門守さんの話を聞いて、私とお母さんとミーちゃんは揃ってキヨさんを見た。

 だって、ヒモをしていたって得意気に言っていたんだもの。女の人絡みの問題を抱えているとすれば、キヨさんしかいない。

 キヨさんは一瞬だけ居心地が悪そうに顔を歪めた後、怒った。

「なんで俺を見るんだ!」

「……」

 私達の無言に顔を真っ赤にさせて立ち上がりかけたキヨさんを、門守さんが宥めた。

「ははは、キヨちゃん相変わらずだね。学校でもモテてたしね」

 急に砕けた調子で喋るから、ちょっとビックリして門守さんとキヨさんを見比べると、ミーちゃんが「二人は幼なじみなんだよ」と小声で教えてくれた。

 へぇ、と思っている間にも、キヨさんが唾を飛ばして怒っている。

「うるせぇっクソ! じん、絶対俺のせいじゃねぇよな?」

「うん。キヨちゃんのせいじゃない。もっと昔の因縁なんだ」

「因縁?」

 首を傾げる私達の前に、巫女さんがしずしずと二人やって来た。

 一人はお茶とお菓子を出してくれた。艶々したおまんじゅうは美味しそうだったけれど、キヨさん以外は手を伸ばさなかった。

 もう一人は何か古い紙の束を門守さんへ大切そうにそっと渡すと、深々とお辞儀をして部屋を出て行った。

 門守さんは巫女さんの持って来てくれた紙の束から、丁寧な仕草で何枚か選び取ると、私達の前に広げて見せた。

 紙は、筆で書かれた文字がいっぱいのものと、家系図が描かれたものだった。

 門守さんは家系図の方を「早乙女家のものです」と言って見せてくれた。

 キヨさんとミーちゃんが、身を乗り出して覗き込む。その後ろから、お母さんと私は少し背筋を伸ばしたり、身体を傾けたりして家系図を見た。

「早乙女家 系図」と書かれていて、一番下の方に私の名前も書いてあった。

 私が私の名前を見つけたのと同じタイミングで、お母さんがハッと息を飲む気配がした。

 私は、それがどうしてだか、原因をすぐに見つけてしまった。

 お母さんとお父さんを結ぶ線の真ん中から、下へ伸びる線の先。

 線は二つに分かれてた。

 一つは私の名前。

 そしてもう一つ、知らない名前が。

 私はお母さんを見た。

 お母さんは、とても悲しそうな、悔しそうな顔をして、問いかけようとする私に小さく囁いた。

「お家に帰ったら、言うね……」

 キヨさんが「言ってなかったんかよ」と、ボソリと言ったのが聞こえたけれど、お母さんも私もそれを無視したんだ。だって、それを決めるのはお母さんだし、決めた事にどう思うかは私なんだもの。

 私とお母さんのそういうやりとりが終わった後で、門守さんが静かに話し出した。

「村の方々には二百年程前に、ご先祖様や家系の詳細を抹消して頂いています。そう決まった際の代の方達にご納得・ご協力を頂いて、元の家系・人物等を言い伝えず、残さず、縁あるものも全て焼却か、私共へ永代預けて頂きました」

 村全体で抹消を行った代はこの辺りです、と、門守さんはミーちゃんや私から五つ上の名前を指さした。

「雅弥や環ちゃんの高祖父様の、そのまたお父様の代にあたります」

「こうそふ……?」

 私はミーちゃんの横から、家系図を覗き込む。

 ミーちゃんが指さししながら、ご先祖様を辿る。

「高祖父は爺ちゃんの……爺ちゃんですか」

「そう。君たちの高祖父様は、親世代から祖先の話を聞かずに育ち、新たな早乙女家の原点となっています。しかし、私共の方では、あなた方の祖先が村にやって来た時からの血脈の歴史を残してあります。あなた方の祖先は歌舞伎役者でした」

「えっ」

 私達は、一緒に驚きの声を上げてお互いの顔を見合った。

 でも、驚いて目を見開いているミーちゃんとキヨさんの顔を見て、納得しちゃう。

 二人が浮世絵の男の人みたいに見えるのは、そのせいだったんだなぁって。

 もしかして私も他の人から見たら、浮世絵っぽい時があるのかも……。

 お母さんが少しボーッとした様子で、門守さんに答えた。

「初めて知りました」

 門守さんはちょっと申し訳なさそうに笑って、

「先にお伝えした通り、二百年程前に情報を切ってしまいましたから。……環ちゃんが見たモノは、あなた方の祖先、千両役者――か、怪しいですが、お金はもの凄く持っていました――の双寿郎に執着した女か、女の姿・心を持った何かです」

「そうじゅうろう……」

 私はゾッとして、自分の腕を抱いた。

「そうじゅうろうって言ってました!」

 ヒッ、と、声を上げたのはキヨさんだった。

「そんなヤツが俺らを見張ってるのか!?」

「いやいや、見張ってはいないよ。男の名前に反応した時に、コチラへやって来るだけ。今まで通りで大丈夫なんだよ、キヨちゃん」

 興奮するキヨさんに、門守さんはそう言って宥めているけれど、そんなに怖い事ならどうして私達が分からない様にしたんだろう?

 特に強くそう思ったのは、お母さんのようだった。

 お母さんは、膝の上でグッと拳を握って言った。

「もっと早く知りたかった……何故だったのか、何者の仕業だったのか……」

「知っても怖いだけでどうしようもありませんから。アレは、陰陽師、祓い屋、高名な仏神の力を借りても、目と耳を塞ぐ事しか出来なかった。それでも名前に反応してくる驚異の執着心です。今回はハンコでもオモムキでもないのですが、環ちゃんが姿を見たとなれば、特別気を張って頂きたいと思いお伝えしました」

「もっと早く知っていたら、ちゃんと気を付けていた!!」

 お母さんの、初めて聞く絶叫に近い声が広い部屋に響いた。

 高い天井に吊されたたくさんの鈴のどれかが、コンコロ、と微かに鳴った気さえする様な鋭い声だった。

 その声に、門守さんは静かに答えたんだ。

「あなたの周りは気を付けていたはずです。あなたを止めたはず。親族だけじゃない。同じ様に早乙女家の事を知らない近所の者でさえ、家の風習を守るようにあなたに言ったはずです」

 和を乱し、自ら差し出したのは、あなたです――

 門守さんがそう言い終えると、お母さんはしおしおと両手をついて、頭を下げて、「はい」と返事をした。

 私は、私のお母さんに酷い、とか、もっと言い方がないのかなぁとか思ってちょっとムッとしたけれど、何か言う勇気は無かった。ごめんね、お母さん……。

「これからどうしたらいいんですか」

 と、ミーちゃんが聞いた。

 門守さんは、頭を下げているお母さんをちょっと申し訳なさそうに見ていたけれど、ミーちゃんに向き直って微笑み、こう言ったんだ。

「今まで通りで大丈夫ですよ。今まで大丈夫だったでしょう?」

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