24 修羅場到来、美少女と男の娘


「この泥棒猫が!」


 ハルは漫画で覚えたばかりの日本語を八尋に向けて言い放つ。ハルがここまで本気で怒っている理由は簡単だった。おしゃれで八尋に負けたからである。


 美香の普段着を借りているだけのハルに対して、八尋はゴシック調の青いドレスを身にまとい、足から頭まで完璧に揃った格好であった。これは、いわばオシャレの完全武装。ファッションなんてなにも知らないハルにだって直感的にわかるほどに可愛かったのだ。完璧だった。


「そんな恰好でレイを誘惑しないで!」


 そして、もう一つハルには間違った知識がある。男の子どうしは完璧な組み合わせであり、そこに女の子が入り込むには努力しなければならないという美香に教えられた知識である。


 だから、ハルは焦っていた。性別の壁という内面での敗北、服装の優劣という外面での敗北、そして、頭脳という知識面でもたぶん負けていそう。ハルは八尋に勝てる要素がなにもなかった。


 故に嫉妬心をぶつけるしかなかった。


 そんな、状況を美香は必死でメモしていた。ドアを少しだけ開けて隙間から様子をのぞき込んでいる。男と女と男の娘というややこしめの三角関係に何か創作の糸口があるんじゃないだろうか? 美香はそう思ってメモを取っていた。


 それに、美香は忘れたかった。自分が八尋に対して背負っている罪を。かつて、かわいらしい顔の八尋に無理やり女装させたときのことを…。


「わぁ、めっちゃかわいい!」


 かつて、そうやって八尋を褒め殺した結果。見事に彼の趣味となってしまった。最初は適当なセーラー服とかを着ていれば満足していたのに、今では美香も知らないようなドレスコーデやお化粧術を会得し、女装したら誰よりも女の子らしくなってしまったのだ。


 そんな、すべてを美香は忘れたかった。だから、メモを取りコンテを描いてごまかしたのだ。まったく関係ない第三者であることを装った。


 かくいう八尋は、驚いていた。急に部屋に飛び込んできていきなり文句を言ったハルに困惑する。女の子が嫉妬の視線で自分をにらみつけてくる。八尋は困るけれど、女らしさで競っているなら負けたくなかった。だから、ここは戦わねばならないと思った。


 そして、この部屋でもっと困っている人がいる。レイである。急に八尋が女装して現れただけでも驚いているのに、なん知らないが急にハルちゃんと八尋の二人が自分をめぐって争い始めたのである。


「こういうの、現実は小説よりも奇なりって言うんか?」


 この状況下でただ一人冷静だったのは虚無の心で晩御飯の準備をしていたケンジだけだった。


「ほら、飯にするから停戦せいや」


 むすっとした表情のハルと八尋。


「私、レイの隣じゃないと嫌だから」


「あ、うん。一緒に食べよう…」


「じゃぁ、僕もレイ君の隣がいい」


「えっ、うん。一緒に食べよう…」


 二人「ちょっと、レイはどっちを選ぶっていうの!」


 困惑するレイの肩をポンとたたいてケンジが慰めに入る。


「おう、レイ。自分も罪な男やな」


 レイは自由の身になったのに、またしてもよくわからない罪に問われ困惑するしかなかった。

  

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