女嫌いと、暗く狭い場所
「よっと」
おれはデパートのフードコートの四人席を確保して、隣の椅子に景品袋を置いた。
ゲーセンを出たあと、繁華街の中央近くにある大きなデパートに来ていた。休憩と昼食ということで、デパートのフードコートを利用することにした。
おれがファミレスにでも入ろうと言ったら、石原がフードコートがいいと言ったのだ。
フードコートは土曜日の昼ということもあって、それなりの人でにぎわっていた。
「石原はなに食べるんだ? 荷物見ててやるから……」
「そのことなんですけど、センパイ!」
今日何度目になるかわからない、緊張と真剣な面持ちで石原は口に泡した。
だから唾が飛ぶから普通に話してくれ。
「私、お……おお……おおお」
「いいから落ち着いて、ちゃんとしゃべってくれ。お?」
「お、おお、お弁当もってきたんです!」
「お、おおう……」
思わずうなってしまった。
弁当? 弁当ってあれですか。手作りとかそんな感じの、あの弁当ですか。
「なるほど……じゃあ荷物見ててくれ。おれはラーメンでも頼んでくるな」
席を立とうとするおれに石原は声をかけてくる。
「そうじゃなくて……私が食べるんじゃなくて、センパイのためにもってきたんです!」
「は?」
「あの……センパイ食べてくれるかなって……もってきたんです」
そういって石原は鞄の中から、大きな包みに入った弁当箱を取り出した。包みから取り出すと、灰色の石原の両手にあまるような大きな弁当箱が出てきた。
どう考えても女用の小さくピンク色の可愛い弁当箱じゃない。雄々しい、益荒男ぶりな弁当箱だった。まさかおれのためにわざわざ弁当箱まで買ってきて、作ってきたっていうのか。
つまり、その中身をおれに食わせるために。
(そこまでして……)
そこまでしておれの女嫌いを治して、こいつにいったいなんの得が。
そんなことを考える間もなく、こちらにすがるような揺れる瞳で見つめてくる。その様はどしゃぶりの雨に濡れた犬のようで、おれも視線を中々そらすことができない。
だけど、おれとしては女が見えないところで作ったものを口に運ぶのは躊躇する。考えてもみてくれ。なにを入れられてるかわかったもんじゃない。想像するだけ無駄だ。そんなこと想像を絶するような勇気のいる行為だ。
作ってきた石原には悪いがここは断腸の思いで。
おれはできるだけ気をつかって口を開いた。
「せっかくだけど……」
「で、ですよねー? じょ、冗談ですよ! センパイ、ラーメン頼んできてください!」
謝罪の言葉をさえぎるように早口でそう言った。
その表情はなんとも言えないバランスでたもたれた笑みで、ともすればすぐにでも決壊してしまいそうで、おれは。
おれは。
「……悪いな。じゃあ荷物見ててくれ」
「はい!」
大きな弁当を目の前に待っている石原を置いて、おれはフードコート脇のラーメンを頼みに行った。
できるだけ駆け足で。後ろを決して振り返らないように。
その後おれたちは席でそれぞれの昼飯を食べていた。
おれは頼んできたラーメンを。石原は自分の家から持ってきた弁当を。
「センパイ、ラーメンどうですか? 美味しいですか?」
「いや……普通。ていうか、そんなに……」
フードコートのラーメンだから、味については普通の醤油ラーメンだ。美味くも不味くもない。そんなラーメンをただ、すすっていた。
一方、石原は大きな弁当をキレイにつついていた。おかず、米、おかず、米と端からキレイに食べていた。
しかし、この弁当をすべて食べるのだろうか。
(これはちょっと……)
量が多いのである。
ちょっとやそっとではない。かなり多かった。
「…………」
石原はなんですかという顔で唇に箸を押し当てながら、首をかしげておれのほうを見てくる。
「それ、全部食べるのか?」
「あっ! あっ、えと、はいぃ……」
石原は一瞬驚いたような表情を見せたあと、顔を真っ赤にしながら小さくうなずいた。
目の前の弁当を見ると、たくさんの白米ときれいな卵焼きが三つか、四つ。そのほか揚げ物などのおかずがたくさん入っていた。いかにも食べ盛りの高校一年生のお弁当といった感じだが、やっぱり女にしては量が多いと思う。
おれは残念ながら女という生き物の食性について詳しくない。菜食なのか肉食なのか。芝生が好きなのか、高木の葉をつまんでいるのか。はたまたサバンナに残された食いさしをあさる
だけど、そんなおれでも察するところがある。
石原の小柄な体型から見て、この弁当は明らかに量が多すぎる。
(やっぱり、おれのために作ってきたんだよなあ……)
などと、すでに相手から言われたことを考える。
石原は言ったのだ。『センパイのために作ってきた』と。
どう考えても弁当箱の色や大きさから見ても、男用の弁当箱だ。そこにぎゅうぎゅうになるくらいおかずとお米が詰められている。
たぶん、こいつのことだから今日だけのために、弁当箱選びからどんなおかずを入れるかなど気をつかったんだろうな。
そんなこいつの気持ちを考えると、少し心が揺らぐ。
一口ぐらい食べるべきか?
