第2話


「ということでさ、君の家に置いてくれないか。もう家賃が払えないんだよ」


 彼は十分なものを持ち合わせていた。錦糸のように細く輝く金色の髪の毛、どんな髪型にしたって落ち着く整った骨格と輪郭、彫りの深いのに影の薄い表情、薄く輝く青い目。大抵の女は彼の目線の下にいるくらいに身長も高く、初めて会う人間にも尻込みしない対人能力も備えている。持ち前の容姿に青色の影を落とせば、女という女は同情を堪えきれない――というのを、彼は二十余年の人生経験で覚えてきた。


「私、色々考えたんだけど、もうベルナールとは一緒にいられない」


 はずだった。


「……は?」

「ご、ごめんね、急にこんなこと言って。私もね、そろそろ身を固めなきゃいけない時期なの。ベルナール、周りにたくさん女の子がいるでしょ? それで苦しくなるのもいやになったの。私に相談してきてくれたのも、先に他の子に断られたからでしょ?」


 ルイ・ベルナールは表情を固めた。彼女とは付き合い始めて五年になるのに、なんら信頼されていなかった。実際、彼には女性の友人が多かったが、それでも彼女が言うのとは違ってこの人に最初に相談しに来たし、他の子に断られたなんていうのも彼女が作りあげた被害妄想だった。


 彼は弁明しようとして、いつものように大袈裟なジェスチャーをしようと腕を振り上げたが、しかし、彼女の首元にネックレスが光るのが見えて、動きを止めた。


 彼女はワイングラスの前で、悲しげに首を横に振り続けるのみだった。ルイは、自分が情けなくなった。どうして信頼がないのだ。そしてその信頼のなさを、周りが勝手にいつの間にか形作って、勝手に様々なことを決めてしまう。


 ネックレスなんてアクセサリーは、独り身で付けていたら恥ずかしい。ああいうのはペアリングで初めて買うのだ。そしてルイは彼女にネックレスを買ってやったことがなかった。男ができたのだ。僕に女がいると思って、男を作ったのだ、この女は。


「……分かった。悪かったな。もう会わないよ。お前からも二度と連絡を寄越さないでくれ」


 精一杯の強がりで言い残して背を向けたが、彼はいまにもあの女が背中から呼び止めてくれるのを待っていた。だが店を出るまで、彼を呼び止める者はいなかった。


・・・・・


「頼む、後生だ、金を貸してくれ」

「いつも通り女に貸してもらったらいいだろ」


 友人Bは冷たく言い放った。彼はルイの友好関係の中でも数少ない男友達だったが、彼もまたルイのことを勘違いしていた。


「俺は女に金を貸してもらったことなんかない」

「よく言う、色男。誰かに寄生してなきゃお前みたいなクズ野郎が生きていられるわけないだろ」

「俺はまともにやってた! 金だってこの手で稼いでたんだ! 不当解雇だ、あれは。貯金も底を尽きてしまった。なあ、長い付き合いじゃないか。次の仕事が見つかるまで」


 友人Bはうざったらしいとばかりに顔をしかめて、ビールを煽った。


「次の仕事ったって、また冒険者稼業だろ。時代遅れも甚だしい。いまは定職に就いてまともに働くのが普通の時代なんだよ。お前に正社員になる能力があるのか? 周りにおべっか使ってもらって稼いでた身だろ。何年かかるか分からん職業探しにとりあえずで貸してやる金はないんだ」

「冒険者稼業はたしかにいまは影を見てるが、これからまた評価されていく仕事なんだよ。定職に就く人間が増えれば増えるほど、手元が覚束なくなって、細かい仕事を他人に頼らなきゃならなくなってくるだろ? それが段々と分かってくるんだろ」

「あーはいはい、またいつもの思想語りか? 済んだなら帰ってくれ」


 友人Bはそれから彼の言葉に全く耳を貸さなかった。ルイは怒って席を立ち、椅子を蹴り飛ばして外に出た。店の前の看板もついでに蹴り飛ばしたら、店外にいた店員に見付かって二度顔を殴られた。

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