私を取り巻く出来事について
①
私とミーちゃんを乗せた軽トラックは、大型ショッピングモールに辿り着いた。
久しぶりのショッピングモールは、つい二・三ヶ月前の記憶にある建物よりもずっと大きく見えた。
軽トラックは一般の駐車場を通り過ぎて、搬入用通路と案内がされている方へと入って行く。
運転する本間さんが、順路を間違えちゃったのかな?
こっちじゃないですよって、教えてあげるべき?
私の落ち着かない様子を見て、ミーちゃんが先回りして教えてくれた。
「僕達は搬入口から入るんだ」
「え、どうして?」
私が質問をするとミーちゃんは大抵、まずは「あー」と、声を上げる。
それが私にはちょっと寂しい。
『そういえば、環は僕らとは違ったね』って、言われている気がするんだ。
「僕らは大量に物を買うだろ。だからあらかじめ注文しておいて、段ボールに詰めてもらったのを渡して貰うんだよ。一般の駐車場だと邪魔になってしまうから、こっちでやるんだ」
「そうなんだ」
良かった。この説明は、今までで一番納得出来たからホッとした。
ミーちゃんは私の疑問にいつも親切に答えてくれるけど、なんだか毎回答えがちょっとズレてるんだ。
私はそのズレを直して、もっと別の事を聞きたいのだけれど、今度はミーちゃんの方が「どうして?」という顔をするから困ってしまう。
そうするとミーちゃんも困ってしまうみたい。
私はミーちゃんを困らせたくないし、なによりミーちゃんとの溝がどんどん開いてしまう様な気がするのがイヤで、上手く噛み合わないなと思ったら「ふぅん」と納得した顔をする事にしている。一生懸命、分からないけれど分かった様な顔をして、仲間に入れてもらおうとしてるんだ。
もう「どうして?」なんて聞かない方が良いのかも知れない。
私は、噛合わない会話をするより静かにミーちゃんの横顔や背中を見ている方が好きだから。
本間さんと
フォークリフトの傍には、大量の段ボール箱が山の様に積まれてた。きっと、あれが村の買い物分だ。
本間さんは従業員さんと会話を続け、雷田さんはフォークリフトに颯爽と乗って、積まれた段ボールを運び出した。
私たちとは別で来た軽トラックも到着して、降りて来た村人が荷物を積む作業を手伝っている。
ミーちゃんと私も、段ボールを荷台に綺麗に積む手伝いをした。
みんな、手慣れた様子で段ボールをリストとチェックしながら荷台に押し込んでいく。
ほとんどの荷物を積み終わる頃、従業員さんにお金を払っている本間さんへ、ミーちゃんが声を掛けた。
「本間さん、僕ら先に店内覗いてきていいですか?」
「おう、十二時にフードコートに集合な」
「わかりました。じゃあ行こうか環」
ミーちゃんはそう言って、慣れた様子でショッピングモールの一般用出入り口へと私を連れて行ってくれた。
ミーちゃんは買い出しの時に何度も来ているみたいで、ショッピングモール内のどこに何の店があるか大体分かっているみたい。「なんか見たい物あるか?」なんて私に聞きながら、スイスイ歩く。
ミーちゃんは村でもカッコいいけれど、ショッピングモールを歩く姿はもっとカッコいい。いつも田んぼとか畑とか、モリモリ茂った林なんかを背景にしていてもったいないなぁって、思っちゃう。
私は、すれ違う何人かの女の子たちが、彼を横目で見たり振り返ったりしているのを、得意な気分で見逃さなかった。
ミーちゃんは自分が人より素敵な自覚がないみたいで、女の子たちの視線に全然気づいてないんだ。私が言うのも変だけど、自己評価が低いと思う。キヨラさんから、ちょっと分けてもらえばいいのに。
私はそんな事を思いながら、ミーちゃんと服や雑貨を見て回って大満足だった。デートみたいで嬉しかったんだ。
「久しぶりだろ、楽しいか?」
と、ミーちゃんが聞いてくれたので、私は「うん!」と答えた。
「昼飯食べたら、今度は家電見に行くから」
「大型冷凍庫?」
「そうそう」
ミーちゃんは目を輝かせて頷いた。
大型冷蔵庫を見るのが、とっても楽しみみたい。私にはちょっとよく分からない。
「他にはどこへ寄るの?」
「薬を買いに行く。マリカの爪もそこで売ってるんだろ?」
「ドラッグストアとか、大きいところなら。でも、ここのモールでも売ってるかも」
「なんだ、ここにあるかもしれない?」
私は頷いた。
モール内には、コスメショップがある。
お化粧や香水などを売っている華やかなお店だから、まだ中学生の私は入った事がない。
店を見つけたミーちゃんも、化粧品の香りが漂う入り口近くで足を止めて、戸惑っていた。
「うぉ……男が入っても大丈夫か?」
「多分……あ、ほら男の人もいるよ」
いかにも恋人の付き添いで仕方なく、という感じの男の人が数人いるのを確認して、ミーちゃんは「よし」と、お店に踏み込んだ。
二人でキョロキョロしていると、つけ爪のコーナーはすぐに見つかった。
電飾で明るい棚に、色とりどりのつけ爪のパッケージが並んでる。
私は何個か手に取って、綺麗な爪たちを眺めた。
こんな綺麗な爪が指先を飾ったら、どんな気分になるだろう。
