女嫌いと、最悪の再開

 帰りのHRのあと、そのまま帰る帰宅部、部活に行くクラスメイトなどに紛れて流されるようにグランドに集められた生徒たち。

 ちなみに今日ボランティアに参加する生徒は、自動的に部活も休みになるらしい。

 グラウンドに集められた生徒は学年もクラスもバラバラに数十人。みんなジャージに着替えて、学年ごとに理路整然と整列していた。

 ただし、いずれもほとんどその顔は精気を抜かれたように、無表情だった。

(そりゃ、そうだよな。だれも喜んでボランティアに参加したいって物好きは少ないだろうからな)

 きっとおれのように理不尽に他薦で選ばれたのだろう。

 グラウンドに設置された朝礼台に教頭が登って、今日のボランティア活動について説明している。

 その朝礼台の周りには幾人かの教師が辛気臭い顔で突っ立っていた。

(うわ、仏頂面……)

 たぶん教師側もおれたち生徒側と同じ気持ちなのだろう。こんなことしてる暇あるなら、明日の授業の用意でもしたいんだろうな。

「……というわけで、皆さん班分けが終わったところから目の前の先生たちにトングとゴミ袋をもらって、各自担当地域に出発してください」

 おっと、そんなことを考えていたら教頭の説明が終わっていた。

 ボランティア内容は学区内のゴミ拾い。通学路やグラウンドの側溝などに落ちているゴミ掃除が目的らしい。なにやら教頭が今回のボランティアの意義や趣旨を説明していた気がするが、たぶん気のせいだろう。

 とにかく早くすませて帰りたい。

 そんなことを考えていたとき、一番声のデカイ男性教師が一歩前に出て、グラウンド中に聞こえるように叫んだ。

「じゃあ近いやつと『ふたり組』を作れー!」

「は?」

「どうした、津島?」

「あ、ゴリ……岩谷先生」

 キョロキョロするおれを見てやってきたのは体育教師の岩谷だ。全教師の中で一番声の大きいゴリラだ。間違えた人間だ。

 このゴリラはほかの教師たちがげんなりしている中、ひとりやたらと元気にしていた。まるで貼りついたような笑顔でおれに話しかけてくる。

「教頭先生の話聞いていなかったのか? 今回の清掃活動はペアを作って、各自担当地区を清掃してもらう。担当地区はこちらで割り振るからな」

「なるほど。それで、ふたり組ですか……」

 一部のやつには呪いの言葉だろうが、おれにはなんのことはない命令コマンドだ。

(なんのために普段人間関係に気をつかって優等生を演じていると思っている……)

 こういうとき、ハブられないためだ!

 さて、近くの男子でも捕まえて、さっさとゴミでも拾いにいこうかな。

「って、あれ……?」

 おれの周りにはすでに誰もいなかった。

 見渡すかぎり整地されたグラウンドがあった。

 よく見ると、みんなさっさとペアを作ってしまって、教師からトングとゴミ袋をもらって担当地区へと散っていく。

「あ、あれ……な~んか気のせいか~~~?」

 おれの周りに誰もいない気がするんだが。

 はは、そんな馬鹿な。二年生でヒエラルキー一番である、このおれが。

「津島……組む相手がいないのか?」

「あはは、馬鹿にしないでくださいよ。このおれが、まさか組む相手がいないなんて……はは、おかしいなあ」

 おれは焦った。

 まさかここに来てのアクシデント。ふたり組を組めずに先生と組むとかいうヒエラルキー最下位の醜態をさらしてしまうとは。

『え~、津島くん、先生とボランティア活動するの~?』

『うーわ、恥ずかしい~!』

 グラウンドのすみっこで部活している女どものありもしない声まで聞こえてくるようだ。

 ああ、このままでは忌まわしい女どもに人格を疑われてしまう。

「あの先生と組むのは嫌です! 先生と組むのは嫌です!」

「いや、なんで先生と組むのをそんな嫌がっているのか知らんが……だいたい、後ろにひとりいるじゃないか」

「へ?」

 厳めしい顔つきの岩谷はおれの肩越しに後ろを見ろと、顎をしゃくってみせる。

 よかった。

「ほっ。なんだまだおれとペアを組むやつが残ってたんじゃないか……」

 おれは後ろにいるのはどんなやつだろうと、振り向いた。

「あ、ああ……あのっ……昨日ぶりです、津島セン、パイ……!」

「ああ!? お、おまえは……!」

 そこには小さく縮こまった、癖っ毛の下級生の女がいた。

「き、昨日ぶりですね……アハハ」

 そう、女である。性別:Femaleである。

 しかも驚くべきことに顔見知りだった。

「石原灯梨ぃぃぃぃ!?」

 女はこちらを見て、目を点にして固まっていた。

 だが舐めないでほしい。固まっているのはこちらも同じだ。

 下級生の女とおれはともに石化したように固まっていた。

「津島センパイ……どうして私の名前を……?」

「保健の先生に聞いた。おれが倒れたあと、きみが先生に連絡してくれたんだってな?」

「は、はい!」

「一応、ありがとな」

「…………」

 べつに保健医に礼を言えと言われたから、言ったわけではない。礼を言うべき相手には礼を言う、それが人間としての最低限の尊厳だ――たとえ相手が女であったとしても。

「聞いてるか?」

 ぼうっとしている相手に声をかける。

「え!? あ、いえいえ……私はただ当たり前のことしただけで……! お礼なんて言われると、思ってなかったから……」

 下級生の女は両手を顔の前に出してぶんぶんと振って否定してくる。

(ん? それにしてもこの女……なに顔赤くしてんだ?)

 いまはやや顔を伏せて、はねた前髪で隠れているので、表情まではわからない。けどまるで全速力で走ったあとみたいに耳が真っ赤だ。どうした、礼を言われただけで照れているのか。

「上級生なんだ、しっかりと面倒見てやれよ。ほら……あと、お前らの担当は通学路Dだからな」

 そう言って岩谷はガッハッハと豪快に笑いながら、おれにトングとゴミ袋、それから担当地区を示すプリントを無理矢理持たせて去っていった。

 そして残されたのはおれと、ろくにしゃべったこともない下級生の女。

 先ほどからチラチラと顔の前にはねた癖っ毛の隙間から、こちらを無言でうかがっている。

「あの、よろしく……お願いします……」

「うそ、だろ……」

 おれは今日の放課後はいままでで一番長くなりそうだと、覚悟した。

 いや、絶望した。

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