「……ッ、もぐもぐ……んぐ!?」
おかずを喉に詰まらせる石原。
「なにやってんだ、ゆっくり食っていいから。ほら、水」
すかさず水の入ったコップを差し出す。
「んぐんぐ……。ふう、助かりました」
「なあ、おまえ……」
弁当の中身を見つめて声をかけようとすると、相手は恥ずかしそうに言った。
「だ、大丈夫ですよ! 私こう見えて、い……いっぱい、食べちゃうので……」
「さすがに無理が……」
「うぷっ……!」
「…………」
元から赤かった石原の顔がさらに真っ赤になる。
いまこいつ、ゲップしたよな。
「…………」おれは特に興味なさそうにしつつ、やはり気になってテーブルの前を眺める。
「…………」
石原は泣きそうになりながら目を伏せたあと、視線を反らした。耳まで真っ赤だった。
いや、いま確実にゲップしたよね、おまえ。
「ええっと、お腹すいたナア……」
無理がある。無理が。
石原は聞いてもいないのに、弁当を前になんだか意味不明なことをつぶやきながらバクバクと弁当をかきこみはじめた。
ただし口は開いているのに、箸の進みが遅い。見るからに無理をしているのがわかった。
「それにしても、美味そうだな」
「へ……?」
「ん……あ、すまん。卵焼き、美味しそうだなって」
「…………」
「いやーラーメン食ったんだけど、さっきゲーセンで遊んだ分腹減っちまって……」
「…………」
「さっきは遠慮するって言ったけど、なんか見てたらいまにも腹が鳴りそうで……」
「た、食べます……?」
「いいのか?」
おれの一言に、いままでどこか影の差していた表情が急にぱあっと顔が明るくなった。
「はい!」勢いよくうなづいて、顔の前で癖っ毛が揺れた。「あ、よければこちらに新品の割り箸があるので、使ってください!」
石原はあらかじめ用意していたのか、袋に入った割り箸を鞄から取り出しておれに押しつけてくる。
「お、おう……」
「これ、ねらい目ですよ! 私、両脇の卵に一切箸つけてないので! さあ、ぜひ!」
ぐいぐい来る。
いままで落ち込んでいたとは思えない変わりよう。おれの発言を待っていましたとばかりに、鼻息荒く弁当箱を顔の前に押しつけてくる。「ふんすっ!」
「ひとつだけな、ひとつだけ……」
おれは弁当箱の端に詰め込まれた出汁巻き卵を箸で取って、口に入れた。
「ど、どうですか……センパイ?」
「もぐもぐ……うん、もぐもぐ……」
ごくりと生唾を飲んで、興味津々におれの顔を見つめてくる。
(うう、食べにくい……ん?)