私も欲しくなったけど、似合わないだろうなと思ってやめた。
それよりも、マリカのを選んであげなくちゃ。
「マリカはどんなデザインが似合うかな」
「……全然わからん。環に任せる」
ミーちゃんは眉根を寄せて、パッケージ裏の説明文を読み込んでいる。
私はミーちゃんの代わりに、マリカの希望に近い真っ赤でキラキラした爪を選んだ。ミーちゃんは「血みたいだな」って、顔をしかめて言った。
「そんな事ないもん。マリカが着けたらきっと素敵だよ」
「環がそう言うなら……買ってくる」
ミーちゃんはそう言って、レジへ向かった。
私はその間、つけ爪の横に並べられていた色とりどりのマニキュアを眺めてた。
すると、数人の女の子の声が少し遠くから聞こえてきた。
「ねぇ、あの人カッコ良くない?」
「私もさっきから見てたー!」
「いいなぁーあんなカッコいいカレシ欲しい~」
私はその賑やかな声たちに、十分すぎるほど聞き覚えがあって、身体を竦ませた。
女の子は五人いた。華やかでちょっとトゲトゲした雰囲気が、彼女達を包みながら直ぐ傍までやって来た。その人数と、その雰囲気は、私の身体を芯から震わせた。
彼女達は、一年生の時に私を水の流れる溝へ追い詰めた子達だった。
―――うそ。どうして。
知らず後ずさった片足が、ドプンと冷たい水の中に入った様な気がして、よろめく。
―――また、N村出身って面白がられる。ミーちゃんの前で……。
彼女達は固まる私の真横にたむろして、マニキュアを見るフリをしてミーちゃんを盗み見ている。
ミーちゃんに夢中なのか、私が必死で顔を伏せているからか、ちっとも私だと気づいていない様子だった。それどころか、私の目の前のマニキュアに手を伸ばしてきた。
元々、人を押しのける事を平気でする子達だった。それでも急に目の前に腕を出されて、私はちょっと仰け反った。
その子の爪には、ほんのりピンク色のマニキュアが塗ってあった。学校でつけてても、よく見なきゃ先生達にバレない感じのやつ。
薄ピンク色の爪先は、ヒョイとベージュ色のマニキュアの瓶を摘まむ。
―――これも学校で目立たないだろう。それでも、綺麗につやつや光るんだろうな……。
頭の片隅でそんな事を思った。
―――私が転校までしたのに、この子はオシャレして楽しく遊んでるんだ。
そう思うと、お腹の辺りからグツグツと熱いものが込み上げてきた。
私は目の前に伸ばされた細い腕が、憎くて仕方なくなった。
可愛らしいビーズのブレスレットまでしてる。
―――許せない。
私がそう思った時、ミーちゃんの呼ぶ声が後ろからした。
「おーい環、先出てるぞ」
私はハッとして、振り返る。
ミーちゃんは小さな袋を手に、店を出て行こうとしていた。
「あ、ま、待って」
私は慌ててミーちゃんを追っかけた。
背後で「今、あの人『環』って言った?」と、女の子達の声が聞こえた。
「え、人違いでしょ」
「そうだよねー」
そんな会話が聞こえてくる。
―――うるさいうるさいうるさい!
私は逃げる様に、ほとんど駆け足で店を出た。
「きゃあ! ミキちゃん、どうしたの?」
「ミキ、大丈夫?!」
女の子達はまだ騒がしくしていて、声が聞こえるだけで胸の中がゾワリとしちゃった。
そうそう、あのマニキュアの子はミキちゃんだったっけ。
確か、N村の埋葬は土葬かどうか気にしてた子だ。
N村は土葬だよ。大きな桶におさめて、土に埋めるんだよ。引き返してまで教えてあげないけど。
店から少し離れた所にいたミーちゃんに駆け寄ると、ミーちゃんはちょっと驚いた顔をしてた。
「そんなに慌ててどうした? 置いていったりしないのに」
「ミーちゃん、どうして先に行っちゃうの」
「いや、まだ店を見たいのかと思って……居づらいから外で待っていようかと思ったんだよ。なんかごめんな」
「うん、大丈夫……それより、早くここから離れよう。フードコート行こう」
私はミーちゃんの背をぐいぐい押して、一番近くのエレベーターまで急いだ。
どうしようもないくらい心がざわめいて仕方なくて、早くあの子達から離れたかった。
エレベーターはすぐに扉を開けてくれて、ホッとした。
急いで乗り込んで、『閉』ボタンを連打する。
「お、おい、環! 乗ろうとしている人がいるだろ」
その時は夢中で、後から乗ってくる人の事まで考えられなかった。
ミーちゃんの注意を首を振って拒み、私は再びドアを開ける事はしなかった。
非難の表情をしたオジサンと、ベビーカーを引いた怪訝そうな顔の女の人が、閉まるドアの隙間から見えた。
心の中で「ごめんなさい」と連呼した。
ドアが完全に閉まった。
心の底からホッとした。そしたら、フッと目の前が暗くなってしまったの。
意識がゆっくりなくなっていく間に、閉まったドアの向こう側から、何重もの叫び声が漏れ聞こえた気がした。
だけど、ミーちゃんが私の名を大声で呼んでいたし、床が上昇する感覚と一緒に悲鳴は聞こえなくなっていったんだ。
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