本当のコンビニってなんだよ、と、思いながら、僕は村の入り口付近に出来たコンビニへ向かった。

 叫び出したいような、泣いてしまいたいような、どうして自分がそうなっているのかも分からない混沌とした気持ちだった。

 叔父さんは本当に叔父さんだ。

 奴が村を追い出された理由が、門守さんの個人的な嫉妬で収まるような事とは、僕には思えなかった。本当に、どうして、どうして、僕はあんなのと血が繋がっているのだろう。親子や兄弟のの仕草が酷似するように、他人から見た僕の振る舞いの中に、アイツが見え隠れしていたらどうしよう。

 でもその事以上に、勝手に脳裏に浮かんで来る高校生の頃の門守さんとマリカの幻影が僕を苛立たせた。

 僕には不要な情報だというのに、頭の中から全然出ていかない。

 今より少しだけ若い制服を着た門守さんと、今と全く変わらないマリカが笑って並んでいる姿を思い浮かべると、無性にイライラした。

 胸の内から湧いてくる憎しみに近い感情は、叔父さんへのものに違いない。

 なんでもいいから何か壊したいという衝動を、自転車のペダルを勢いよく漕いで誤魔化した。 

 途中で学校へ寄ろう。

 二日も休んでしまったから、鮎川先生はきっと心配してくれている。

 先生の顔が見たかった。優しい言葉をかけて欲しかった。

 

 

 コンビニに着くと、マリカがいた。なんてタイミングの悪い悪霊だろう。

 マリカはいつものように、雑誌コーナーで立ち読みしていた。  

 コンビニの入店チャイムでこっちを見るかなと思ったが、彼女はコンビニにやって来る客なんか気にもならない様子で、ファッション誌に心を奪われている。それをいい事に、僕はそっと彼女の後ろを通り過ぎた。

 途中、マリカが夢中になっている雑誌の中身をチラリと見る。

 紙面では、華やかな女性モデルたちがヒラヒラした服を着て、明るい笑顔を振りまいていた。

 悲しいくらいこの村と関係の無い、眩しい世界だ。

 それがマリカには分からないのか?

 モデルたちが身に着けている服やアクセサリーは村では売っていないし、仮に手に入れたとしても、どこへ着ていくのだろう?

 僕は同情にも似た感情を持って、マリカの背後を通り過ぎる。

 すると、「オイ」と、マリカが振り返った。

 僕はぎくりとして、咄嗟にマリカへ背を向ける。   

 マリカが僕の襟首をグイっと引っ張った。怖い。絡まれる。

「なんだお前、感じ悪いな!」

 ほら、絡まれた。

 僕は慌ててマリカの手を振り払う。

「ど、どっちがだよ」

「なんで私が声かけたら後ろ向くんだよ」

「急に声上げるから驚いただけだし」

「へー、なんかやましい事があるんじゃなくって?」

「な、ない。そんなの」

 声がうわずってしまうのを必死で押さえて、僕はプイとマリカから顔を背け続ける。

 ふぅん、と、マリカは言って、雑誌を棚に戻すと、ととと、と僕の正面へ回り込み、顔を覗き込んだ。

 マリカの大きな瞳に、たじろぐ僕の顔がこれ以上無いほど間抜けに映っている。

「ね、ね、まだ下校時間じゃないくない? サボり?」

「え、いや違う」

 寺に行っていた、と言いかけて、口ごもる。

 あんな話を聞いた後で、マリカに門守さんを連想させる事を口に出す事が怖かった。

「ちょっとまだ体調が悪くて……コンビニ寄ってから行こうとしたんだ」

 ふぅん、と鼻で言って、マリカは、ととと、と、僕の周りを探る様に半周した。鼻先で揺れる彼女のポニーテールに、嘘を咎められている気分だ。

「それにしては遅くない? もう最後の授業にも間に合わないじゃないか」 

「ああ、いや、その、鮎川先生に顔だけ見せておこうかなと……」

 これは本当だ。

 ついでに、無駄だと思いつつ、

「マリカも一緒に来いよ」

 と、誘ってみた。

 途端、田んぼ事件の時と全く同じ要領で、マリカのニヤニヤ笑いがスッと消えた。

「やだ」

「先生喜ぶぞ」

 途端マリカはクルッと笑い、おどけて僕を肘で突いた。

「きゃは、おいおい、この前から馬鹿を言うなよぉ、先生は私の姿を見れないんだぜぇ~」

「……あ」

 そういえばそうだ。

 馬鹿みたいにハッとする僕に、マリカが「ばーか!」と笑っている。クソッ!