それでも一度口に入れたものを吐き出すわけにもいかずに、咀嚼していると体に電流が走った。
「――うめええええええええええええええええええ!?」
「ぴゃあああああああああああああああああああああああああ!?」
おれはあまりの美味しさに目からビームを放って、フードコートを焼いた。
家族連れがおれたちのほうを怪訝そうに見ていたが、そんなことは気にならない。
気にならないくらい美味かった。
「なんだこれ!? 半熟具合が卵焼きのそれじゃねえ! 火加減とか生ぬるい、そういうことじゃなくて、油とフライパンの熱伝導を正確に把握してないとこんなきれいな半熟に仕上がらないぞ!? しかも、この甘味! 砂糖を入れてるくせに、全然嫌味じゃねえ! 本来砂糖を入れたら甘くなりすぎるが……それを出汁の力で抑えてるのか!?」
「ほっ……よ、よかったです、津島先輩のお口に合ったみたいで……?」
口に合うなんてもんじゃない。
「石原、おまえこれ売れるぞ? 売りもんになる……」
「いや、そんな。大袈裟ですよ、センパイに食べてもらえただけで私は……」
「ぐっ!」
「どうしたんですか、センパイ?」
よく見たら石原のこの弁当の中身、おれの好物ばっかりじゃん。そんなことにいまさら気づいた。卵焼きに唐揚げ、シャケに肉じゃがって。
「か、唐揚げも食べていいか……?」
「……! どどどうぞどうぞっ!」
「ごちそうさま……うぷっ」
「お、お粗末様です」
結局おれは石原が手をつけてない部分をあらかた食べてしまった。
事前に食べたラーメンもあって、少々お腹が重たくなったがそれと引き換えにしても味は満足できるものだった。
「あ、あのセンパイ?」
「なんだ?」
「体調大丈夫ですか!」
「体調? なんの話だ……」
「だ、だって私のお弁当食べて……気分悪くなったりとか……」
「あんな美味いもの食って気分悪くなったらおかしいだろ」
「う、美味い……そんなに口に合いました?」
「じゃなかったら、吐き出してる。それ以前に女が作ってきたものなんて、口に入れようともしないぞ」
「そ、そうなんですね……そうですよね、センパイの場合」
なんだか妙な納得のされ方をしてるのが気に食わない。
だから少しいじわるを言ってやった。
「なんだったら明日から学校に弁当作ってきてほしいくらいだ」
「え!? それはちょっと無理っていうか……できれば作ってあげたいんですけど」
「冗談だよ。冗談に決まってるだろ?」
後輩に、しかも女にただ飯もらい続けるほど落ちぶれちゃいねえ。
「で、ですよねー?」
石原が苦笑いしながら、それでもとつけ加える。
「もし、作ってきたら食べてくれました?」
「…………」
しばらく悩んだあと、ちょっと心配になって真剣な顔で釘を刺しておいた。
「頼むから、作ってくんなよ?」
「はい……」
石原はしゅんとはたから見てもわかるほど落ち込んでしまった。
だからおれの一言で一喜一憂するなっての。
「もし作ってきても……出汁巻き卵しか食わないから」
「……!? は、はい!」
ついつい、言わなくてもいい余計な一言を口にしたじゃないか。
席から立ち上がって、まだにやにやしている石原につげた。
「さ、そろそろ時間だから行くか」
「え、どこへ……」
問いかけてくる相手に、人差し指でデパートの上を指さした。
「センパイ、いつの間に映画の予約なんてしてたんですか?」
「おれは昨日おまえに誘われた時点で、ふたつの可能性を考えていたんだ」
「ふたつの?」
「ひとつはおまえが入念な計画を練っているパターン。そしてもうひとつは勢いだけで、完全なノープラン。なにも予定も考えず、ただおれの女嫌いを治すとかいう誇大妄想で暴走しているパターン」
「うっ……」
「どうやら今回は後者だったらしいな……」
おれはデパート最上階にある映画館前の広場で石原に語っていた。
「ちょっと待ってください」
「ん?」
「じゃあセンパイ、昨日あれから家に帰って……遅い時間までデートプラン練ってくれたってことですか?」
「…………」
「…………」
「さ、行くぞ。チケットはもう取ってあるからな」
「どうしてなにも答えてくれないんですかー!?」
「ノープランでただぼーっと女とふたりきりで、時間がすぎるの待ってるほうが地獄だろうが!」
言いながらチケット機の前に移動し、ネット予約の番号を入力して、チケットを二枚受け取る。
「ほら、こっち。おまえのな……タイトルはこっちで決めたけどいいか?」
無難にアクション物にしておいた。アニメはもちろん、ホラーや恋愛物は論外だ。
とくにホラーなんかで、抱き着かれたが最後、おれは死んでしまう。
「ありがとうございますっ! あの、センパイが見たいのでいいです!」
「じゃあ、スクリーンに……」
