15 ディストピランドの外の世界

 

「それじゃ、早速出発しましょうか!」


 準備は簡単だった。銀色パックのレトルト食品やレーションを各自3日分持ち、複写機、調理器具、いざって時の武器(こん棒)。それに簡素かんそ寝袋ねぶくろを持ち、僕たちは出発する。


「おう、美香ちゃんたちまた出かけるのか?」


「はい、これからです。ハ〇ター×ハ〇ターの最新刊。今度こそ見つけてきますね!」


「続きが気になって仕方ないんだ、頼んだぞ!」


 僕たちは集落のみんなに見送られる。みんなが口にする漫画やアニメの続きや最新刊。僕たちはみんなのエンタメを背負い旅立つのである。


 そして、僕は美香さんたちを手伝いながら、ハルちゃんも探さねばならない。どうすればハルちゃんを見つけられるのか、僕には全然ぜんぜん想像そうぞうもつかなくて、こういう時に感じる気持ちを不安というらしい。自由とは不安で満ちた世界である。


「シジディアの言っていること、あながち間違まちがっていないんだな」


 せまい集落から外へつながる鉄の小さなハッチを開き、僕たちはまたディストピランド支配しはい領域りょういきり出す。


「途中まではれた道だから安心していいよ」


「いわゆる、冒険ぼうけんのインストラクションってやっちゃな」


「それで美香。今回はどっちに行くんだい?」


 美香は僕のほうを見た。そして、シジディアはこんなことも言っていたことを思い出す。

 約束は人間に課される最大ののろいである。自由主義者は人間のたましいを約束でしばり、ディストピランドの目指す無謬むびゅうの目標を否定ひていしようとする。


「そりゃ、約束だから。まずはシジノードの邸宅ていたくに決まってるじゃない!」


 シジディアは何か恐ろしいものであるかのように語った「約束」という呪い。でも、僕にとって、約束はとても心強く感じた。やっぱり、これもシジディアのうその一つなのだろう。


「約束ってやっぱり絶対なんだね」


「もちろん。守るよ」


「じゃぁ、僕もハルちゃんを助けに行かないと」


「それが君の最初の約束か。ちょっといいシチュエーションかも!」


 そういうと、美香は歩きながら器用にもメモを取り始める。僕が横からのぞいていると八尋が説明してくれた。描いているのはコンテと呼ばれる漫画の下書きである。


「美香はディストピランドにいた時から絵の才能があったんだ」


 最初は、ポテトサラダを絵具にして絵を描いていたらしい。生まれながらになぜか絵に興味を持ち、ディストピランド支配人の肖像を真似て絵を描いていた。


「そう、最初はランドにも重宝ちょうほうされてたのにさ、ここのシジノードときたら…私の忠誠心を全部ささげて仕上げた最高さいこう傑作けっさくを見て発狂はっきょうして、禁忌とか、懲役600年とか、異端者いたんしゃそく処分しょぶんするとか…」


「また始まった」


「もう、芸術のわからない世界なんていや一瞬いっしゅんで私の忠誠心がめた」


 一体、美香さんはどんな絵を仕上げたのだろうか?


 僕は気になって美香さんの描く絵コンテをのぞこうとした。しかし、となりにいたケンジが僕の肩をつかみ引き留める。


「レイ、やめとけ。目がくさるぞ!」


 振り向くと信じられないほど真剣しんけんな表情のケンジ。これは、よほど見てはならないものらしい。


「この女、しっかりしとって、面倒見も料理もうまいけどな、それだけはあかんのや」


 僕は息をのんだ。ここはケンジの言う通り見るのはよそう。しかし、僕の興味の波動を察知さっちした美香さんからは逃れられなかった。


「気になるのかね、レイ君」


「え、えぇ」


 僕はついつい同意してしまった。同時に二人の男子からため息が聞こえた。


「私の新作はだね!」


 あるところに仲良く生活する男二人がいた。男はとある罪を犯し、服役ふくえきすることとなった。別れ際にお互いの友情は永遠であると約束した二人の男。しかし、服役した先ではとてもたくさんの男に満ち溢れ、誘惑され、疑うこともあったけど


「それでも、信念を曲げず二人は再開し、友情が愛情に変わるの!」


 僕はついつい「面白そう」なんて口走る。美香さんがあまりにも生き生きと語るから、僕はついついめてしまったのだ。


 そこからの美香さんはもう、ノンストップ。ずっと僕にしゃべりかけていて、僕はずっと話を聞いていた。いい加減困ってくるも、ほかの二人はもう助けてくれなかった。


 長い時間、呪文じゅもんのような言葉をずっと聞かされていたと思う。ディストピランドのがりくねった迷宮めいきゅう構造こうぞうと共に僕の頭をとても締め付けるようだった。


 けれど、僕の視界しかいに光が差し込む。妙に明るい部屋に出た。


「ここは?」


「初めてだからね! 外の世界を見せてあげようと思って」


 この部屋には大きなディスプレイが置いてあって、それも床から天井まで全部が画面となっているほどに大きいものである。ここに、まるで奥行きでもあるかのような広い空間を映しているようだった。


「何かの映像?」


 しかし、それにしてはリアルな奥行きを感じる。立体映像とも異なるこのリアルな世界。僕はどうなっているのか確認すべく画面を指でフリックしてみる。しかし、何も起こらない。

 

 そんな僕を、美香さんは微笑みながら見ている。


「このガラスの向こうが外の世界だよ」


 そして、美香さんはレバーを引いてディスプレイを開け、中の世界に入ってしまうようだった。そして、ガラスの向こう側から僕に手を振る。


「どうなってるの?」


 僕はこれまでずっと鋼鉄のコンテナに存在し、一切外の世界を覗いたことはない。コンテナには当然ながら、窓やガラスなんてものはついておらず、その存在も知らなかった。だからこそ、美香さんに連れられてガラスの向こう側を知ったとき、僕は困惑することになる。


「こんなに続いているの?」


 赤く染まった空。そして、焦げた海苔みたいな香りがする。ディストピアのコンクリートは無限に続くわけではなく、その向こうには無限とも感じるほどに広い平野と空が続いていた。僕は恐る恐る頭を出して外を覗いた。送風機があるわけでもないのに風が吹いている。


「ディストピランドはこの広い世界の点に過ぎない場所しか支配していないの」


「ディストピランドが点の広さ?」


 ディストピランドは直径約10キロ、高さ2500メートルにも及ぶコンクリート製の要塞である。広大どころか世界そのものだと思っていたディストピランド。しかし、それは僕が知らなかっただけで、惑星はもっと何万倍も広いって知った。


「ディストピランドは世界のすべてじゃないんだ」


「私たちはこの狭いディストピランドから出て、真似事じゃない本当の自由をつかみに行くんだよ」


「その先に何があるのかな?」


「わからない。だから知りたいの」


 外の世界の存在は、僕の知りうる限りシジディア最大の嘘である。シジディアは世界を統べる最高の人工知能であり、彼の支配は世界に及び、人の心までも自由はなかったのだから。


 見渡す限りの広い荒野。それを見た僕は不思議と希望が込み上げてきた。コンクリートパネルが整列するディストピランドの外壁に一か所だけ大きな出っ張りが作られている。


「あの出っ張っているところは何?」


「あれが、シジノードの邸宅。これから向かうところだよ」

  

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