曇天、空気と、体温計

枝葉末節

曇天・空気・体温計

 昔からどっちつかずのモノが好みだった。

 例えば政論。右にも左にも寄らない姿勢は、能動的な争いを避けてくれる。

 例えばスポーツ。どのチームを応援しない中立的な視点は、単純に競技の結果だけで楽しめる。

 そして頭上を覆う曇天。晴れでも雨でもない雲に覆われた地上は、熱くもなく濡れることもなく、ただ太陽の照りつけを防いでくれる頼もしい存在だった。

 しかし、今ばかりは中途半端なのが恨めしい。

 天気予報では、降水確率がちょうど五十パーセント。気温はやや高め。遠くから雨天時独特な、土埃の舞い上がる臭いがする。

 自転車で通学する以上、雨が降るならレインコートは必須だ。あいにく片手で傘を持って雨中を走れるほど器用ではないし、もし出来たとしても交通安全だかなんだかで注意を受けるだろう。ただ、雨が降ってるワケでもないのにコートを着ているのも、逆に降っているため邪魔な荷物になるのも面倒だった。

 スマホでもう一度、天気予報を見る。降水確率は平らに並び、土曜日の明朝まで続いていた。

 さて、どうしたものか。

 こういう日に限って早く目が覚める。その分気だるさが伴っていた。いっそ休みたいところだが、布団から這い出たところで疲労感が僅かに残っているだけ。

 念のため、体温計で熱を測ってみる。軽やかな電子音の後に表示されたのは、三十六・四度。平熱の粋を出ない。

 母はそこそこ厳しい人だから、サボるのは認めてもらえないハズ。とは言っても他に一人で時間をつぶせる場所もお金もない。ジュースを買うくらいの硬貨程度しか渡されていないから、今日サボって遊んだら来週は不味い水道水くらいしか飲めないに違いなかった。

 あれこれ考えてる間にも、時間は過ぎていく。もう少ししたら、父の出勤に合わせて母が起こしに来る。その前に、なにかサボる口実を考えなければ――なんて思ったとき、手に持ったままの体温計を見て閃いた。

 これ、摩擦で意図的に高温を出せるのでは。

 思いついたので即実行。スイッチを押してから、布団の上で幾度も先端を往復させる。

 一度目は三十七度ちょうど。まだ足りない。微熱くらいでは家から蹴り出される。

 もっと動かす必要があるのか。再試行しようとして――階段を登る音が聞こえた。

 不味い。急ごう。母が来る。

 擦る音が聞こえるほどシーツの上に体温計を滑らせる。急げ、急げ。

 部屋のノブが捻られる。同時に体温計が音を立てた。表示されている温度は、三十八度。……高すぎるか?

「あら、起きていたのね。朝ごはんできてるわよ」

「いや、その……ちょっと、身体が熱くてさ」

 そう言うと、握っていた体温計を覗いてくる。それからくわっと目を開くと、焦った様子を見せる。

「三十八度!? 病院行くわよ!」

「ちょ、ちょっと……大げさだよ。寝てれば治るから」

「そんな温度じゃないでしょ! ほら、靴下だけでも履いて!」

 想定よりもオーバーリアクションで、気圧される。言われるがまま投げられた靴下を受け止めて、冷や汗が流れ出てるのを自覚しながら手早く履いた。

 それが終わるや否や、上着一枚だけを着せられて、車に乗せられた。近場の内科に行くつもりらしい。

 お互い黙ったまま病院へたどり着く。受付で体温計を渡されて、改めて測定した。この後の展開を察しながら。

「三十六・五度……? これ、壊れてるんじゃないの?」

「いや……その……」

 明らかに空気が悪くなる。もうダメだ、白状しよう。

 一通り今までの行いを吐き出す。そして全て口にした辺りで、頭に手刀が落とされた。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

曇天、空気と、体温計 枝葉末節 @Edahasiyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る