「あ! 待ってください、センパイ」
「なんだよ」
後ろからてくてくとついてきた石原が自分のチケットを見せながら、たずねてくる。
「私J-21番なんですけど、センパイの席は何番ですか?」
「…………」
「…………」
「さ、行くぞ」
「だーかーら、どうしてなにも答えないんですか! 怪しい、見せてください!」
「わあ、近づくな! こっちに手を伸ばしてくんな!」
石原は素早くおれの手と触れないように、するりとチケットを奪い取る。
奪い取ったチケットのその席番号を見ておれをにらんでくる。
「ちょっと! これどういうことですか……Jの10番って全然逆方向じゃないですか!?」
予約を取るとき、石原とは10席ほど席を空けておいた。しかもおれの周りにはだれもいない神席である。
「べつに映画見るのに、どの席でも問題ないだろ!」
「だったら隣同士でいいじゃないですか……チケット取り直してきます!」
「もう映画はじまんぞ!」
こうなったら石原は言うことを聞かない。短いつき合いながら、なんとなくそういうところが頑固なことがよくわかっていた。
おれたちは入場口から、上映会場に通じる天井が高く幅の狭い、広いのか狭いのかよくわからない通路をとおって、すでに映画のスクリーン前にいた。
会場の脇の狭い通路から開けたホールに出ると、ずらっと席が横に40席ほど並んだ場所に出る。そんなのが高い位置から低いところまでいくつもの列になって連なって形成された広い空間。その真ん前には特大のスクリーン。両脇にはスピーカーがいくつも並んでいた。
照明がやや落とされた独特の雰囲気の中、J席を探し当て、奥の席に石原を入れて、おれは一番外側に座った。
薄暗がりの中いよいよ映画がはじまろうとする。
そんな中おれたちは隣でひそひそ話していた。
「結局、ジュースにポップコーンまで買ってきやがって……さっき昼飯食べたばっかりなのに……」
「いいじゃないですか、映画といえばポップコーンですよセンパイ。そんなことより映画はじまるんですから、静かに」
「…………」
「なんです、その顔……苦虫五百匹噛まずに飲み込まされた、みたいな顔に見えますけど」
なんだその、この世の末みたいな拷問は。きっと、そんな血も涙もない拷問を他人に課すことができるのは女だけだ。
このタイトル自体それほど人気がないのか、客の入りはまばらで席は隙間だらけだった。
そんな中でどうして、おれたちだけが並んで座らなきゃいけないのか。
「おれたち目立ってないか……」
「と、友だちだと思われてるんじゃないですか……」
「ええー」
「ええってなんですか……ええって!」
大声を出すな、大声を。周りに迷惑だし、おれにも唾がかかって迷惑だ。
やがて予告も終わり映画がはじまると、隣は静かにスクリーンに集中しはじめた。
それを見てこちらも深く座席に座り背もたれにもたれかかる。実は結構楽しみにしてたタイトルだったので、内容に集中しようとした。
退屈な予告が終わり、ビィーという音とともに映画本編が始まる。
「わっ……」
映画開始からド派手なバイクアクションに驚いて頭を揺らす石原。
癖っ毛がおれのシートまで浸食してきて、肩や頬をくすぐる。チクチクしてくすぐったい。
「……っ!」
思わず声を出してしまいそうになるのを我慢して、耐える。
くそ、だから周りにだれかいる。とくに女がいるようなところで映画を見るのは嫌なんだよ。
頼むから映画に集中させてくれ。
そんなことを祈っていると、今度は視界にチラチラと癖っ毛が入ってくる。鬱陶しい。
映画は冒頭のアクションシーンが終わって落ち着く。
一方、おれは隣の女のせいであまり集中できずにせっかくの見たかったアクションシーンをほとんど見逃してしまった。
それからしばらく映画は落ち着いた日常シーンに移っていった。
さすがにここらへんは落ち着いて見ることができたが、ひとつだけ問題があった。
『あら、アラン。久しぶりね……』
『キャリーじゃないか。君もパーティに来てたなんて……』
「じぃー」
映画上のヒロインが出てくるたび、石原がおれに向かって視線を投げかけてくるのだ。とくに女優の大きく開いたパーティドレスの胸元がカメラに映されるたびに。
「じぃーーーー」
無視無視。
そして――。
「……っ! そこ……行っちゃえ……!」
「ぐっ……! ……ッ!」
また派手なアクションシーンになると石原の頭が揺れて癖っ毛が引っかかる。
目の前を邪魔されて、まったく内容に集中できない。
それどころか癖っ毛がおれの鼻先をくすぐってくる。
「ちょ……くしゅっ! ぐしゅっ!?」
「ちょっと……センパイ、静かにしてください、いまいいところなんですから……!」
い・し・は・ら~~~???
