが誰かに絡む事はよくあることだったが、こんな風に自らつるんでいるのを見るのは初めてだった。

 妹分でもできた気でいるのだろうか。環は従順だからなぁ。

 成仏のヒントを掴む為、マリカとの遭遇率を上げたかった僕は、このお膳立てをありがたく思った。


 しかし、神社は今の僕には鬼門であった。

 門守さんとマリカが抱き合っていたところを見て以来、門守さんの顔を出来るだけみたくない。澪さんの顔もまともに見る事が出来ずにいる。

 告発してしまおうかとも考えた。しかし、マリカが成仏すればああいう事はなくなるのだから、わざわざ夫婦のわだかまりをつくるのも気が引けた。

 僕はマリカのいなくなった未来を見据えて行動しなくては。

 そして、顔を見たくない一番の本命は、やはり元凶のマリカだ。

 心頭滅却して環の部屋を訪ねると、ヤツは簾の影がかかる縁側に転がって、漫画を読んでいる。

 コイツが漫画から顔を上げ、僕の方を見る瞬間が、嫌だ。その瞬間、僕の心は何故か子供の様に頼りなく、我慢の利かないモノになってしまう。

 僕は自分が思っている以上にマリカが苦手なんだろうと思う。おそらく、門守さんとの事で余計にそうなっているに違いない。

 でも上手く隠して突き止めなくては。コイツを成仏させる方法を。それには小まめなコミュニケーションが必要だった。

 僕の気も知らないで、マリカが「ヤッホー」と挨拶をした。


「今日もお菓子持って来たん?」

「……おう」

「わーい、ミーちゃんいつもありがとう」


 喜んで笑顔を向けてくれる環だけが、今の僕の癒しだ。


「あのさー、ジュースじゃなくて酒を買って来いって前に言ったでしょー?」


 癒しが一瞬で吹っ飛ぶ発言をした後、マリカは再びゴロンと横になった。いつの間にか夏仕様になった制服の薄いスカートが、捲れてしまってだらしない。


「おい、みっともないぞ」


 居住まいを正させようと注意した僕に、マリカが「ハァ?」と白けた声を上げた。


「ダラけてないで、ちゃんとしろよ」

「なにをよ?」

「もっとこう、夏休みなんだしなんかやる事ないのか」


 マリカは思い切り「何言ってんのコイツ?」という顔をして、環に言った。


「ちょっとー、なんか説教してくるー」

「ミーちゃん、マリカに優しくしてあげて」


 環がマリカを庇った事に、僕は口を尖らせた。

 最近環が僕の味方をしてくれない。確実にマリカに毒されている様子だ。早めに対処しなくては、環まで堕落してしまう。


「環、コイツに影響を受けては駄目だ」

「影響だなんて……ミーちゃんはどうしてそんなにマリカにだけ当たりが強いの?」

「そーだそーだー」


 マリカが「キシシ」と笑って、環の影に隠れて煽ってくる。ムカつく。


「コイツが自堕落だからだ」

「マリカはくつろいでるだけだよ。部屋に女の子だけなら、私だってこんな感じだよ。さっきまで寝転がってたんだから」


 ぷん、という調子で、環。


「そーよねー、女の子だけでいたのに、ミヤビが乱入してくるんのが悪いんだよ」

 マリカが調子づいて言った。なにが女の子、だ!


 何か言い返してやりたかったが、環の手前しゅんとその場に座った。買ってきた菓子でも開けて、環の機嫌をとろう。

 そんな僕に、マリカは更に追い打ちをかけてきた。


「ねーマジでここ三日ほど何しに来てるの?」


 僕はギクリとして、菓子の袋の開封をしくじった。実を言うと、「何しに来てるの?」と言われても仕方がない。僕はマリカを探る事も、何かを聞き出す事も全く出来ずにいた。母親が鍵だと思いつつも、どう話題に出したらいいか分からなかったのだ。

 それに、僕の想像以上に環がマリカの事を慕っているのを見て、環の前で成仏などと、とてもじゃないが言えなかった。加えてこの女子独特の連帯感に、僕はほとんど口をきく権利すら奪われていた。

