第40話 名付け方法

告白が失敗した時特有の地獄のような沈黙の中、私は動く。


「あの、私ちょっと行きたいところがあって...。サルバドールさんはここで待っててください!」


そう言い残し、私は足早にその場を離れる。


私は別に行きたい場所なんてなかった。ただ、あの空気から逃れるためだ。それはサルバドールさんも気付いているだろう。


私はとりあえず、あの噴水へと戻った。


そこには予想通り、おじいさんがいた。


私はとにかく誰かと話したかった。必死に気を紛らわせるために。


「まだ見てるんですね」


覇気のない声で幽霊のように囁く。


「おお、さっきのお嬢さんか。何、別に見てはいない。ただぼんやりとしてただけだ。老ぼれにすることなんてあんまりないんだよ」


お爺さんはまっすぐ前を向きながら自分を卑下する。


その姿からはあまりオーラを感じなかった。


「どうしたんだい。何か用か?」


「え、そうですね。何かマリアのことについて知っていたりします?」


何も考えずに話しかけたので、特に用はなかった。


私は咄嗟にそれっぽい質問をした。


「マリアちゃんか。まあ、あの子はいい子だろうな。スタイルも良く、顔立ちもいい。頭も良く、礼儀正しい。絵に描いたようなお嬢様だな」


「へぇ、そうなんですね」


私は興味なさげに相槌を打つ。


やっぱり知らないんだ。他の人たちは何も。


マリアの裏の顔を知ったらみんなはどんな反応をするんだろう。


まあ、どうせ言っても全く信じられず、私がこの国から迫害されるんだろう。


私はどこか諦めたような妄想をした。


私をあんな目に遭わせた人が、世間では褒め称えられているのが、やっぱり気に食わない。


私はこのお爺さんに少しマリアの裏の顔を仄めかしてみた。


「それって本当なんですかね?実は裏では酷かったり、なんてオチもよくありますよね」


私はできるだけ悟られず、あくまで机上の空論だと言うことを意識させた。


「そうだろうか。まあわしはどっちでも構わんよ。元々あの一家にあんまり興味がないもんでな」


思ったよりもノータッチだった。


私はもっと攻めれると思い、より確信をついたことを言ってみた。


「私、聞いたことあるんですけど、あの一家が住む館に地下の牢屋があるらしいですよ」


あくまでも噂。単なる妄想だと思わせる。


「牢屋か。あれだけ金を持っていたら、そんなこともしかねないか。お嬢さん、あんたすごいあの一家のこと知ってそうだな」


興味のなさそうなお爺さんが急に私に質問という名の鋭いナイフを突きつける。


「え、そんなことないですよ。ただ噂や都市伝説が好きなだけですよ」


私は必死に誤魔化す。分かりやすく目が泳いでいるのが自分でも確認できた。


「そうか。じゃあこれは知ってるか?」


「なんですか?」


お爺さんが急に乗り気になり、声のトーンが上がる。


「あの一家の名付け方法を」


「知らないです」


名付け方法?そんなの知るはずがない。

ただ少し興味はあるので私は話に集中した。


「あそこ、先祖代々から男が生まれたらこんな子になってほしいと言う願掛けで、意味のある言葉をそのまま付けてるんだ」


「意味のある言葉?」


「そう、例えばあそこの主人の名前。名前はビリオンだ。名の通りすっかり金持ちになりやがったよ」


あいつの名前はビリオンだったんだ。


あの極悪非道の大犯罪者。


私は名前を聞いて思わず拳を強く握りしめた。


あれ?よく考えたら長男の名前はミミック。ミミックって確か、「真似る」とか「似せる」って意味があった気がする。


その通り彼は変装が上手かった。


でも子供に願掛けでミミックなんてつけるのかな?


ふと、疑問に思ったがそんなことはどうでも良かった。


「あ、そうなんですね。しっかり実現してるってすごいですね。


では、また結婚式で会いましょう」


「ああ、じゃあな」


十分に話し、心が満たされたので私はお爺さんとの会話を切り上げた。


でも、何かがずっと引っかかっていた。


けどその原因もわからず、私はサルバドールさんの元へ向かった。

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