おまえのせいだよ。おまえの癖っ毛のせいでくしゃみしてたら、アクションシーンのいいところ全部飛んだんだが。
アクションシーンを堪能して満足そうな石原と、まったく隣のせいでなにひとつまともに見られなかったおれは対照的だった。ここまでイライラする映画鑑賞もはじめてだった。
やはり席を離しておくべきだった。
「うっ……!」
そしてそのときはふいにやってきた。
おれは予期しておくべきだったのだ。二時間映画でド派手なアクション映画にはつき物であるものを。
バイオレンスと、そういうシーンはある意味セットで避けては通れないことを。
『ああっ……アラン! 来て……!』
『ああ、キャリー……愛してるよ!』
つまりそういうシーンがいまおれたちの目の前に展開されているわけだ。
おれは頭が痛くなってきた。ただでさえこういうシーンは映画や映像作品でもっともいらないものだと思っている。おれとしてはたとえひとりでもこういうシーンを見たくないわけだ。
なのに、いまは隣にこいつがいる。
「あわわ……ぴゃっ!」
石原は顔を真っ赤にしながら、両手で目を覆いながら、指の隙間からしっかりとそのシーンを凝視していた。
その両手まったく無意味なんじゃないですか、石原さん。
「あ……」
「あ……」
そんなふうに隣の女の横顔を見ていたら、石原が急にこちらを向いた。
意図せず思わず視線がぶつかる。ただでさえいま目の前の大きなスクリーンには、とても言葉では表現できない男女の情事がシーツ一枚越しに映っている。
いったいおれたちはなにを言えばいいのか。
すぐさま、ふたりとも跳ね返るようにそっぽを向いた。
「…………」
「…………」
大人向けのシーンを前にふたりして顔を赤くし、目をそらすなんて。
おかしい。これじゃまるで初々しい、アレじゃないか。おれたち、アレじゃないか。
これ以上は心の中といえど、言いたくないけど、ひょっとして周りから見たらおれたちは本当にデートしているアレみたいに見えているのか。
いいや、違うんだ。これはフリ。フリなんです。
みなさーん、デートしてるフリなんですよー。こいつのことなんて路傍の石くらいにしか思ってないんですよー。
おれはこの場で立ち上がって、ついついそう言いたい気分だった。
おれたちが視線をそらしている中、ずっとスピーカーからは男と女の甘い情事の声が漏れてきていた。
「センパイ。す、すごい映画でした、ね……」
「ああ、すごかったな……あのシーンとか」
「あ、アノ!?」
「もちろん、あ、アクションシーンことだぞ!? いや……すまん、いまの忘れてくれ」
「は、はいぃ……」
あの後いろいろすごいアクションシーンが続いて感動のラストがあったような気がするのだが、あいにくおれはなにも覚えていない。
石原の分と合わせて映画代4000円と引き換えに、やっぱり女と映画なんて行くものじゃないという知見を得た。
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