14 自由の苦しみ

 

「そういえば…」


 ひとしきり漫画を読み終えた僕はあることを思い出した。


「ケンジ君もハルちゃんを探すの手伝ってくれるそうです」


 それを美香さんに告げると、あからさまに表情が曇る。


「え? あいつ来るの?!」


「あいつとは失礼やな。ワイも絶世の美女を拝みたいんや」


 美香さんは虫を払うように、手でケンジを払う。


「それに、協力したらここの蔵書ぞうしょタダやって聞こえてきたでな」


 美香さんの表情はいよいよやばくなる。目つきが鋭くなって口角が下がる。懲役600年を受けたというのが事実なのだと思いたくなるほどおっかない顔つきだった。


「断る!」


「そないなこと言うなって。ワイもこいつらと同じ健全なエロ男子やないか」


「いや、八尋みたいなむっつりとか、レイ君みたいな純情男子の反応はからかっていて私が楽しいけど、あんたはただのエロ男。私に近寄らないで! けがれるわ!」


「ほな、これからはつつましく鼻の下伸ばさせていただきます!」


 そうして、ケンジは鼻の下を伸ばした間抜けづら披露ひろうする。


「いや~、キモチワルイ!」


 これに対して、八尋が少しだけフォローする。


「まぁ、美香。貴重な仲間なんだしそんなに毛嫌けぎらいしなくてもいいじゃない?」


 美香さんはむすっとした表情に変わる。どうにも、この世界では男女とは平等ではなく、どうやら女の人に気を使わないといけないらしい。


「せやで、その重たい複写機ふくしゃきとかお持ちしますぜ!」


「あんたが触ったら機械が汚染おせんされるの!」


「自分のコレクションもたいがいくさってるやないか!」


「うるせー! 女にしかな、男同士の美学はわかんないんだよ!」


 二人だけだとこじれるばかり。八尋が見かねて美香を説得し始める。


「美香、人数はやっぱり必要だよ。僕たち二人だけだとせいぜい徒歩三日くらいの距離しか出かけられなかったけど、荷物持ちと現地での補給係ができればその分遠くまで出られるし、一回の冒険でもっとたくさんの本を複写できるようになる」


「レイ君がいればちょっとは…」


「いや、現地での食料調達には探索を考えればやっぱり二人必要だ。複写作業だって二人いないと全然進まないだろう? 4人になれば調達と複写の二班作れる。今までよりもずっと奥まで探検できるようになる」


「でも、でも!」


 美香さんは頑張って断る理由を探す。そんな美香さんに八尋は耳打ちする。


「それに、もっと奥へ行けば乙女の理想郷ユートピア。乙女ピアが見つかるかもしれない」


「?!」


 その言葉を聞いて美香さんの様子が変わる。ケンジを連れて行くという耐え難い苦痛を取るか、乙女ピアという生涯の夢に手をかけるか、美香さんは顔に手を当て、額から汗を流し、足をじたばたさせながら唸り声をあげ、この困難な選択に対して思考する。


 これが本当の自由。自分で決めることの辛さである。それを僕は目の当たりにしているのだ。これを見ていて僕は少し恐ろしくなってきた。やはり、自分で選ぶってことはつらいことなのかもしれない。


「わかった、いいよ。一緒に来な」


 しかし、決断した時の彼女の顔は渋々という顔をしながらも、清々しさを感じた。意を決し覚悟を決めた美香さんにもう迷いはない。


「私は厳しいからね。こき使ってやる!」


「おおきに。ほな、精進しょうじんさせていただきます!」


 旅の準備は極めて質素だった。3日分の食料を持ち、漫画やアニメをマイクロフィルムに記録するための複写機を担ぎ、ディストピランド内を旅する。


 ディストピランドは新山手線をぐるりと取り囲み、東京を包み込む高さ2500メートルにも及ぶ巨大な円筒形の建物である。僕たちはこの広大なエリアから、お宝と、そしてハルちゃんを探し出さねばならないのである。


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