女嫌いと、記憶喪失

「で、どういうことなの母さん?」

 おれはいったん買い物に出かけようとしていた母さんを家の中に連れ戻した。

 景品袋を横に置き、リビングの食卓をはさんで向かい合わせになって、石原のことをなぜ知ってるのか聞いた。

「どういうことって……そんなのお母さんが聞きたいわよ。旬、あんたどういうことなの?」

「いや、なにが? え、え?」

 質問に質問で返されて、本当に意味がわからない。

 質問されてることの言外どころか、言内の意味すらひとつもわからない。

「灯梨ちゃんといっしょに帰ってきたと思ったら、まるであの子と他人行儀だし……」

「いや待って。その、それだよ」

「……?」

「なんで、母さんが石原のこと知ってるのさ!? おれ一度も紹介したことないよね?」

 そうだ。そもそも母さんに女と会っていると知られただけでも、いろいろ詮索されるに決まっているのに、おれが言うはずもないしバレるようなそぶりすら。

「知ってるもなにも……あんたが小五のとき近所の山で遭難したとき以来じゃない」

「はあ?」

 ここ最近で一番間抜けな声を出した自信があった。

 母さんはそんなおれを見て呆れた目で、たずねてきた。

「はあ、って……あんた、小五の遠足行ったでしょ?」

「行ってないよ! 遠足なんて!」

「行ってない? そんな馬鹿…………あ!」

 そこで母さんはなにかに気づいたように頬杖をついていた手を崩して、ぐいと顔を近づけてきた。

「なんだよ?」

「あんた、小五のいま時期に熱出したの覚えてる!? 入院したの!」

「ん? ああ、たしかに……なんか薄っすら記憶にあるような?」

 たしかにおれは小学五年生の夏休み前の時期、そうちょうど五月くらいに入院したような。そこらへんの記憶があいまいで、母さんにいま言われて思い出した程度だ。

 あのときはすぐ退院したし、そこまで重い症状じゃなかったはずだけど。

「軽い肺炎……だっけ? そういや、なんでおれ肺炎なんかになったんだっけ……」

「ああ! あの先生やぶ! なにが記憶に混乱は見られませんよ……やっぱり忘れてんじゃないのよ!」

「へ、いや母さん、どうどう……」

「なーにがどうどうよ! 思い出しなさい、思い出しないさよ、旬!」

「ぐえええ、母さんなにすんの……く、首苦しっ……!」

「あ、ごめん」

 母さんに勢いでつかまれた襟を放され、なんとか息をする。

「でも旬、あんたは思い出さないとダメよ! 小五のときなにがあったのか……!」

「は、はあ……?」

 小五のときの思い出なんていまさら――。

「あれ……?」

「なんか思い出したの、旬!?」

「ああー、思い出した! 小五のときのお年玉、母さんに預かられたまま――」

――パシンッ!

 その後おれは母さんに思いっきり頭を叩かれて、部屋で頭を冷やしてこいと怒鳴られた。


「……ったく、なんなんだよ。思いっきり頭叩きやがってー」

 ベッドにふて寝しながら、唸った。

 なんだよ、思い出さなきゃいけないって。

 覚えてねえよ、そんなこと。

 ベッドに横になりながら、勉強机の上に置いた景品袋を見ながら考えていた。石原が忘れていったものだ。

「んー」

 母さんが言うには肺炎の高熱で、その前後の記憶が抜け落ちてるだけらしいけど。

 記憶喪失なんてそんな都合よく起きるものか。

「ふう……」

 今日は朝から石原とつき合って、なんかどっと疲れたような気がする。

「…………」

 でも日課のランニングと、予習復習くらいはやらないと……明日学校で……。

 きっと、おれはそのまま寝息を立てはじめたのだろう。意識はもう夢の中だった。

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