第6話 四天王を補填しよう

 魔王軍四天王。それは魔王が信頼を寄せる優秀な幹部たちの俗称である。

 オーガのアレキサンダー。ダークエルフのアリス。リビングアーマーのイガラシ。


「……一人足りませんよね」

「ああ。これでは三天王であるな」


 いやこれには理由がある。かつては確かに4人いたのだ。

 スケルトンクイーンのメアリー。彼女は魔王軍では我に次いで2番目に魔術の扱いに長けたものであった。

 だが。




 数か月前のこと


「魔王様、折り入って話がございます」

「なんだメアリーよ」


 普段から真面目な雰囲気なメアリーだがいつにもまして堅苦しく感じる。いったい何の話だというのだ。まさか魔王の座を……!?


「わたくしメアリーはこの度、スケルトンキングのお方と婚約することになりました。そのため四天王を脱退させていただきたく存じ上げます」

「……ふぇ?」




 どうやらメアリーは元スケルトンキングの息子の許嫁だったようで、当初から婚約したら四天王を脱退するつもりだったらしい。

 いや言ってくれたっていいじゃんもっと早くにさ。事前に言ってくれてたら脱退パーティとかできたし次の四天王を探すことも出来たのに。


「メアリーが抜けてからいつか補填しなければと思い続け、結局今に至るな」

「メアリーは優秀な情報処理担当だったんですけどね」


 数々の統計データの管理や魔王の確認が必要のない書類の精査など、魔王軍内の情報処理において彼女の右に出る者はいないというレベルで優秀であった。彼女の抜けた今その穴埋めは我が引き受けているわけだが、やはり彼女に比べ力不足を感じてしまう。


「補填をするとして、彼女レベルの力を持った存在など他にいるのでしょうか」

「恐らくいないであろうな。あれはまさしく天才の域であった。常人がたどり着こうとしてたどり着けるものではない」

「ではどうしましょう」

「簡単な話だ。四天王で無くせば良い」



「それで五天王になったんですね」

「そうだ。複数人が集まればメアリーがいたころには届かなくとも今より遥かに業務が効率化するはずだ。それにある程度の能力があるのであれば、これから伸ばしていけば良いからな」


 新たに迎え入れられたのは2人。サキュバスのライザ。ゴーレムのサダツグ。

 ライザは魔族領内で一番大きな夜の店『GoodNightDream』の最高責任者だ。膨大な会計データを処理している彼女なら、我々の期待に応えることが出来るだろう。

 サダツグは高度な魔導演算機を積んだゴーレムであり、その計算速度は計り知れない。


 ……この二人を迎え入れた今改めて思うんだが、メアリーって何者だったんだ……?

 あの能力、どう考えたっておかしいような。まあ過ぎたことは良いか。


「このライザ、全力を持って役割を果たしましょう」

「ピーーーーーーーーーーガガガガガガガガ」


 サダツグは文章の書かれた紙を出力する。


「えーっと、『我が演算能力は必ずや魔王様の助けとなりましょう』……と書いてありますね」

「そうか。頼んだぞサダツグ」

「え……ま、魔王様? もしかしてサダツグって意思疎通の方法がこれしかないとかじゃないわよね……?」

「アリス。これしか無いんだ」


 そう。サダツグは高度な演算能力にリソースの大部分を持っていかれているために、そのほかの駆動系や意思疎通方法などが旧式なのだ。


「色々と不便じゃない……?」

「ほう、これはまた面白い者が入ってきたな。うむ、賑やかになるな!」

「イガラシはあまり気にしていないようですが、能力事態に問題があるわけじゃありませんしまあ大丈夫でしょう」

「ちょっとアレキサンダー!? あなた前まで凄い心配性だったじゃない!」

「心配性過ぎると言ったのはアリスですよ。もう私は考えすぎないことにしました」


 我の知らないところでアレキサンダーも成長しておるのだな。我も嬉しいぞ。


「魔王様?」

「ひぁっ」


 耳元で囁かれ、咄嗟に声を上げてしまう。アリスのそれで慣れたつもりでいたのだが、やはり本職は凄い。


「お近づきの印に今夜、淫らな夢でも如何でしょうか?」

「そ、そういうつもりでライザを呼んだつもりでは無いのだがな……」

「いえいえ、部下の能力をしっかり把握するのも上に立つ者の役目だと私は考えているのですが」


 そう言われてしまうと言い返せない。え、何怖い。ライザの我を見る目が完全に獲物へのそれなのだが!?


