07 アイス・キャンディー・キッス(青酸カリ風味)


「いいよ、あげる」


 ハルちゃんはさっそく僕からキャンディーを奪い取る。そして、プラスティックの棒をつまんで、冷却用の金属容器から白いアイスキャンディーを引き抜く。喜ぶ彼女の顔だけ見ていれば僕は幸せだと思っていた。


 しかし、ハルちゃんは僕の隣にぴったりと座ってこんなことを言う。


「レイも半分食べていいよ」


 そうして、ハルちゃんは自分が舐めているアイスキャンディーの残り半分を僕に見せる。ぺろりと舐めるピンク色の舌が堅いアイスキャンディーに押し当てられている。そんな様子に見惚みとれていると、ハルちゃんは不思議そうな顔をする。


「いらないの?」


「い、いる!」


 そうやって急かされて、僕はハルちゃんの舐めているのとは反対側の面に口を近づける。ハルちゃんの瞳が間近に迫り。僕の舌が冷たいアイスキャンディーに触れ、僕の鼻とハルちゃんの鼻が触れる。ハルちゃんと僕は同時にこのアイスキャンディーを舐めているのである。


 この距離、ハルちゃんの熱を感じる。時々ハルちゃんの息がかかってくすぐったい。一人で食べるのとはちょっと違って、僕が舌でキャンディーを押すと、ハルちゃんが舌で押し返す。


 顔と顔が近すぎてハルちゃんの透き通った瞳しか見えない。そんな、ハルちゃんもまたじっと僕の方を見ているのだ。


 キャンディーを二人で食べているとどんどん体積が減って、やがて棒の感触が舌に伝わって来る。そして、時々触れるハルちゃんの感触。ざらざらしていてなんだかくすぐったい。けど、とっても心地よかった。


「んっ」


 キャンディーの棒がポトリと落ちる。


 ハルちゃんが声を出す。ハルちゃんもくすぐったいらしい。そして次には舌が絡まって来る。僕も舌で押し返すようにハルちゃんを感じている。


 しばらく、そのままだった気がする。長い時間二人でくっついていた。頭がぼーっとしてずっとそうしていたいと思っていた。


 そして、突然、何かに目覚めたように二人は口と口を離す。唾液が糸を引いていた。ハルちゃんは頬を赤くしながらしばらくじっとしていた。けれど…。


「これ気持ちいい!」


 ハルちゃんが笑いながら言う。


「もう一回、してもいい?」


 ハルちゃんの求めに応じて僕は首を静かに縦に動かす。そして、また二人は顔を近づけていく。


「シジディアからのお知らせ、幸せ確認の時間です!」


 と、端末が声を出すとハルちゃんは乱暴に画面を叩いてすぐに回答した。そして、ハルちゃんの顔がどんどん近づいてくる。そして目をつむるハルちゃん。


「ハルちゃん…」


 また、口と口を合わせようとしたときであった。


「ミッションの進捗しんちょく確認です! 速やかに回答してください」


 マジで、いいところだったのに!


 ハルちゃんもおどろいて目をぱちぱちさせる。


 期限が1年のミッションなのに、3時間おきに進捗しんちょくを確認されるとは思っていなかった。しかし、このまま返信を放置しているとすぐに催涙さいるいガスを吹き付けられてひどい思いをすることになる。二人は仕方なく端末に向き直ったのである。


 画面には次のように表示されていた。


「進捗状況は? A, B, Cのどれ?」


 奇怪きっかいな選択肢。いつものように、「イエス」や「はい」など肯定意見だけを吸い取るものではない。


「これ、どういうこと?」


 僕たちに意味はさっぱり分からなかった。選択肢は普段より一つ少ない3つである。幸せ度合でいえばいつもより25パーセントオフなのだけど、回答時間がもう残り少ない。


「早く答えないと…」


 この場合、進捗を報告するのが妥当だろう。順調であればA、そうでなければそれ以外という意味にとれた。


「でも、私たちあんまり順調じゃないと思うんだよね」


 進捗で言えば僕たちはだた舌を重ねて遊んでいただけで「極秘ミッション(子づくり)」に関連するような謎は全く解明していない。正直、なんだかよくわからないことで時間をつぶしてしまっていたので、進捗はこれっぽっちも進んでいないと思えた。


「今のところCかな?」


 ということで、ハルちゃんはCを押そうとする。


「でも、ガス出てきたりしないかな?」


 僕と密着しているハルちゃんがビクっと反応する。順調と言いながら、仕事が遅れていることが見つかったら懲罰ちょうばつが待っている。シジディアの維持のためにこれっぽっちの無駄も許されないから、遅れていたら罰を受けるのは当然であった。ややこしいのは、遅れていると正直に報告するとすぐさま懲罰を受けるけど、遅れていないと報告してその遅れが発覚しなければ罰を逃れることがある。


 そして、ハルちゃんの驚き具合から、たぶんそういう経験はしたことがあるんだろう。


「Aって答えようか…」


 ということでハルちゃんがAのボタンを押そうとする。


「そうだね。そうしよう」


 しかし、急に僕のコンテナがクレーンで持ち上げられて、それも、下手な奴が操作しているのだろう。めちゃくちゃに揺れた。ハルちゃんがバランスを崩して僕に倒れ掛かって来る。そして、ハルちゃんの胸が僕の顔に押しあてられる。


 息が苦しいけど幸せだった。このまま死んでも未練の残らないほど幸せな気分だったけど、苦しさのあまりハルちゃんの胸を両手でつかむように持ち上げた。しかし、驚くほど手になじむふくらみである。


 ここまではハルちゃんも何も抵抗しなかったと思う。でも、僕はハルちゃんの胸のふくらみの先端に何かついていることに気づく。気になって指でなぞった結果、急にハルちゃんが


「ひゃっ!」


 と、変な声を上げてビクついたのである。


「くすぐったい!」


 と言ってハルちゃんにちょっと小突かれるけど。あんまり怒っていなかった。だからそこまでも別に良かった。ただ、驚いたハルちゃんが肘を端末にぶつけて選択肢「C」を押してしまっていたのである。


「あっ!」


 そのまま結果が、送信されてしまった。


「こちらシジディアの使いシジノード。確認事項がございます」


 ディストピランドのヤバさはここからが本番である。

  

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