それでは、今まで通りにお過ごしください。

 門守さんはそう言った。

「今まで通りにしていたら、大丈夫ですから。村の方々にも再度、気を付ける様に伝えておきます。――澪、お見送りを」

「はい」

 澪さんが門守さんに頭を下げて、私達へ「さぁ、お見送りいたします」と畳から立ち上がった。

 納得なんて出来ないまま、それでもどうしようもないからなのか、私達は顔を見合わせて畳から立ち上がる。

 足音を立てるのも怖い気分で部屋を出て行こうとすると、門守さんが私を呼び止めた。

「ヒカルさんと環ちゃんだけもう少し」

「なにか……?」

「環ちゃんにお話しをしておきたい事があります」

「え……あ、はい……」

 私はお母さんを見た。

 お母さんは顔を強ばらせて、門守さんの前に座った。

「どういったお話しでしょう? 私が聞いて、環へ伝えますが」

「いいえ。環ちゃんに直に伝えたいです。余計な事は……ヒカルさんが伝えるべき事などは私の口から言いませんから」

 門守さんにそう言われて、お母さんは少し畳の目を見つめた。

「早くしろよぉ! 話聞くだけだろ? 俺らもう帰るぞ!」

 早く帰りたくて仕方が無いキヨラさんが、お母さんをせっついた。

 そんなキヨラさんへ、未練なさそうに手を上げて見せる門守さん。

「キヨちゃん、またね。近々飲もうよ」

「おう」

「雅弥、進級おめでとう。マリカと仲良くしてやってください」

「……ありがとうございます。あの、今度その事で相談しに来てもいいですか?」

 私はマリカの名前にひそかに反応して、どうして門守さんがマリカを気にかけているんだろうとちょっと不思議に思った。

 でも確か、マリカがこの神社の宮司と特別な関係だって言ってた気がするから、親戚だとか、何か繋がりがあるんだろうな。

 仲良くなるように頼む程だからきっとそうだ。

 ミーちゃんは、マリカの事で何の相談があるのかしら。

 ……私はマリカを好きだけれど……。

 やっぱり本音を言えば、あんなに綺麗で可愛い女の子は、ミーちゃんと仲良くなり過ぎて欲しくないと思ってしまう。

 そんな私の気持ちをよそに、門守さんはミーちゃんの相談に請け負う事を約束していた。

 澪さんに連れられて、ミーちゃんとキヨラさんが部屋を出て行く間に、巫女さんが新しいお茶を淹れてくれて、門守さんがまた話し出した。


「さて、環ちゃんは早乙女家に纏わり付いているモノと接触をしました」

 そう言われると、私はとっても居心地が悪い。なんだかずっと、悪い事をしてしまった気分でいる。お母さんにもミーちゃん達にも、凄く申し訳ない気持ちだった。

 そんな私に、門守さんは更に追い打ちをかけてきた。

「環ちゃんは、これからも見てしまう可能性があります」

「え……」

 お母さんが身を乗り出した。

「そんな、今まで通り決まりを守っていればいいと……」

「はい。それで大丈夫です。環ちゃんが危害を加えられる事は決してないのでご安心ください」

「……あ、そうか。私とお母さんは女だから?」

 ちょっとホッとして聞く私に、門守さんは微笑んだ。

「ええ、女性だからです。それから、君の姿を見て女は逃げましたよね?」

 そう言えば、そうだったっけ。あれは逃げた事になるのかしら?

「女が苦手なのでしょうか?」

「そこはわかりませんが、ああいうモノは自分を認知されると喜んで関わってくる事が多いのです。猫がネズミを見つけたみたいにね。でも逃げた。環ちゃんの前に出てくる可能性は恐らくかなり低いですし、万が一、次に遭遇しても逃げるでしょう。だからその時は、怯まず睨み付けてやってください。何か威勢の良い事を言ってやるのも良いかもしれません」

「ええ!? で、でも私……霊感とかそういうものがある様には思えないですし、今でもちょっと信じられないというか……そもそももう見たくないです」

 私は門守さんの言葉に、何重にも驚いた。

 何もかもが信じられなかったし、睨み付けるなんて出来るわけないよ。

「環を守るお札などはないでしょうか」

 お母さんがそう言ってくれたけれど、門守さんは困ったように笑って首を振った。

「お札でどうこう出来る相手ではないです。だから今までになんとか見つけた解決方法で凌いできました。それしかないのです。そして、そういうお札を望むのならば、環ちゃんこそお札の役割が出来ます。逃げていくのですから」

「……どうして環が……」

「……不思議ですねぇ。もしかすると、」

 門守さんは脇に置いてある家系図を、ススッと私達の前に移動させる。

 それから、私の横に並ぶ名前を指さした。

「誰かが守ってくださっているのかもしれませんね」

「……ッ!!」

 お母さんが両手で口元を覆って、大きく息を吸う音が聞こえる。

「…………ちゃん……」

 お母さんの手の間から微かに漏れた名前は聞き取れなかったけれど、きっと記されている名前を呼んだんだと思う。それは女の子みたいな名前――杏珠。

 アンジュ、かしら。私は彼(きっとだ)の名前を心の中で何度か呼んでみる。

 杏珠、杏珠、杏珠……本当なら嬉しい。会った事もないのに。

 私とお母さん、それぞれの心持ちを置いてきぼりにして、門守さんは続けた。

「出来れば雅弥たちと一緒に住んであげると良いのですが……清良がねぇ」

 キヨラさんが、とかそういう問題じゃないと思う!

 お母さんと私が顔を引きつらせたのを見て、門守さんは「ですよねぇ」と苦笑いをした。

「だから清良の前で言わないでおこうと思ったのです」

「……ああ」

 お母さんが納得の声を上げる。

 そうだよね、私がお札代わりになると知ったら、キヨラさんは絶対同居する様に騒ぎそう。

「アレが君から逃げていく事は、お母さんとだけの秘密にしておいた方が良い。それからもう一つ。余所の家に上がらない様に気を付けてください」

 また決まり事が、と、私はくらりとする。

 もう「どうして?」と、疑問に思うのも、その答えを聞くのもイヤだった。

 それなのに、門守さんはわざわざ教えてくれたの。

「別のモノを見る可能性がありますから」



 怖くて怖くて仕方がない。

 って信じてのと、そんな馬鹿なって思って方、どっちが怖いかな。

 私は、そんな馬鹿なって思っているの。

 だって、お化けだなんて……。

 だけど町へ戻って町の中学校にまた戻りたいかと言われたら、そっちも怖い。

 あっちもそっちも怖いけれど、もし本当に私を見て逃げていくなら、村の方がまだ……マシの様な気がしてしまうのは、私がN村の子だからなのかなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る