第7話 勇者不在
人族領最大の街『ノカワンタ』。その王城内。謁見の間にいる王のもとに何やら普通でない様子の側近がやって来た。
「勇者との連絡が途絶えておるだと? いったいどうなっておるのだ」
ノカワンタの王は側近からの報告を受け、怪訝な表情を浮かべた。
それもそのはず。勇者は圧倒的な力を持ち、数多の魔族から人族を救って来たからだ。
当然、王自身も勇者が破れるとは思ってもいなかった。
「それが『魔王に挑む』とだけ言い残して以来、音信不通でありまして」
「まさか、敗れたというのか……だが彼女のあの実力で負けるとは思えんが」
「ですが、依然魔族の進軍は続いています」
「うむ……こうなれば仕方がない。新たな勇者を募るまでだ」
王はそれだけ言い、城の奥へと向かった。
◇
「魔王様、サダツグから伝聞を頼まれた。ピーーーーガガガガ」
「待て待て、そっちで言われても理解出来ん」
「おっとすまねえ、こっちだったな」
イガラシはサダツグが出力したであろう書類を取りだし、我に手渡した。
というかそれがあるなら最初からそっちを渡してくれ。
「……人族が新たな勇者を生み出す兆候有りだと?」
サダツグ曰く、諜報部隊からの情報を精査している最中にこの情報を発見したため、極秘で送って来たらしい。その発見した情報の方は削除済みだという。
新しい勇者の誕生という情報が他の者に伝われば元の勇者はどうなったのかという点に行きついてしまうため、サダツグはこの情報を秘匿するために動いてくれたのだ。
「状況は理解した。新しい勇者の件は幹部内で解決する必要があるな」
「だがどうする。元の勇者を知っている者は幹部以外にも大勢いる。新しい勇者が生まれてしまえば、どうやっても言い逃れは出来なくなるのではないか?」
「その点については……我に策がある」
「そういう訳だからアリサ、我の策に乗ってくれ! 我の出来る範囲でなら何でも言うことを聞いてやろう!」
我の考えた策には現勇者であるアリサの協力が必要不可欠である。ゆえに、如何なる犠牲を払ってでもアリサを納得させなければならないのだ。
「何でもか。良いぜ、乗った」
「そうだよな。一方的に言うことを聞いてくれなんて……え、良いのか?」
「ああ。その代わり、どんなことでも言うことを聞いてもらうぜ」
なんともまああっけなく、勇者は策に乗ることを了承した。しかし、いったい何を求められてしまうのだろうか。我の尊厳が破壊されるようなことで無ければよいのだが。
◇
「策に乗るとは言った。言ったが……。クソッ内容を聞いてからにするべきだった……」
アリサは能力を使い、露出の多いビキニアーマーを装備している。
なぜこんな状況になっているのか。それは我の考えた策が影響している。
策はこうだ。新勇者の見た目をあらかじめ確認し、現勇者であるアリサがその見た目に変装。そして魔王軍と戦う。
これにより新勇者とアリサを同一人物として魔王軍に認識させる。なんと天才的な策であろうか。我って天才ね。
……いや、こんな策で解決するはずもない。問題点は山ほどある。新勇者が名乗った時点で詰み。新勇者が装備を変えるたびにアリサが変装しなければならない。
結局は一時凌ぎでしか無いのだ。
「なんでよりにもよって新勇者はビキニアーマーなんか着てるんだよ……」
顔を紅潮させ、モジモジとするアリサ。その姿に我を打ち負かした勇者としての威厳など無く、勇者も一人の乙女なのだという事実が我の中の何かを刺激する。
「アリサよ……貴様、そんなに可愛かったか?」
「なんだよ悪いかよ。こんな格好、勇者だろうが何だろうが恥ずかしいに決まってんだろ」
「ふむ……」
見たことの無いアリサの様子に目を奪われ、我は本来の目的を忘れかけていた。
「も、もういい……。とにかく、私と新勇者が同一人物だと思われるようにすれば良いんだろ」
惚けていた我に対して、アリサはそう言った後魔王軍の前に出た。
しかし、本当にうまくいくのだろうか。
「勇者が出た!」
「勇者め! ここで倒してくれる!」
「ぐあああああ」
「うあああああ」
「終わったぞ」
心配する間もなく終わった。
何も問題が起こることなく終わった。
すまない末端の兵士たち。これも魔王軍全体のためなのだ。すべては勇者の力を利用するための策。
いや、我が軍の兵士あまりにもその、頭が弱すぎないか……?
我のために戦ってくれている者にこういうのも苦であるが、あまりにも酷すぎる。
明らかに見た目が違うことに気付いていないのか……?
「その、アイツら私を見て何も思わなかったみたいなんだが、魔王軍ってそんなヤツらばっかなのか?」
「違う……と思いたい」
思えば末端の兵士の育成についてはあまり手が付けられていなかった。戦力を増強するため戦闘訓練ばかりを行っていたために、頭の方が付いてきていないのかもしれない。種族的に知能が低い者も数多くいる。これは今後の課題であるな。
こうして、穴だらけの一時凌ぎが通用してしまったことにより、偶然にも我が軍の改善点が発覚したのだった。
◇
後日
「なぜ我がそのようなものを……」
「言ったろ? 何でも言うことを聞くって」
確かに言った。まさかそれをこんなことに使ってくるなんて。
「なあ、着てくれよ。ビキニアーマー」
どこから仕入れたのか、アリサは我にぴったりなサイズのビキニアーマーを用意していた。
「何でも言うこと……聞くんだよな?」
「ぐっ……」
しかし約束をした手前、魔王ともあろう者がそれを破ることなど出来ぬ。
「いいだろう! き、着てやろうぞ!!」
「……どうだ?」
「ああ……やば……えっっっろ」
アリサは我の全身を舐めるように見つめる。特に胸元を注視されているような気がした。
ふとビーチでのことを思い出す。そういえばあの時も我の胸のサイズについて言葉を漏らしていた。
「アリサ……もしや貴様、胸のサイズにコンプレックスがあるのか?」
「……いや、そんなことは」
つい言ってしまった。不味い。魔王と言えどそのようなことを言えば、パワハラだのセクハラだので責任追及は免れない。
「いや違うのだ……その、すまなかった。今のは忘れよ」
「い、良いんだ別に。そこは気にしていない」
「そ、そうか。それでは何か理由でもあるのか。言いたくなければそれでも良いのだが……」
「……過去に告白をした女性が巨乳趣味だった。そんだけだよ」
……そういうことであったか。
「別に我は、貴様の胸のサイズなど気にしておらん。我はアリサ、貴様が好きなのだ」
「……ディアベル。ありがとう、私もディアベルが好きだ」
好き……か。
最初は勇者の力を利用しようというだけであった。なのに最近は、少しずつ、少しずつアリサのことが……。
「ひゃぁっ!?」
「まあそれはそれだ。ディアベル、ビキニアーマー似合い過ぎだぞ」
胸部のアーマーから露出している、脇の下の部分を揉まれる。突然のことに素っ頓狂な声を漏らしてしまうが、嫌悪感は無い。これは我が魔族だからでは無くアリサのことが好きなのだという確固たる証拠……いや、そのようなこと認められるはずが無い。
我は魔王。決して勇者のことなど好きにはならん! なってはならないのだ!
だが、先ほどアリサに好きだと言ったとき、何かが心の中で解ける感覚があったのだ。
この感覚が何なのか。我にはまだわからない。
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