連れて行く

 次の日に、僕は門守さんを訪ねた。

 本当は顔も見たくなかったが、幽霊が村から出ていいものか相談をしなくてはならなかった。

 門守さんは小さく首を傾げて、不思議そうな顔をしていた。


「……君たち仲良しでしたっけ?」

「仲が良くないと連れ出せませんか?」

「そんな事は無いよ。だけど、仲が良くないのに一緒に出掛けるのかい?」


 僕は頷いた。マリカを村から連れ出す事は、門守さんが思っている様なお出かけじゃない。だから仲の良さなど必要ない。

 マリカだって、「ミヤビがなんか言い出したぞ、ラッキー」くらいにしか思っていないだろう。


 門守さんは、マリカとの不仲を隠そうともしない僕に、不安を感じている様子だった。


「わがままを言うかもしれないよ? 喧嘩になるかもしれない。それでも途中放棄せずに連れて帰ってこれるかな。もしかしたらマリカの方が君を途中放棄するかもしれないよ」


 さすが門守さんというべきか、僕が不安に思っている事を確認してくる。

 振り回されると予想はしているものの、自分が途中放棄される側になるのはキツいものがある。僕はもしかしたら、わがまま娘を苦労して連れ歩いた上に、一人でとぼとぼ帰る羽目になるのか?


「そうなったら困るので、幽霊の弱点か制御方法などあれば教えてもらえませんか?」

「残念だけど、幽霊に弱点はない。ちなみに、腕力でも勝てない。マリカがその気になれば、君を片手の一張りで殺せるよ」


 僕はそれを聞いて、自分の顔が引きつっていくのを感じた。

 薄々そうじゃないかと感じていた。

 以前マリカを怒らせて回し蹴りを入れられた時、その威力たるや丸太がフルスイングで脇腹に当たったかの様だった。あまりに重い一撃だったので一瞬殺されるかと思ったのだ。

 あれは女の子の蹴りじゃなかった。当たり所のせいだと思いたかったが、やはり本来の力だったのだと、改めてゾッとした。

 だけど引けなかった。門守さんの前では特に、引けない気持ちが強くなる。

 マリカを成仏させてやる。そうしたらもう、門守さんとマリカは触れ合えないし、道徳を裏切る事が出来ないだろう。

 僕はゆるゆると顔の緊張を解き、微笑に塗り替えていく。


「門守さんってば……マリカにも良心がありますよ」 


 僕がそう言うと、門守さんは目を細めた。


「そうだね。弱点を下調べしようとする君よりかは、あるかもね」

「……そんな」

「まぁ、マリカが言い出しているらしいし、下手に反対して無鉄砲な事をされたら困るので許可します。雅弥も名前を呼ばれる機会を作らないように。『ちょっとお兄さん』とかも振り返ったり応えたりしないように気を付けるんだよ。詳しい日にちと場所が決まったら報告してください」

