第12話 無能な王様らしく


「——んで、どうするんだ?」


 英峰は体を起こすと天凱を見上げた。


、俺はお前の口から聞きたい。お前はどうしたい? 一人で戦い続けるのか、仲間を増やして戦うか」


 天凱は言い淀む。柳眉を極限までひそめると視線を彷徨わせて、長考する。しばらくしてからぱっと顔を持ち上げた。


「私は、紅琳のためならばこの命も惜しむことなく差し出すつもりだ」

「知ってる。お前が家族思いなことはずっと昔からな」

「紅琳を救うためなら誰でも利用してみせる」

「ああ。利用すればいい。お前は慶王サマなんだから」

「……英峰、紫翠。君たちを利用させてくれ」


 ふっ、と英峰は口角を持ち上げる。自信満々に胸を張ると拳で胸を叩く。


「利用しろ! 紫苑こいつは頑丈だし、強いし、俺には劣るが頭もまわる。すり潰してカスになるま——」

「わざと自分を除外しないで。あなたも入っているんだから」


 反射的に紫苑は英峰の背中を殴打した。


「……あの、怯えないでください」


 あからさま距離を取る天凱に紫苑は軽く笑いかける。

 天凱はちらりと紫苑の顔色を伺うがすぐに視線を地面に伏せる英峰に見定めた。


「英峰、生きているか?」

「慣れてるから平気」

「慣れて……」

「こいつ、暴力が愛情表現だからな」


 紫苑は天凱の前なことも忘れて舌打ちした。風評被害もはなはだしい。紫苑だって好きで暴力を振るっているわけではない。言葉で諭しても諭せないから、仕方なく殴って止めているだけだ。


「なあ、天凱」

「どうした」

「紅琳のガキは生きてんの?」


 天凱が息を呑む。大きく目を見開き、拳を強く握った。

 紫苑はその背中に足でも落としてやろうかと画策する。親しい仲でも相手は皇族なのだから敬称で呼ばなければいけないのに、まさかのガキ呼ばわり。

 しかも、生きているのかという繊細なことを不躾に聞くだなんて。紫苑がここでその背を踏みつければ、ただでさえ低い天凱からの評価が「暴力人間」となってしまう。そうならないためにも二人の会話に耳を傾けつつ、足元で転がる男の亡骸を片付けることにした。


「お前の言い方だと生きている風に聞こえるんだけど、根拠は?」

「生きてる。あの子がいなくなって、一ヶ月が経つ頃、これを送られた」


 そう言って天凱が懐から取り出したのは金糸が刺された朱色の絹帯だ。紅琳のだ、と天凱は絹帯を見つめながら呟く。


「紅琳にも会った」

「いつ?」

「半年ほど前、直接ではないがあの声は確かに紅琳だ」


 ふうん、と英峰は鼻を鳴らす。


「おそらくだけど、紅琳のガキがいるとしたら後宮だな」

「君もそう思うか」

「まあね。とりあえず、こいつの相方こいびと探しから始めるか。どうせ、宮女だろうし」

「そうだが、難しいぞ」

「お前が手をこまねいて、大人しく愚王に徹しているぐらいにはな」

「後宮は一つの国だ。私の権威も奥までは届かない」

「そ。だから、俺達は後宮に駒を送る」


 にやり、と下卑た笑みを浮かべた英峰は、立ち上がり、紫苑のそばにくると肩を抱き寄せる。


紫苑こいつが妃になって後宮入るんで」


 まさかの提案に紫苑と天凱は目を剥いた。

 ただ、二人の心中は異なる。また奇想天外なことに付き合わされると紫苑が憂いているのに対し、天凱は知人の頭がいかれた提案に驚いた。天凱は紫苑の正しい性別を知らない。知らないからこそ、中性的な優男を女装させて忍び込ませるという意味に聞こえたのだ。


「彼に女性の装いをさせるつもりか? さすがにバレるだろう」


 どれほど位が低い妃嬪でも世話役に侍女が宛がわれている。着替えや入浴、就寝など、性別を知られる場面は数多くある。

 そう告げれば、英峰は笑った。にやにやと、いやらしく、不愉快な笑みを浮かべた。


「こーいうことですよ」


 英峰は天凱の手を取ると紫苑の胸へと誘導した。さらしを巻いているとはいえ、凹凸は完全に真っ直ぐにできるわけもなく、天凱の手に微かな膨らみが伝わる。

 天凱は目を瞬かせた。紫苑は太ってはいない。鍛錬を積んだ身体は無駄な肉はついておらず、引き締まっている。男でも鍛えられた胸筋は柔らかいと言うが、手のひらに伝わる感触は男のものではないと教えてくれた。

 確かに紫苑は中世的な美人である。日に焼けていても手入れされた肌は滑らかで、まつ毛は長く、女と言われたら迷わず頷いてしまうだろう。


 ……着々と紫苑の性別が正しい方へと傾いていくのは、紫苑が顔を真っ赤にさせて震えているからでもある。いつものキリッとした表情は今や少女のように恥じらい、正直に言えば可愛らしいものへと変わっていた。


「あなたは何を考えている!!」


 英峰の頭部に紫苑の拳がめり込まれた。先ほどと比べて、力加減一切ない。紫苑の本気の拳は武芸のど素人である天凱でも「これはヤバい」と察する威力だ。

 そして、恐怖に震えた。不可抗力だとしても紫苑の胸に触れたのは自分だ。あの拳が自分にめり込む前に天凱は急いで頭を下げた。


「すまない! わざとではないんだ!!」


 英峰の生死よりも、自分の身が第一だ。天凱は許しをうべく、声を張り上げる。地面に膝を付き、額を擦り付けようとした時、紫苑が慌てて声をかけてきた。


「悪いのは英峰なんで大丈夫です。お気になさらないでください」


 天凱は何も悪くないと言外に伝えてくれて入るが、その英峰を睥睨へいげいする目は一寸たりとも笑ってはいなかった。


「俺が全部悪いのかよ」


 地面に突っ伏した体制のまま、英峰は不満げな声をあげる。あの拳を受けて平然としている旧友の姿に天凱はぞっとした。嫌に根性があるやつだと思っていたが、耐久もあるなんて知らなかった。知りたくもなかった。


「あなた以外、誰が悪いの?」

「お前と天凱」


 紫苑の胸を触ったのは置いといて、紅琳のことを黙っていたのは自分に否がある、と天凱が思っている側で紫苑は迷わずその背中に足を落とした。

 ぐえっ、と蛙が潰れた声がする。


「あなたが悪い」


 そうでしょう? とドスが利いた声で問いかけられても英峰は鼻で軽く笑うだけだ。


「それで、どうするの?」

「どうって?」

「いい案があるんでしょ?」

「まあな」


 英峰は目を細め、紫苑と天凱を交互に見つめた。


「無能な王様なら、それらしく行けばいい」

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