女嫌いと、デート帰りと
「センパイセンパイ!」
「なんだよ……」
「センパイは山と海、どっちが好きですか!」
「家」
「ええー、二択なのに……」
「おれはインドア派なんだよ」
帰り道、おれはまた大きな景品袋を胸の前に担ぎながら、石原とそんな禅問答のような無意味なやり取りを繰り返していた。
夕日ももう西の空に沈みかける。そんな時間帯だった。
「運動得意そうなのに?」
「運動が得意だからってアウトドアが好きにならなきゃいけないのか。だいたいおれは運動が得意なんじゃなくて――」
「『女に人格を疑われないため』……ですよね? あっ、ちょっとどうして逃げるんですか!」
「逃げてない」
おれはそう言いながら、足早に帰宅していた。
「センパイ! 無人島にひとつだけ持っていくなら、なに持っていきます?」
「行かない」
「たとえ話じゃないですか!」
「占いかなんかか」
「違います。サバイバルの話です……なにかの動画で見たんですが、やっぱりナイフ一本持っていくと便利だって……」
「素人がナイフなんて持っていっても使えないだろう?」
「あ、そっか。じゃあセンパイは?」
「行かない」
「もう、だから……!」
「わかったわかった」しつこいな。「無線機……すぐに救難信号送れるからな」
「うわー……」
「自分から質問したんだろう。引くな」
「引きますよ。ひょっとして私と会話したくありませんね?」
「はじめて言葉が通じたな」
「……そんなに私のこと嫌いですか?」
「…………」
ちらりと石原を振り返ると、少し不安そうな顔をしていた。足取りも弱くなり、じりじりとおれとの距離が離れていく。
その顔を見てついつい弱気になったわけではないが、おれはふとつぶやいた。
「べつにおまえのことが嫌いなんじゃなくて、おれは女が嫌いなの……」
もう一度ちらりと石原の顔を覗くと、ぱあっと笑顔になっていた。こいつに尻尾がついてたなら、きっと全力で振られていたことだろう。
「センパイ!」
「いや、嫌いだって言ったんだけど意味わかってる?」
「はい、センパイ!」
わかってないな、これは。
そんなこんなでようやく自宅が近づいてきた。あそこにたどり着けば、このうざったい女とも別れを告げられる。
「よし、やっとついた。じゃあここでお別れだな! あーセイセイする!」
「なんか嬉しそうですね」
「嬉しいんだよ、おまえと離れられて」
「私は楽しかったですよ……センパイとの、デート……」
「もじもじするな。そもそもおれの女嫌いはそのままだからな。おまえのおれの『女嫌いを治す』とかいう荒唐無稽な計画はすべて無意味だったってことだ」
「あはは……やっぱり一日でどうにかできるようなものじゃないですよね、センパイの女性恐怖症は……」
「だから! おれは女嫌いで女性恐怖症なんかじゃ……」
――ガチャ。
そのときおれの後ろ、自宅の玄関のほうから扉が開く音がした。
間違いない、だれかが家から出てきたのだろう。
「あら? 旬、珍しいわね友だちを家まで連れてくるなんて……」
だれかなんて決まってる。この時間帯家にいるのは母さんくらいなのだから。
「あ、あ……! 母さん、これはべつに!?」
まずい。母さんだって?
母さんにおれが女連れだなんてところ見られたら、なにを言われるか。
しかし母さんはおれのことなんか、無視して隣の女に声をかけた。
「え……ああー、ひょっとして灯梨ちゃん!?」
「あ……えと、人違いです、おばさん……」
石原は久しぶりに
「へ……母さん、灯梨ちゃんって……」
「なに言ってるの、灯梨ちゃんじゃない!」
母さんはおれの戸惑いなんか無視して、石原に話しかけ続ける。
「久しぶりねー、どうしたの? あ、ひょっとしてこの子とおしゃべりしに来てくれたの! わ、嬉しい。さ、どうぞ、上がっていって……」
母さんの口は止まらない。矢継ぎ早に石原に向かって一方的にしゃべりかけるもんだから、石原も顔を隠したまま固まってしまっている。
だが固まっているのは石原だけではない。
「え? え?」
おれもなにがなんだかわからない。
どうして母さんが石原のことを知っているんだ。
「いえ! 本当に人違いですからー……さようなら!」
「あ、石原!?」
そんなふうにおれが戸惑っていると、当の本人が脱兎のように走って逃げていってしまった。
一瞬追いかけようか、それとも母さんに話を聞こうか迷っていた。
するとそんな姿を見て残念そうな口調で叱ってくる母さん。
「ああ、灯梨ちゃん……はあっ。旬、あんたがちゃんとしてないから逃げられちゃったじゃない!」
「な、なんでおれのせいなんだよ! つか、なんで母さんがあいつのこと知ってるんだ!?」
「は?」
そこではじめて母さんはおれのほうを見つめてきた。なに言ってるのこの子はみたいな顔で。
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