第7話


(なんか奇妙なんだよね)


 臥台に寝そべった紫苑は眉間に皺を寄せつつ、考え込んでいた。慶王の護衛として登城し、早二週間。その短い期間に蓄積された不満は小さいながらも着々と紫苑の思考の大半を占めるものとなった。


 まず、一つ。自分は護衛役としてなんの役にもたっていない。宮城内には天凱に対して敵意や反感を抱いた者達が多くいたが、怒りを買うのを恐れてなのか直接的に害そうとする者はいなかった。

 そのため、天凱の側で過ごした二週間は平穏そのもの。護衛としてよりも、天凱の小間使いとして側に控えていると言っても過言ではない自分の存在に「私、いるのかな?」と何度心が折れそうになったことか。

 せめて深夜の警備をと思ったのだが初日同様「いらん」と断られてしまった。命を狙われている身の癖に護衛がいらないなんてどの口が言うんだ、と——口が裂けても言えないが——つい叫びそうになってしまった。紫苑から言っても頷いてくれないのなら英峰から口添えしてもらおうと話をしたが能天気な幼馴染は「本人はいらないって言ってるなら言葉に甘えたら? 夜は休めばいいじゃん」と軽く笑い流していた。


(なんのための護衛だと思っているんだ)


 これではただのお飾りでしかない。


 二つ目。天凱は紫苑のことを奴婢だと認識している。料理を浴びせてきたり、仕事をサボる口実に利用されたり、人格否定されたり、歩いている時に足を引っ掛けられ転ばされたり、と彼の暇潰しという名の嫌がらせは止む気配は一向になく、日が経つにつれ酷くなっていく。機嫌を損ねれば嫌がらせはもっと過激なものとなる。

 正直、腹は立つし、何度も護衛を辞めたくなった。

 だが、辞めたら辞めたで負けたような気持ちになるので意地で続けている。


 そして最後の三つ目。宮城内の妙な勢力図について。

 現在、白耀城はくようじょうはこのまま慶王の席に座り続けて欲しい天凱派と末皇子に王位を継いで欲しい皇太后派の二つに分かれている。

 天凱と皇太后の二人は親子ではあるが、血の繋がりは一切ない。天凱の生母はしょう氏であり、妃位は春妃しゅんひを賜わった女性だ。天凱の妹である清賢公主を産むも産後の肥立ちが悪く二十九歳の若さで逝去せいきょしている。実母が亡くなり、後ろ盾が弱かった天凱の扶養は全て皇后だった皇太后に全権を委ねられた。

 当時、黄皇太后は三十八歳。先王との間に一男一女をもうけていたが皇子は十九歳の若さで戦死し、公主は遠い異国に嫁いでいるため黄家の姫であるが後宮での立場は弱かった。

 後宮での地盤は子供の有無で決まる。どんなに親が高官でも、地方の貧乏貴族でも男児を産んだ女が権威を持つのだ。皇太后は男児を産んではいたが亡くなったことで後宮内では第二皇子を産んだ冬妃より立場は低かった。

 男児のいない皇太后が皇后の位から落とされなかったのは先王が名門黄家の出自である皇太后を蔑ろにするわけにもいかず、また黄家との繋がりをより堅牢けんろうにしたいという考えから末席ではあるが王位継承権を得ている天凱が彼女の元へ養子に出されたわけだ。

 だが、その数年後、皇太后は四十四という高齢で身籠り、その翌年、末皇子が生まれたことから後継者争いが静かに勃発した。母方の生家の身分が低い天凱より、豪族である黄家の姫を母に持つ末皇子を推す声が多く上がり、当時を知る者が言うには「思い出したくもない雰囲気」だったらしい。

 しかし、皇太后が実子より天凱を慶王と推したため後継者争いは一旦、休戦となった。身分は低いが才もあり、学もある天凱は名君と称される慶王になると信じられていた。心を壊すまでは。


(英峰は弟君が怪しいと言っていたけど、現状的に怪しいのは皇太后様なんだよね。城内の雰囲気的に対立しているのは間違いないだろうし。けど……)


 遠目からしか拝見したことはないが皇太后は穏やかそうな女性だ。六十間近となっても美貌は太陽のように華やかで、金襴緞子きんらんどんすの衣装がとてもよく似合っていた。


(周囲が勝手に敵対しているとか?)


 本人を差し置いて周囲が勝手に盛り上がり、敵対することはよくあるが城内における二つの勢力図は異様だ。表立って対立するのではなく、水面下で静かに、じりじりと睨み合いを続けている。

 しかし、いつ火蓋が切って落とされようともすぐ鎮火するのではないかと思えるほどに凪いでいた。


(あいつに聞いて見るか)


 官席を持つ者は本人が望めば黒瑞寮こくずいりょうという独身専用の寮を借りることができるのだが、英峰は「自由が利かないのは嫌だ」といって今まで家から通っていた。先週からは本人の希望で黒瑞寮の一室を借りて——隣室からは苦情が絶えないと聞いているが——仕事に精を出しているらしい。

 黒瑞寮は少し離れているが会いに行ける距離だ。

 紫苑は勢いよく体を起こすと椅子にかけていた上掛けを肩に羽織る。

 考えれば考えるほど全身が泥沼に浸かったように気持ちが悪くなる。こう言う時は全ての元凶であり、意外と親身に相談事に乗ってくれる英峰に会いに行くに限る。

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