女嫌いと、約束
「これで全部だ……これでわかっただろ? おれが女嫌いの理由」
アキラに胸の内にわだかまって腐臭を放っていたどうでもいい話をすべて吐露していた。
だれにも言ったことがないような、しようもない思い出話だ。
「なんかあらためて語ると……ダサイよな」
「…………」
アキラはおれのそんな自嘲気味な声に黙っていた。
「はは、なんだ。あまりのダサさに引いたか?」
「そんなこと……」
「自分のトラウマを理由に女とケンカしてって……ほんとダサイよな」
おれが女を避けるようになったのは、五年生のときの春樹のあの事件がきっかけだ。
でも決定的に女のことが嫌いなったのは六年のときのいざこざが原因だと思っている。
冷静に振り返ると馬鹿な話だ。歯車がひとつずつかみ合わなかっただけ。たったそれだけのことですべてが上手くいっていなかった時期。
「ま、奇跡的に立ち直ったけどな……」
だけど、それを頭ではわかっていながら。それでもおれは女が嫌いだ。許せない。
いまだに春樹の件を許す気もないし、少しでも気を許せばまた小六のころのような状況に逆戻りだ。
だからおれは絶対今後の人生においても、女とは関わらないと心に誓っている。
「辛かったですよね……」
「そうだな……でもただの思い出話だ」
「ただの思い出話って……そんなわけないでしょ」
「いいや。これはもう起こったことで、いまさらどうしようもない。ただの思い出話だよ」
「違います……」
「違わないさ。それにおれは立ち直った」
「そんなことないです! 治ってません!」
アキラが立ち上がってこちらを見てくる。正面から、まっすぐに。
おれはそんなフードの少年を見ながら冗談めかして言った、
「なんでだよ。アキラには関係ないだろ」
「関係ないかも……ないかもしれないけどっ!」
「アキラ、おまえ泣いて……?」
「だって、津島センパイ、いまだにそのことがトラウマになって苦労してるじゃないですか!」
「え、アキラ……?」
津島センパイって。おまえなにを言って。
そのときアキラはいままで取ろうともしなかったフードに手をかけた。
そしてただ茫然とするおれの前でフードをさっと取った。
するとその下から現れたのは、あの忘れたくても忘れられない癖っ毛だった。
「なっ……あ? ああ!?」
今度こそ、おれは驚いた。
驚いたまま、なにも言えずにぽかんと口を開けていた。
「い、石原…………?」
「うっ、ぐすっ……!」
そこにいたのは石原灯梨だった。
それで馬鹿なおれはやっと気づいた。ずっとアキラ少年だと思っていたのはおれの後輩で、女の石原灯梨だった。
「な、な……おまえ、石原……っ」
「そんなことはどうでもいいです! センパイ、治しましょう!」
石原は泣きはらした目を鋭くして、こちらをにらんでくる。怖い。
「な、なにを……」
「そのトラウマです! 女の子に苦手意識を抱いていることです!」
「いや、おれは女が苦手なんじゃなくて、嫌いなだけで……」
「そうやって言い訳してるからいつまでたっても、女の子の目すら見られないんです!」
「なっ……」
「ほら、そうやってすぐに視線をそらす。私の目、ちゃんと見てください!」
おれは石原に言われて思わず、まっすぐにその目を見た。
「…………!」
すぐに石原が顔を真っ赤にして視線をそらした。
「なんでおまえが視線そらすんだよ!?」
「す、すみません、急だったもので……」
「なんなんだよ、おまえが言ったんだろ」
「と・に・か・く! センパイの女の子恐怖症を治します!」
「はあ!? だれが!」
「私が!」
「おまえがあああああ!? いつから!」
「明日から!」
「明日からああああああああああああああああ!?」
いったいなにがどうなっているのか。
いままで男だと思って毎晩会っていたアキラ少年が、昼間学校でおれにぶつかってきた下級生の女の石原灯梨で、おれの女嫌いを治すとか。しかも明日からだと。
なんだかわけのわからない内に、大変なことになってしまった気がする。
「とっ、とりあえず……明日、わ……私っ、と、デート行きますよ!?」
「はああ!?」
で、デートぉ! おれが? 女と!?
「なんでえええええええええええええええ!」
「センパイの女性嫌いを治すためです! 時間は朝の9時、この公園で待ってますから……絶対絶対来てください! 来てくれなかったら……」
「来なかったら……?」
石原はボソっとつぶやいた。
「学校にセンパイが女嫌いだって噂流します」
最悪だ。
石原の目は真剣で、本気でおれが明日公園に来なかったらどうなるかわからなかった。
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