私を取り巻く出来事について

 私とミーちゃんを乗せた軽トラックは、大型ショッピングモールに辿り着いた。

 久しぶりのショッピングモールは、つい二・三ヶ月前の記憶にある建物よりもずっと大きく見えた。

 軽トラックは一般の駐車場を通り過ぎて、搬入用通路と案内がされている方へと入って行く。

 運転する本間さんが、順路を間違えちゃったのかな?

 こっちじゃないですよって、教えてあげるべき?

 私の落ち着かない様子を見て、ミーちゃんが先回りして教えてくれた。

「僕達は搬入口から入るんだ」

「え、どうして?」

 私が質問をするとミーちゃんは大抵、まずは「あー」と、声を上げる。

 それが私にはちょっと寂しい。

『そういえば、環は僕らとは違ったね』って、言われている気がするんだ。

「僕らは大量に物を買うだろ。だからあらかじめ注文しておいて、段ボールに詰めてもらったのを渡して貰うんだよ。一般の駐車場だと邪魔になってしまうから、こっちでやるんだ」

「そうなんだ」

 良かった。この説明は、今までで一番納得出来たからホッとした。

 ミーちゃんは私の疑問にいつも親切に答えてくれるけど、なんだか毎回答えがちょっとズレてるんだ。

 私はそのズレを直して、もっと別の事を聞きたいのだけれど、今度はミーちゃんの方が「どうして?」という顔をするから困ってしまう。

 そうするとミーちゃんも困ってしまうみたい。

 私はミーちゃんを困らせたくないし、なによりミーちゃんとの溝がどんどん開いてしまう様な気がするのがイヤで、上手く噛み合わないなと思ったら「ふぅん」と納得した顔をする事にしている。一生懸命、分からないけれど分かった様な顔をして、仲間に入れてもらおうとしてるんだ。

 もう「どうして?」なんて聞かない方が良いのかも知れない。

 私は、噛合わない会話をするより静かにミーちゃんの横顔や背中を見ている方が好きだから。


 本間さんと雷田らいでんさんが軽トラックから降りて、ショッピングモールの従業員さんらしき人へ挨拶をしに行った。挨拶をされた従業員さんは顔なじみなのか、二人にお辞儀をしてフォークリフトを指さした。

 フォークリフトの傍には、大量の段ボール箱が山の様に積まれてた。きっと、あれが村の買い物分だ。

 本間さんは従業員さんと会話を続け、雷田さんはフォークリフトに颯爽と乗って、積まれた段ボールを運び出した。

 私たちとは別で来た軽トラックも到着して、降りて来た村人が荷物を積む作業を手伝っている。

 ミーちゃんと私も、段ボールを荷台に綺麗に積む手伝いをした。

 みんな、手慣れた様子で段ボールをリストとチェックしながら荷台に押し込んでいく。

 ほとんどの荷物を積み終わる頃、従業員さんにお金を払っている本間さんへ、ミーちゃんが声を掛けた。

「本間さん、僕ら先に店内覗いてきていいですか?」

「おう、十二時にフードコートに集合な」 

「わかりました。じゃあ行こうか環」

 ミーちゃんはそう言って、慣れた様子でショッピングモールの一般用出入り口へと私を連れて行ってくれた。


 ミーちゃんは買い出しの時に何度も来ているみたいで、ショッピングモール内のどこに何の店があるか大体分かっているみたい。「なんか見たい物あるか?」なんて私に聞きながら、スイスイ歩く。

 ミーちゃんは村でもカッコいいけれど、ショッピングモールを歩く姿はもっとカッコいい。いつも田んぼとか畑とか、モリモリ茂った林なんかを背景にしていてもったいないなぁって、思っちゃう。

 私は、すれ違う何人かの女の子たちが、彼を横目で見たり振り返ったりしているのを、得意な気分で見逃さなかった。

 ミーちゃんは自分が人より素敵な自覚がないみたいで、女の子たちの視線に全然気づいてないんだ。私が言うのも変だけど、自己評価が低いと思う。キヨラさんから、ちょっと分けてもらえばいいのに。