「連れ出しても問題ないんですね?」

「君が泡を吹く以外、特に問題はないよ」 

「わかりました」

「ちなみに、日帰りだよね?」


 遠慮がちを装って尋ねられたので、僕は吹き出した。


「もちろんです」


 僕はハッキリとそう答えたが、「泊りです」と答えて反応を見れば良かったなと、後から思って後悔した。どんな反応も、大して面白く無かっただろうが。



「え、ホントに連れてってくれるの!?」


 環の部屋の縁側で、マリカは奇声と両手を上げて喜んだ。

 環も一緒にはしゃいで、マリカとハイタッチした。

 マリカの子供の様な振る舞いに早速不安を覚えたが、昨日環に注意されたばかりだったので見過ごして、僕は尋ねた。


「日帰りで行けるよな?」

「えー、当たり前じゃん。それともお泊まりがいい?」

「か、門守さんに確認されたから聞いただけだ。行き先も報告しなければいけないし、目的地を詳しく教えてくれ」


 僕がそう言うと、マリカは顔をしかめた。


「え、なんでジンに行き先言うの? もう言っちゃった?」

「まだ言ってないけど……村から出る時は、門守さんに行き先を告げるだろ」


 これはN村の自主的な決まりだ。と言っても、N村の人々は村の外へほとんど行きたがらないが。

 マリカは行き先をまだ報告されていない事に、ホッとしている様子で胸をなでおろしていた。

 その様子を見て何かを察した環が、いつものN村への好奇心で目を光らせる。 


「行き先によってはダメって言われちゃったりするの?」


 積極的に村の外へ行きたがった事のある人は、光叔母さんの例しか知らない僕は、素直に分からないと答えた。


「しかし、行ってはならないと言われる様な場所へ行く方が悪いと思うぞ。そういう場所なのか?」

「ジンのお母さんが住んでた地域なんだよ」


 マリカはそう言って、らしくなく膝を抱えて小さくなった。

 そう言えば環がそんな事を教えてくれたな、と思い出す。


「ダメなのか? 母親の土地の土産話でもしてやれば?」 

「自分の親の故郷に行きたがるの謎じゃん? 不気味じゃん?」


 僕はそれを聞いて、マリカが前に住んでいた家を見に行った清良叔父さんを思い出した。その行動に対して、薄気味悪さを感じた事も。

 そう思うと、確かに問題があるかも知れない。

 それと同時に、僕は勘づいた。


―――マリカは門守さんに承諾をもらえないと、分かっているんじゃないか?


 だとしたら、マリカが行ってはいけない場所なのかもしれない。しかし、マリカは門守さんに隠して行きたいと思っている。それは……もしかしたら成仏につながる事なんじゃないか?


「……分かった。適当にごまかそう」

「ホント!?」


 パッと顔を明るくさせたマリカの横で、環も嬉しそうに笑った。


「良かったね、マリカ!」

「で、マリカが行きたいところはどこなんだ?」


 環と喜び合っていたマリカが、すぐに用心深い顔をして僕の顔を覗き込んだ。


「ジンには言わない? 約束する?」

「うん。飛行機の手配とかあるから出来るだけ早く教えてくれ」


 マリカは「うん!」と頷くと、善は急げとばかりに立ち上がって言った。


「私んちにその庭園が載った写真集があるの。それに住所が載ってたと思う!」

「へぇ……結構有名なのか」

「ううん。いろんな庭園の写真が載ってる写真集の中の、小さい写真しか載ってない……でも、最後の方のページに住所載ってた!」

「よし、じゃあそれを持ってきてくれ」


 頼むと、マリカはうんうんと頷いて僕の腕を引っ張った。


「ミヤビも一緒に取りに来て!」

「なんでだよ、マリカの家だろ?」


 僕はマリカの館のインターホン越しに聞いた奇声を思い出して、絶対行くものかと首を横に振った。

 しかしマリカは眉を寄せて僕の腕を更に強く引いた。


「あのね、その写真集は私の部屋にあるんだけど、私、私の部屋に入れないの」

「はぁ?」

「どういう事?」


 僕と環が同時に首を捻った。

 マリカは「えへへ」と何か誤魔化す様に笑って言った。


「ミヤビはウチを外から見たでしょ? あのヤバい家!」

「ああ……まぁ。お札とか貼ってあったな」

「そうなの。アレ、ほとんど意味の無い紙切ればっかなんだけどさ、なんと運悪く私の部屋に貼ったヤツだけ、めっちゃ効力があるお札なの」


 何がおかしいのか、マリカはヘラヘラしたり少し吹き出してみせたりしながらそう言った。

 僕と環はポカンと口を開けて、そんなマリカを見ていた。


「……じゃ、じゃあマリカは幽霊になってからずっと自分の部屋に入れていないの?」

「うん、幽霊になってからっていうか、そのお札が貼られてからだから……八年くらいかなぁ」

「そんな……え、もしかして、だからいつもセーラー服なの?」

「あ、コレは多分幽霊仕様なんだー。だって冬になったら冬服に替わるし! でも普通の服も着れるんだよ!」

「幽霊仕様……」


 僕は、マリカがいつもセーラー服だという事に、なんの疑問も抱いていなかった。

 普通の服を着たら、どんな風なのか少し興味を抱きそうになって、気を引き締める。


「自分の部屋がないって事はどこで寝てるんだ?」

「そんなの家の好きなところだよ。一応、屋根裏を自分で良い感じにしてるんだ」

「そうか……じゃあ、部屋に入れる様にしてやるよ。その札を取ればいいんだろ?」

「うん! よろしく!」


 マリカが嬉しそうに頷いた。

 久々に部屋に入れるから、きっと嬉しいのだろう。

 もっと早く誰かに――門守さんとかに言えば良かったのに、と思ったが、まぁ好きな男をアノ館へ招くのは流石のマリカも気が引けるのだろう。僕ならうってつけだ。


「ねぇ、早くいこうよ」

「わかった」


 マリカに促されて、僕は環の部屋を出た。

 神社から出れない環は、「がんばってね」と、少し寂しそうに応援をよこして送り出してくれた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る