少年の正体と、私

「それじゃ気をつけて帰れよ、アキラ」

「はい、お兄さんも気をつけて」

「すぐそこだけどな、家。はは、サンキュ」

 は夜の公園で手を振ってその背中が自宅の玄関に消えるまで見送った。

「…………」

 それからお兄ちゃんが玄関から戻ってこないことを確認して、パーカーのフードを取った。

「ふう……」

 そこには女の私がいた。石原灯梨が。

「お兄ちゃん……本当に気づいてない……?」

 少年って何度も連呼してたけど、本当に私のこと近所の中学生男子だと思っているのだろうか。

 あれだけベタベタ体触ってたら、どう考えても女の子だとバレたと思うんだけど。

「そういえば……触られちゃった」

 お兄ちゃんに触れられたところが熱を持っている気がする。とてもドキドキする。それに何度も抱きしめられて、近くで話しかけられたし。

 ああ、やばい。思い出すだけで倒れちゃいそう。

「思わず、鼻血出しちゃったし……」

 昼間の絆創膏の件といい、お兄ちゃんには恥ずかしいところばっかり見られちゃうな。

 私は額の大きな絆創膏をなでながら、緩む頬を元に戻せなかった。「今晩ちゃんと寝れるかな……はあ……」

 女の子嫌いのお兄ちゃんのほうも、いまごろ自宅で倒れてないといいけど。

 まあ大丈夫か。お兄ちゃんの中ではいまの私は男の子だもんね。

「思い込み激しそうだもんね、お兄ちゃん……」

 私は失礼すぎて決して本人には言えないようなことをつぶやいて、公園を出た。

「それにしたって、なんかとんでもない約束しちゃった気がするなあ……」

 明日から中学生男子、石神明としてお兄ちゃんに会わないとといけない。

 言葉で表すより、本当に大変なことになってしまった気がする。

 けれどそれが素直に楽しみな自分もいる。

 いまは石原灯梨としてお兄ちゃんに覚えられていないことよりも、石神明として気兼ねなく話せるようになったことが嬉しい。

 この幸せが、あと数日のことだとしても――。

「来週なんて来なければいいのに……」

 私は絵本に出てくる悲しい王女のようにつぶやいた。そう思うと、せっかく浮かれていた気分も暗く沈む。

「ダメダメ。暗くなってちゃ! 私にとっては、お兄ちゃんとひさびさに話せる、最後の貴重な時間なんだから、いっぱい思い出作らないと!」

 せっかくお兄ちゃんと気軽に話せるようになったのだから、それを前向きに受け止めないと。

「ふふっ……明日はなに話そうかな♪」

 帰宅するその足取りは、私の胸中の不安を振り払うようにとても力強いスキップだった。

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