 菓子袋が開封口から裂けて、バラバラと床に菓子が零れ落ちる。僕は構わず声を荒げた。


「た、環に会いに来てるに決まってるだろ!?」

「あーあー、なにやってんの。個別包装でよかったねー」

「環はずっと境内にいるだろ? だから退屈だろうと思ってだな」


 マリカと菓子を拾いながら、僕は「環が、環が」と繰り返した。


「ふーん。でもさー、あんた全然退屈しのぎになってないじゃんよ」

「へ?」

「だっていっつも部屋の隅で座ってるだけでしょ。かと思えばこまめに監視してくるし、息が詰まるんだけど」

「な……」


 ナイフの様なマリカの言葉に、僕は固まってしまった。


「す、座ってるだけじゃない。参考書読んでる。勉強だ」

「家ですればいいじゃん」

「僕が何処で勉強したって勝手だろ!」


 そこで環が「もー」と言って、僕とマリカの中間地点に座った。


「すぐ喧嘩しないで。ミーちゃんはマリカに会いにきてるんでしょ?」


 マリカが目を輝かせて上半身を起こした。


「きゃん、ミーたんったらそうなの~?」


 目の輝きは、猫科の生き物が獲物を見つけた時に発するヤツだ。その証拠に、舌なめずりしてやがる。

 僕は図星を突かれて慌てた。


「いや、なんで? そうじゃない、そうじゃないぞ」

「だって部屋に来ると、真っ先にマリカがいるか確認してるじゃない」

「そんなわけないだろ!」

「そうなの? じゃあ学校に誘うのはもう止めたの?」


 環が首を傾げる。なんだそういう意味で言ったのか、と、僕は落ち着いた。


「いや、最後の夏休みを楽しませてやっているだけだ」


 最後の、を強調して言ってやった。


「ふん、何度言われたって、学校なんか行かないもんね!」


 マリカが赤い舌をべぇと出す。


「いーや、マリカ、この夏が最後の夏休みだ」


 僕はそう言いながら、チャンスとばかりにもう一声上げた。


「だから何かやりたい事があるなら、きょ、協力してやってもいいぞ」


 三日かかってやっと言えた。心の中でガッツポーズだ。

 マリカはキョトンとして僕を見た。


「何かやりたい事?」

「そ、そう。ずっとやりたかった事とかないか? なんていうか、ホラ、これが出来たら成仏してもいいってくらいのさ」

「ちょっと、成仏なんて縁起でもない事言わないでよ、ミーちゃん」


 環はかなりマリカサイドだ。成仏は縁起悪くないだろ。

 一方、マリカは細い人差し指を顎に当て、「うーん」と何か考えてから疑わしそうに聞いてきた。


「なんでもいいの?」

「……うん、僕に出来る事なら」

「その代わり学校行けとかじゃない?」

「うーむ……まぁ、それとこれとは別で考えてやってもいい」


 マリカはパッと顔を輝かせた。僕はなんとなくサッと顔を背けた。


「あのね、薔薇を見たい」

「薔薇?」


 僕は拍子抜けしてしまった。なんだ、薔薇を見たいって。凄く簡単じゃないか。


「いいぞ。じゃあ今度の買出しで鉢植えを買ってきてやる」

「ノンノン、そういうんじゃなくて~、ちゃんとした庭園に行きたいんだよ。薔薇だけじゃなくって、色々いっぱい咲いてるのが見てみたいの!」

「……もしかして村の外?」


 マリカがコクコクと頷いた。


「行きたい花園は飛行機に乗らなきゃなんだけど~、連れてってくれる?」

「飛行機!? もっと下の町とかその辺でなんとかならんのか」


 僕がたじろぐと、マリカはみるみるうちにガッカリした顔になった。もう、心底ガッカリの顔だった。


「あ、そ。じゃあいいよ。む・り・だ・と・お・も・っ・て・た・し!」


 マリカはスッと立ちあがって、縁側からピョンと庭へ降りた。


「マリカ、どこいくの?」

「なんかしらけちゃった。またね、タマキ」

 

 マリカが行ってしまうと、タマキが僕の方へ振り返った。

 少し機嫌が悪そうだ。


「ミーちゃん、どうしていつもマリカと険悪になっちゃうの?」

「どうしてって、マリカが悪いだろ」


 僕の返事に、環は盛大なため息を吐いて見せた。


「ミーちゃんが突っかかってるでしょ。さっきも、どうして期待させる様な事言っちゃったの? マリカはね、庭園へ行くのが夢なんだよ」

「夢? マリカが言ってたのか?」


 マリカはかなり環に心を開いているんだな、と、感心してしまう。


「うん。建物の奥に小さな原っぱがあるでしょ?」

「ああ……そうだっけ?」

「崖があるところだよ」


 建物の裏など滅多に行かないから、あまり記憶にない。しかし、僕は嫌な思い出を思い出してしまった。

 そこは、マリカが僕の前でスカートを抓んで捲った場所だ。

 心の中に陽光が射して、くるくる回る。眩暈がして、僕は目頭を押さえた。


「……ああ、そんな場所があったな……」

「そこでね、マリカは門守さんのお母さんとガーデニングしてたんだって」

「へぇ……」 


 新鮮で意外な情報に、僕の目が知らず見開いていく。

 門守さんの母親は、マリカが幽霊になる前に亡くなっていたハズだ。

 門守さんの様に、とても穏やかな人だった記憶がある。


「それで庭園を見てみたいのだろうか?」


 環が力強く頷いた。


「うん。門守さんのお母さんがまだご実家にいる時に手掛けてた庭園があるみたい。そこに行きたいんじゃないかな。裏の原っぱに行くと、たまにその話をするの。マリカは門守さんのお母さんを好きだったんだね、きっと」

「そうだったのか。だから、あんなにもガッカリしたんだな」


 もしかしたら、義母になっていたかもしれない人だもんな、と、僕はマリカを憐れに思った。

 半面、これは成仏にかなり近づいているのでは、と、期待もしていた。


「連れてってあげるの? 幽霊って村を出てもいいのかな?」


 環が僕に問いかけた。

 幽霊が村を出てはいけない決まりはなかった気がする。

 しかし飛行機の距離となるとどうなるだろうか。

 それに、門守さんの母親の実家というなら、やはり断りがいるだろう。


「……門守さんに聞いてみる」


 環は「きゃーっ」と、何やら黄色い声を上げた。


「ミーちゃん、ホントはマリカを好きだよね。ねぇそうでしょ?」


 頬を高揚させる環に、僕は弱々しく返した。


「そんな訳ないだろ」


 僕はマリカをこの世から消そうとしているんだ。

 好きな女にそんな事するかよ。環はまだまだ子供だな。

 

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