「それでは今夜、楽しみにしておいてくださいね♥」


 結局断り切れないまま幹部会議は終了し、夜を迎えてしまった。



「夜になってしまった」


 胸がドキドキしている。というのも物心ついた頃には魔族を統べる者としてのいろはを叩きこまれ、まともな恋愛は無かった。

 魔王になってからはとてつもなく忙しい日々を送り、そういった夜の店に行くことも無かった。

 そのため、心がざわついてしまって眠ることが出来ない。


「……ディアベル」


 アリサが我の部屋に入ってきた。え、どういうこと……?

 もしかして、もう始まっている……!?


「ん……よいしょ」


 アリサが我の布団に入ってきた。起きているのはバレていないか? このまま寝たふりでなんとか……ひぇ!?


「んー」


 アリサに後ろから抱き着かれる。華奢な体から体温が伝わってくる。不味い、このままではなんか我、おかしくなってしまいそうだ。


 ……いや、これはきっとライザが見せている夢だ。そうに違いない。

 なら何も心配することは無いか。


「……アリサ?」

「んー、ディアベル……」


 アリサの方へ向き直る。顔が近い。薄明りの中でも、アリサの整った顔立ちがはっきりと見えた。

 我はそのままアリサの後ろに腕を回し、抱き着く。


「んーディアベルはやわらかいなー」

「そういうアリサこそ、やわらかいぞ」


 実際に触れてみて思う。華奢な見た目からは想像もつかない程に柔らかい。あれほどの実力であれば筋肉もすごいのかと思っていたが、そういったことは無くごくごく普通の少女の体であった。


「髪、さらさらだな」

「ん、少しくすぐったいぞ」


 アリサの細い指が我の髪を撫で、くすぐったさと気持ち良さに頭の中を支配される。

 

「アリサ、手を握っても良いか」

「んー、いいぜ……」


 その答えを聞いて、手を握ろうとした時には既にアリサに握られていた。

 自分から握ろうとしたのにアリサに先に握られてしまい、頭の中がぐちゃぐちゃになる。手の柔らかさと温かさが直に伝わってくる。

 これは夢。夢なのだから、もっと深く踏み込んでも大丈夫なはず。


「アリサ……」


 握っていない方の手でアリサの胸元に触れる。服の上から見るととても小さな胸だが、実際に触れてみると確かな柔らかさがある。

 

「ん……ディアベル……?」

「すまない、嫌だったか?」

「いや、大丈夫だ……」


 アリサも握っていない方の手を我の胸元へと伸ばし、人差し指でやさしく触る。

 ただ触られているだけなのに、何かゾクゾクとした感覚が襲ってくる。最初の内は弱かったそれは、時が経つにつれ大きくなっていく。

 雷魔法を受けたように全身がピリピリとするような感覚。しかし不快感は無い。ジワジワと広がっていくその感覚に息は荒くなり、下腹部が熱くなっていった。


「アリサ……貴様が愛しくて仕方がない……」

「私もだ……ディアベル」


 我とアリサはそのままキスをしようとした……が、そこで意識が途切れてしまい、このままキスが出来たのかどうかは我にはわからなかった。



 視界が真っ白に染まる。日の温かさを肌で感じ、朝が来たことを理解する。


「……朝か。良い夢だった……ぬぁぁ!?」


 そこにいないはずの存在。勇者が、布団の中にいた。昨日のことは夢では無かったということなのか……?


「……んにゃ、ディアベル? おはよう」

「え、いや……その、お、おは……よう?」


 気が動転していてまともに返答が出来ない。昨日の夜、我が行ったことが鮮明にフラッシュバックする。あれだけ恥ずかしいことをして、恥ずかしいことを言って、それが夢ではなかったという現実を突きつけられている今の状況。

 頬が熱い。きっと今の我はどんな炎魔法よりも赤く燃えているのかもしれぬ。


「は……はは……誰か、我を殺してくれ……」


 後から聞いた話だが、結局ライザは魔法をかけなかったという。というか、我の対魔力では魔法をかけることが出来ないのだと言う。

 それ、もっと早く気付いて欲しかったよ我は。

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