 私はそんな事を思いながら、ミーちゃんと服や雑貨を見て回って大満足だった。デートみたいで嬉しかったんだ。

「久しぶりだろ、楽しいか?」

 と、ミーちゃんが聞いてくれたので、私は「うん!」と答えた。

「昼飯食べたら、今度は家電見に行くから」

「大型冷凍庫?」

「そうそう」

 ミーちゃんは目を輝かせて頷いた。

 大型冷蔵庫を見るのが、とっても楽しみみたい。私にはちょっとよく分からない。

「他にはどこへ寄るの?」

「薬を買いに行く。マリカの爪もそこで売ってるんだろ?」

「ドラッグストアとか、大きいところなら。でも、ここのモールでも売ってるかも」

「なんだ、ここにあるかもしれない?」

 私は頷いた。

 モール内には、コスメショップがある。

 お化粧や香水などを売っている華やかなお店だから、まだ中学生の私は入った事がない。

 店を見つけたミーちゃんも、化粧品の香りが漂う入り口近くで足を止めて、戸惑っていた。

「うぉ……男が入っても大丈夫か?」

「多分……あ、ほら男の人もいるよ」

 いかにも恋人の付き添いで仕方なく、という感じの男の人が数人いるのを確認して、ミーちゃんは「よし」と、お店に踏み込んだ。

 二人でキョロキョロしていると、つけ爪のコーナーはすぐに見つかった。

 電飾で明るい棚に、色とりどりのつけ爪のパッケージが並んでる。

 私は何個か手に取って、綺麗な爪たちを眺めた。

 こんな綺麗な爪が指先を飾ったら、どんな気分になるだろう。

 私も欲しくなったけど、似合わないだろうなと思ってやめた。

 それよりも、マリカのを選んであげなくちゃ。

「マリカはどんなデザインが似合うかな」

「……全然わからん。環に任せる」

 ミーちゃんは眉根を寄せて、パッケージ裏の説明文を読み込んでいる。  

 私はミーちゃんの代わりに、マリカの希望に近い真っ赤でキラキラした爪を選んだ。ミーちゃんは「血みたいだな」って、顔をしかめて言った。

「そんな事ないもん。マリカが着けたらきっと素敵だよ」

「環がそう言うなら……買ってくる」

 ミーちゃんはそう言って、レジへ向かった。

 私はその間、つけ爪の横に並べられていた色とりどりのマニキュアを眺めてた。

 すると、数人の女の子の声が少し遠くから聞こえてきた。

「ねぇ、あの人カッコ良くない?」

「私もさっきから見てたー!」

「いいなぁーあんなカッコいいカレシ欲しい~」

 私はその賑やかな声たちに、十分すぎるほど聞き覚えがあって、身体を竦ませた。

 女の子は五人いた。華やかでちょっとトゲトゲした雰囲気が、彼女達を包みながら直ぐ傍までやって来た。その人数と、その雰囲気は、私の身体を芯から震わせた。

 彼女達は、一年生の時に私を水の流れる溝へ追い詰めた子達だった。

―――うそ。どうして。

 知らず後ずさった片足が、ドプンと冷たい水の中に入った様な気がして、よろめく。

―――また、N村出身って面白がられる。ミーちゃんの前で……。

 彼女達は固まる私の真横にたむろして、マニキュアを見るフリをしてミーちゃんを盗み見ている。

 ミーちゃんに夢中なのか、私が必死で顔を伏せているからか、ちっとも私だと気づいていない様子だった。それどころか、私の目の前のマニキュアに手を伸ばしてきた。

 元々、人を押しのける事を平気でする子達だった。それでも急に目の前に腕を出されて、私はちょっと仰け反った。

 その子の爪には、ほんのりピンク色のマニキュアが塗ってあった。学校でつけてても、よく見なきゃ先生達にバレない感じのやつ。

 薄ピンク色の爪先は、ヒョイとベージュ色のマニキュアの瓶を摘まむ。

―――これも学校で目立たないだろう。それでも、綺麗につやつや光るんだろうな……。

 頭の片隅でそんな事を思った。

―――私が転校までしたのに、この子はオシャレして楽しく遊んでるんだ。

 そう思うと、お腹の辺りからグツグツと熱いものが込み上げてきた。

 私は目の前に伸ばされた細い腕が、憎くて仕方なくなった。

 可愛らしいビーズのブレスレットまでしてる。

―――許せない。

 私がそう思った時、ミーちゃんの呼ぶ声が後ろからした。

「おーい環、先出てるぞ」

 私はハッとして、振り返る。

 ミーちゃんは小さな袋を手に、店を出て行こうとしていた。

「あ、ま、待って」

 私は慌ててミーちゃんを追っかけた。

 背後で「今、あの人『環』って言った?」と、女の子達の声が聞こえた。

「え、人違いでしょ」

「そうだよねー」

 そんな会話が聞こえてくる。

―――うるさいうるさいうるさい!

 私は逃げる様に、ほとんど駆け足で店を出た。

「きゃあ! ミキちゃん、どうしたの?」

「ミキ、大丈夫?!」

 女の子達はまだ騒がしくしていて、声が聞こえるだけで胸の中がゾワリとしちゃった。

 そうそう、あのマニキュアの子はミキちゃんだったっけ。

 確か、N村の埋葬は土葬かどうか気にしてた子だ。

 N村は土葬だよ。大きな桶におさめて、土に埋めるんだよ。引き返してまで教えてあげないけど。

 店から少し離れた所にいたミーちゃんに駆け寄ると、ミーちゃんはちょっと驚いた顔をしてた。

「そんなに慌ててどうした? 置いていったりしないのに」

「ミーちゃん、どうして先に行っちゃうの」

「いや、まだ店を見たいのかと思って……居づらいから外で待っていようかと思ったんだよ。なんかごめんな」

「うん、大丈夫……それより、早くここから離れよう。フードコート行こう」

 私はミーちゃんの背をぐいぐい押して、一番近くのエレベーターまで急いだ。

 どうしようもないくらい心がざわめいて仕方なくて、早くあの子達から離れたかった。

 エレベーターはすぐに扉を開けてくれて、ホッとした。

 急いで乗り込んで、『閉』ボタンを連打する。

「お、おい、環! 乗ろうとしている人がいるだろ」

 その時は夢中で、後から乗ってくる人の事まで考えられなかった。

 ミーちゃんの注意を首を振って拒み、私は再びドアを開ける事はしなかった。

 非難の表情をしたオジサンと、ベビーカーを引いた怪訝そうな顔の女の人が、閉まるドアの隙間から見えた。

 心の中で「ごめんなさい」と連呼した。

 ドアが完全に閉まった。

 心の底からホッとした。そしたら、フッと目の前が暗くなってしまったの。

 意識がゆっくりなくなっていく間に、閉まったドアの向こう側から、何重もの叫び声が漏れ聞こえた気がした。

 だけど、ミーちゃんが私の名を大声で呼んでいたし、床が上昇する感覚と一緒に悲鳴は聞こえなくなっていったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る