 否しかし。確かにマリカの言う通り、先生はマリカの姿を見る事が出来ない。

 僕がマリカを登校させれたとして、先生はどうやってマリカを認識するつもりなんだ?

 僕は一瞬不安になったが、

「いやでも、先生はマリカに登校して欲しいって……先生はきっと、自分が見える見えないじゃなくて、お前が登校する事が大事なんじゃないのか」

 という考えに至った。

 ああ、真面目で健気な先生。

 コンビニで学校サボって、ファッション誌なんか立ち読みしている幽霊の為に……。

 僕が心の体勢を立て直していると、マリカが目をニィッと細めた。

「ヒッヒッヒ、ミーちゃんの頭は鈍くさいでしゅねぇ! マリカお姉さんは、とっても良い事を0.1秒で思いついたわヨ!」

 マリカがそう言って、ピョンと跳び跳ねて人差し指をピンと立てた。

「私を連れてきたって嘘ついちゃえよ!」

「はぁ!?」

「だってアイツに私見えないじゃん! ミヤビはアイツの前で適当に私と話しているフリをすればいいのさ! ホラホラ、やってみ?」

 ドンッと、何故か体当たりされて、僕は蹌踉めく。

 コイツ、頭の中は清良おじさんじゃないか? と、一瞬だけ思った。

「ほら、ほぉら!」

「痛い、止めろ! 僕はそんな嘘吐かない」

「なんでよ~。簡単でしょ?」

 マリカはそう言って、クネクネと一人二役で演じ出した。

「先生、おはようございます。九条マリカ様を学校へお連れしました!」

「……僕? 似てないんだけど」

「アラァン……ウッフン、みやびちゃあん、どうもありがとうぅ、先生嬉しいワアンッフゥン……チュッ」

 マリカの投げキッスを、手で払って声を絞り出す。

「……誰だそれ」

「これでオッケーでしょお~!」

 両手でピースサインをして、マリカがキャッキャッと笑うので、僕はポカンとしてしまう。馬鹿なのはソッチじゃないか。

「そ、そんな一時しのぎじゃ駄目に決まってるだろ! これから一年、それで通ると思うのか?」

「そこはミーちゃんの腕の見せ所だろ?」

「環の呼び方真似するな!」

「タマキ、かわいいねぇ」

「話を逸らすな。頼むから学校へ行けよ。先生来年からいなくなっちゃうんだぞ!」

「知るかボケ。私になんの得があンのよ」

「学校を卒業出来るぞ?」

「やだやだやーだー!」

 マリカは僕にタックルをして通り過ぎ、早足でコンビニを出て行ってしまう。

「あ、おい!」

 今ならまだ追いつく。追いかけようか、どうしようか。僕は迷ったけれど、先生の嬉しそうな声が聞こえた気がして、出口へ駆けた。

 勢いよく駆けたものの、ガラスの自動ドアが閉まりかけていたので、少し速度を落とす。

 その瞬間、店の蛍光灯が落ちて来た。

「うわっ!?」

 ガシャン!!

 蛍光灯は、ちょうど僕の一歩手前で派手な音を立てて割れた。

「う、痛……!」

 割れたガラス片が、あり得ないくらいに床で跳ねたのか、僕の頬をかすって裂いた。

 あのままの勢いで駆けていたら、多分もろに当たっていたに違いない。

「どうした!?」

 音を聞き付けて、今までレジにいなかった店員が事務所から飛び出してくる。

 店員と言っても、酒井さんという村のおじさんだから顔なじみだ。

「ありゃー、早乙女んとこのか、大丈夫け?」

「は、はい。なんか急に落ちて来たよ」

「おかしいなぁ、まだ新品の建物だのに。うわ、顔大丈夫か?」

「大丈夫」

 僕はグイッと頬を拭って見せた。

 思ったより腕に血がついていたが、気にするほどじゃない。

 僕が男だからだろう、酒井さんは僕の『大丈夫』を信じた。

「悪かったなぁ。点検しないとな」

 酒井さんはそう言って、箒とちりとりを持ってきた。

 僕は自然にちりとりを受け取って、割れたガラス破片の片付けを手伝った。

 その間に、酒井さんは割れたガラスを入れる紙袋を探しに事務所へ戻って行く。

 ふと店の外を見ると、マリカが先程とは打って変わって不安げな顔をして、ガラス越しに僕を見ていた。

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