18 半裸の妖精


「すごい、本当に紙の本がたくさんある」


 天井裏(機械室)に作られた先にある隠れ家的な本屋さん。当局の検閲を逃れるためにディストピランドの各所にこういった裏の本屋があった。


 八尋「自由だった頃の新東京ならこれくらいの本どこでも買えたらしいけどね」


 レイ「なのにどうして?」


 八尋「なんでも、隠れて読む漫画は一味違ったらしいんだ」


 レイ「それ、どういうこと?」


 八尋「自由の民にしかわからない楽しさがあったのかもね」


 自由の民はどうしてこんな不自由の塊みたいな場所を好んだんだろうか?


 美香「そんなことより、ここをキャンプ地とするよ」


 美香が声高らかに言った。


 この本屋に持ち歩くには重たい寝袋や複写機に予備の食料を置いて、この後は二班に分かれることになった。僕と美香が偵察に向かい、八尋とケンジの二人が食料到達をすることになった。


「じゃぁ、レイ君。私と一緒だね!」


「よろしくお願いします」


 美香さんは鼻歌を歌いながら僕を引き連れて外郭がいかくへとむけて歩いていく。歌なんて勤労きんろう賛歌さんか――人間は働くためだけに生きている――しか知らないから、新鮮だった。


「それってなんの歌ですか?」


「ん? 適当だよ!」


「そっか、自由ですからね」


 適当な調子の歌。早くなったりゆっくりになったり。そうして美香さんがあまりにも楽しそうに即興の鼻歌を歌うものだから、僕も何かメロディーを重ねてみようと思った。


「ふーんふふーん」


 けど、あんまり歌ったことのない僕は調子の外れた声になっていたらしい。


「ははは、レイ君音痴だね」


「えぇっ!」


「いいよ、ちょっと教えてアゲル」


 そういうと美香さんは僕に適当に声を出すように言う。だから、僕は「あ~~」と同じ音をずっと出す。それに合わせるように美香さんが同じように「あ~」と声を出す。うまく音があってディストピランドの廊下に僕らの声が反響し、心にもしみ込んでくる。


「ほんとだ、面白い!」


「そうでしょ!」


 歌なんて聞くだけのもので、歌うことなんてシジディアから求められない不必要な能力だと思ってた。けれど、実際に歌ってみるとこんなに楽しいものなんだな。僕はまだまだ知らないことがたくさんあるんだ。もっと楽しいことを知ってみたい。


「シジディアはね私たちから楽しいものを全部取り上げて、人生をつまらなくするんだ」


 こうして誰かとしゃべる時間もとっても楽しいって思った。だから、人々を隔離して、みんなとのお話の時間を奪うシジディアは、楽しみを奪うようにしか思えない。


「どうして、そんなことするんですかね」


「さぁ。ただ、くだらない理由だと思うけどね」




 一方、八尋とケンジは貨物列車から食料をあさっていた。ディストピランドの中には毛細もうさい血管けっかんのように張り巡らされたミニ鉄道があり、ランド内の住民への食糧しょくりょう配給はいきゅうに一役買っているのである。


「ここから拝借はいしゃくすればええってことやな」


「その通り。ただ、マナーはあるから気を付けてね」


泥棒どろぼう流儀りゅうぎがあるんか?」


 ケンジが人の背丈せたけくらいしかないおもちゃみたいな貨車の扉をガラガラと開く。すると、食料の入った銀色のレトルトパウチが無造作むぞうさに詰め込まれていていくつかは崩れ落ちてきた。


っていいのは貨車に入っているパックと落ちたやつだけ」


 八尋が説明する横で、ピックアップマシンが貨車の食料を拾い上げて、せっせと一人分の配給セットをまとめている。


「おーおー、なかなか手際のいいやっちゃな」


 ディストピランドは完全自動化社会。と思いきや、ピックアップマシンを操作するのは実は人間である。コンテナに住んでいるディストピランド人民の誰かがこのマシンを操っているのだ。


 ケンジは並び終えた給食セットを見る。


「今日のメニューは、パックライスとカレーに…お、こう濃縮のうしゅくプリンあるやん」


 と言って、ケンジは給食セットからプリンを拾う。


「それは拾っちゃダメだよ」


 八尋は説明した。ピックアップマシンが拾い上げて小分けされた食料は、誰かのコンテナに運ばれそのまま食事となる。ケンジが拾い上げた食料を横取りすると、どこかの誰かの高濃縮プリンがなくなってしまう。


「なるほど、誰かの飯奪うのは重罪やな」


「その通り、特に高濃縮プリンは戦争案件だね」


 高度な配給システムはシジディアの自慢である。しかし、貨車の中のパウチの数がいくつなのかわかっていないため、空になったらすぐに次のコンテナに移動してピックアップを再開する。ハイテクなようで抜けているところがいかにもディストピランドらしかった。


 そう言われ、ケンジはとりあえず目の前の「カレーパウチ」と書かれたコンテナに腕を突っ込んだ。


「ワイ、これも好きやねん」


 とつぶやきながら貨車いっぱいのパウチに手を突っ込む。欲張って手を置く深くまで突っ込む。するとなんだか「ムニっ」という謎の弾力ある感触に触れた。


「んあっ!」


 おまけに女子のエッチな声が聞こえてくる。ケンジは、その柔らかい何かを掴んだまま、とっさに扉を閉める。まるで、エロ動画視聴中に親が部屋に入ってきた子供のような素早さでそれを実行した。


「今、何か変な声聞こえなかった?」


「ん? あぁ、ちょっと腕挟んでしもて」


「そう? 気を付けてね」


 ケンジはとりあえずやり過ごしたが、しかし、どう考えてもおかしい。こんなところに女がいるわけない。しかし、ケンジの右腕の感触はリアルだった。初めてなのにとても手に馴染む柔らかい感触。さらに何か突起がついているので中指で感触を確かめると。


「きゃっ!」


 と、また女子の声が聞こえてくる。そして、レトルトパウチの中からゴソゴソと音がし始めて、強引に閉めていた扉に「ゴン」と頭を打ち付けたような音が聞こえる。


(ごくり…、まさかワイにも美女が来たんか?)


 ゴンゴン。柔らかい感触は、扉を開けろと要求している。だから、ケンジはゆっくりと扉を開く。すると、白い肌の背中とお尻が印象的な女子が飛び出してくるのであった。


「ふう、やっと出れた!」


 髪を揺らしながら整える女の子。膨らむところは膨らんで、締まるところはしっかり締まるエロい体の女の子。レイの言っていた通りのエロ体型だった。そして、その女子はくるりと振り向き、目が合った。その瞳の吸引力。まさに、絶世の美女がケンジの前に現れたのだった。


「ほ、ほんまにSSRの美少女おったんか…」


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