ドレスアップ・ドレスダウン

小佐内 美星

第1話


「あのさ!」


 カレンは我慢の限界で、腹の底から声を上げた。彼女にとっては十九年ぶりのことだった。つまり、母の腹から飛び出てきた時以来のことである。


「気付いていないみたいだからみんなの代わりに言うけど、うんざりしてる! あなたのその女子を見下すような言動!」


 ルイ・ベルナールはいつも通りのらりくらりと言い返してやろうと思ったが、彼女の顔を見て思わず固まった。その端麗な容姿とゆったりした態度だけでこれまでの世を生き抜いてきた彼にとっては、この状況があまり芳しいものではないことがすぐに分かった。彼に分からないのは時勢だけであった。


 周りを見渡せば、自分に味方のいないことが愚鈍な役人にでも分かっただろう。彼は初めて入るコミュニティでは輪の中心になることが容易い人間だったが、そこに長く留まれば留まるほど綻びを見透かされていく、不出来な刺繍のような人間だった。


「とにかく、もう貴方はここのパーティにはいさせられない。昨日の夜に私たちで決めたことよ」

「いや、待ってくれカレン! 今まで僕に頼っていたことを、これからどうするって言うんだ!」

「少なくとも、女子のことを尊重できる人に頼むわ。貴方は確かに役立たずではなかったけど、だからといって特別な何かができるわけじゃないもの」


 ルイの端正な表情はその言葉で固まる。


 実際、彼女の言う通りだった。彼は物事の才能は軒並みあったが、器用貧乏で、何でもそつなくこなすというよりは、何でもそつなくこなしているように見えなくもないという感じの男だった。そして何しろ、女には何も出来ないと思い込んでいる。


(なんだって言うんだ! 一人じゃ荷も運べない癖に! いや、男に感化されなければ散歩にも行けないような生き物ではないか! それが、僕を追い出すと? ふざけた話だ!)


 悪態は思い付くが、だからといって口にもだせない。数日も経てば自分の不在に困り、泣いて門を叩いてくるだろう。そう思った矢先、パーティーで借りているアパートメントの扉が叩かれ、見知らぬ女が入ってきた。立派な背広には埃ひとつ付いていない。自尊心が表情からありありと漏れ出ていた。


「どちら様だ?」

「ルイ・ベルナール、こちらは法務官さまよ」

「法務官だと」

「いまここで問答契約を交わしてもらう」

「問答契約? なんだと言うんだ」

「もう二度と私たちのパーティに関わらないって、法務官さまの前で宣言して!」


 ルイ・ベルナールはある程度の言論における抵抗を試みたが、彼女たちはしっかりと立証責任を果たしており、また女の法務官はカレンその他、女しかいないこのパーティーのメンバーに同情的だった。


 こうしてルイは、出勤した朝に、数年掛けて築き上げてきた職を失った。神は僕を見捨てたのだ、と彼は思った。

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