13 ハルちゃんのその先は…
「ね? このディストピアから脱出して本当の自由を手に入れようよ!」
美香は僕の肩をゆすって激しく同意を求めてくる。僕の冒険心をくすぐる魅力的な提案だと思う。しかし、僕はディストピランドの恐ろしさも知っている。小さなころからずっと、ディストピランドの誇るコンクリートの要塞が僕ら脆弱な人間を守りっていると教えられている。だから、その計画の壮大さよりも恐怖が勝ってしまう。だから、簡単には「はい」と答えられなかった。
「そっか」
僕が乗り気でない素振りを見せると、美香さんは簡単に引き下がってくれた。やはり、この世界では「ノー」という権利がある。断ってもいいのだ。
「協力できなくてごめんなさい」
「大丈夫。みんなに断られてるし慣れっこだよ」
と言いながら、美香さんは急にまたペンライト型の映写機を手に取り、フィルムを交換し始める。そして、僕に漫画の冒頭を見せる。
「これちょっと読んでみなよ」
美香さんはこの漫画は男の子のドリームが詰まっているという。とてもムフフな漫画。そして、それを裏付けるものだとイラストが証明していた。ハルちゃんみたいな黒髪の女の子の秘密が描かれていそうだった。
「美香、それは?」
「少年漫画だったけど、ムフフ過ぎてヤング向け漫画に移籍したシリーズの一つ。さっきのとはレベルが違うのだよ!」
そして、この漫画には曲線美だけではない要素が加わっている。僕がハルちゃんの胸のふくらみに触れたとき感じた違和感。この正体がこの漫画には描かれている気がしたのだ。
「…」
食い入るようにページを見る僕と、僕の様子を見て絶妙なタイミングで次のページに送る美香さん。
ハルちゃんの胸に触れた感触を思い出す。シャツ一枚挟んだ先のハルちゃんの胸には何か突起がついていた。この漫画は「それ」の存在をほのめかしている。この先に何があるのか? わざとらしく隠されるほど僕はその漫画に夢中になっていった。
「…」
物語はどんどん進み、真理に近づくたびに服という概念がどんどん破綻していくこの漫画。それを、じっと見つめる僕。
(それに、このキャラ。なんとなくハルちゃんに似ている)
そう思ってからの僕は、気持ちまでこの漫画の世界に入り込んでしまう。
もう吹き出しのセリフなんて目に入ってこないくらいにイラストに引き込まれ、ちょっと顔を赤らめた女の子がどんどん露わになっていく。
(あともう少し…)
そして、ついに神秘のベールがついに解き放たれ、僕の目の前に明るみになろうとしていた。なのに、なのにである。
「続きはまた来週!」
最も欲しい結果を見せてくれないこの漫画に対し、僕はどぎまぎする。こんなもったいぶった報告するとシジディアに
しかし、続きはまた来週と書いてある。であるならば、続きは存在しているのである。そうだ、続き。僕は美香さんを見た。
「あ、あの…」
「ごめんね、うちの商売なんだ。お金払って」
「えっ!?」
「もう一度言うよ。見たかったらお金払って!」
ケンジから教わったお金の
「お金がないなら、この漫画の続きは見せてあげない!」
「そ、そんな…」
そんな半泣き状態の僕を美香さんは微笑みながら見下ろす。
「でも、可哀想だからもう一つ選択肢をあげる」
僕は、美香さんに向き直り姿勢を正した。シジディアは選択肢が多いのは幸せだと言っていた。今までは全部同じ「はい」だけだったら幸せに思わなかったけど、今は違う。今までに感じえなかった希望を僕は認識した。
「そ、それはどんな選択肢でしょうか?」
「一緒にディストピア脱出を手伝ってくれれば、この漫画だけじゃない。ここの
よく見ればこの部屋には無数のフィルムが棚に収納されていた。もしかして、ここの蔵書にはすべて神秘的な何かが隠されているのではないだろうか? この漫画の続きだけでなくもっといろいろな神秘に触れることができるというのなら…、あるいは、僕の人生を
「美香さん。全部タダって本当ですよね?」
「もちろん」
この日、僕は初めて仕事とその報酬を得たのだった。もちろん漫画の続きは夢中で読んだ。ハルちゃんもこうなっているのかな? ムフフとはなんと素晴らしいものだろう。
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