06 欲しがってるハルちゃん


「ハルちゃんの体を調べてもいい?」


「うん、いいよ! 完璧に近づけるなら!」


 同意どういを得た。だから僕はハルちゃんのシャツをめくりあげて、体をよく観察かんさつしようとした。


 まずは彼女のこしにかかるシャツのすそに手を伸ばし両手でつまみ、ちょっとずつ持ち上げていく。服をがせるというたったそれだけのことなのに、僕は手にあせにぎり、不思議ふしぎと呼吸が高まり息もあらくなる。


 このぺらぺらしたぬの一枚いちまいの向う側に僕たちの求める完璧があるはずなのだ。これは、僕とハルちゃん二人で見つけるって約束したことであって、決して僕一人の興味のためではない。なのに…。


 しかし…。バシッ! 僕の頭に走る衝撃しょうげき。ハルちゃんは急に僕の頭を殴ったようだった。


(殴られた気がするけど気のせいだよね?)


 しかし、僕はこれくらいの衝撃ではびくともしない。目の前の獲物えものに夢中になった男はマジでこれくらいの衝撃ではびくともしないのである。僕は気にせずにそのまま服を持ち上げようとする。


 しかし…。バシーンッ! 今度はこのコンテナをるがす大きな衝撃が走る。ハルちゃんは間違いなく僕をぶったのである。


「痛い! えっ?」


「なんか、レイの息がっくすぐったい…」


 ハルちゃんはすそおさえて顔を真っ赤にして僕を押しのける。僕は運動したわけでもないのに「ぜーはー」と息が荒くなった。アレもカチカチになって痛いくらいだった。そして、顔を真っ赤にしてシャツの裾を引き延ばして前をかくそうとするハルちゃんの姿。反対にお尻の布はペロンとめくれあがっているのを見ていたら僕はさらに鼻息はないきが荒くなった。


 バシーン! そんな僕はもう一発いっぱつなぐられるのである。


「いや! なんか、気持ち悪い!」


「え、えぇ…」


 殴られたから? 拒絶きょぜつされたから? それとも気持ち悪いって言われたから? とにかく、僕は深く重い苦しみに包まれたのだった。急にいろいろしぼみ始めてなんだか涙が出始めた。ミッションのことなんてどうでもいい。こういう体の不調ふちょうはハルちゃんに嫌われたのが原因だとすぐにわかった。


「ねぇ、ハルちゃん?」


 それ以降、そっぽ向いて返事がない。それからしばらく、お互いが部屋のはしはしでうずくまっていた。拒絶きょぜつ。壁に向かってひとり言をつぶやいたってこうはならないけれど、ハルちゃんが振り向いてくれないとどうして胸がめ付けられるのか?


「ハルちゃん?」


 長い長い時間。僕には無限むげんに思えるほど長く孤独こどくな時が過ぎた。この間にいろいろ考えた。ハルちゃんに嫌われると結婚できない。だから、つまるところ完璧から遠ざかる。そうなれば、今まで完璧に近づいてパワーアップしていたのに、それがなくなってパワーダウンしてしまうのだろう。僕のあれもそれを裏付うらづけるようだった。


(そもそも、ハルちゃんはいいって言ったじゃないか!)


 今度は僕が調べる番なのに。どうして途中まではいいって言ってたのに、急に嫌だって言いだすのか? それに、あともう少しだったのにどうしてそんなタイミングで言い出すのか?


 僕の邪念じゃねんは長い時間かけて醸成じょうせいされていく。しかし。


「ピンポーン。お昼ご飯の時間です!」


 配給はいきゅうされる二人分のお昼ご飯がコンテナのポストに落ちてきた。それでも動かない二人。一人の時は唯一と言っていいほどの楽しい時間なのに、二人とも手を伸ばそうとしない。


 沈黙ちんもくは数分間続いた。コンテナ近くを何かの機械が通過してグオングオンという重低音じゅうていおんが通り過ぎた。それくらいの時間経った。


「ぐぅ~」とハルちゃんのお腹が鳴った。


「ハルちゃん、ごはん食べる?」


 ハルちゃんはまだ怒っているようだった。僕も気まぐれなハルちゃんに対して少し苛立いらだっていたけれど…。ハルちゃんはそっと振り向いてから…。


「うん」


 と、返事をくれた。


(あれ? これはチャンスでは?)


 ディストピランドの名物。なぞにく粉末ふんまつので味付けされたなぞ炭水化物たんすいかぶつを型で圧縮あっしゅくしたおにぎり、なぞ植物しょくぶつプランクトン製のミックス・ペースト・サラダ、それと青酸せいさんカリ風味ふうみのアイスキャンディーが付いていた。


「アイスキャンディーがある」


 このディストピランドにおいて非常にめずらしいなぞのない存在。真っ白な棒状ぼうじょう氷塊ひょうかいにほんのり甘いかおりのする僕の大好きなおやつである。


 そして、困ったことにこのアイスキャンディーは1本しか入っていなかった。更に悪いことがかさなる…。ハルちゃんがこのアイスキャンディーを物欲ものほしそうに見ているのだ。


「じゅるり…」


 さっきまでむすっとしていたハルちゃんの表情が、今までにないくらいに明るくなっていた。目を丸くしてアイスキャンディーを欲しがるハルちゃんを見ていると、今までの不機嫌ふきげんはいったいどこへ消えてしまったのか不思議に思う。だけど…。


「好きなの?」


「うん!」


 やっぱりそうであった。ハルちゃんもアイスキャンディーが大好物なのだ。


「これ、僕も大好きなんだ…」


 ハルちゃんの綺麗きれいな瞳が今度は僕を見つめる。


「くれないの?」


 欲しがってるハルちゃんの瞳。そんな顔されたら僕はことわれないよ。

  

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