女嫌いと――
「じゃあ学校行ってくる……」
「いってらっしゃーい!」
今日も母さんに挨拶して、家を出る。
さわやかな朝。人通りもなく、人の気配さえ感じさせない住宅街。
あれから約一か月がたった。
色のついていない日常にも慣れてしまって、これがだんだんと普通になってきた。おれの心はいまだに空っぽだった。だけどいずれはこちらの風景やその空っぽの心に慣れてくるだろう。
そうだ、これがおれにとっての普通なんだ。そんなふうに自分を慰めて、学校に向けて足を動かす。
さあ、今日もまた色のない一日のはじまりだ。
「…………」
「あ、あのセンパイ……」
「……………………?」
あれ、なんで街に色が――。
目の前の景色が色をつけて、じんわりと滲む。
「あ、あ……カ、リ……?」
家を出てすぐ灯梨の姿を見た。あの特徴的な癖っ毛に垂れ目。見間違えようもない。
もちろんこれは幻に決まっているのだが。この一か月こんなことはなかったので、思わずショックでまともに話せなかった。
目の前の灯梨はおれに話しかけてきた。
「お久しぶりです、センパイ」
「久しぶりって……本物?」
「あ゛あー、えっと……たぶん?」
おれはわけもわからず目の前の女を抱きしめていた。
「ぴゃああああっ!? な、なななにやってんですかー、センパイ!?」
「いい、幻でも……! とにかく生きててよかった!」
「いや、死んでませんし……てか、放して……っ! 私にそんなベタベタしたら気絶しちゃいますよ、センパイ!」
「気絶してもいい……いいから…………え? なに、マジでおまえ本物?」
「だからずっとさっきから言ってますよ、本物ですって!」
「…………」
自然と、おれの意識は遠のいていった。
「ちょっとー!?」
「でさ、なんでおまえがここにいるの?」
なんとか意識を回復させたおれは家の塀にもたれかかって灯梨に聞いた。
「そんなことより意識をしっかりと回復させてください」
「もう回復したよ、とっくに」
「すぐ格好つけるんですから、顔真っ青ですよ?」
「そんなのはいいから……理由、教えてくれよ。なんでここにいるんだ。引っ越したんじゃないのか?」
それから灯梨は一呼吸置いて、とある方向を指さした。
「…………?」
そこはおれの家の隣で、つい一か月前に工事が終わり、先日内装も運び込まれたばかりの新築だった。
「新築だった……?」
「はい」
「待て待て! おまっ、まさか……!」
おれは灯梨が指さしているのが、その隣家の表札であったことに気づいた。
その表札にはこう書かれていた。
『石原』
「…………」
「…………」
石原はおれの目を見て話すのがつらそうに、もじもじとしながら控え目な声で言った。
「ただいま……センパイ」
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