第36話 噴水に喝

「サルバドールさん。城までどれくらいなんですか?」


果てしなく続く雪道を歩きながら聞く。


「そうですね...。あと、何時間もかかりそうですね...」


サルバドールが渋々言う。


「疲れたら全然休んでください。その間私があたりを見張っておきますので」


「いえ、大丈夫。サルバドールさんと一緒だと自然と苦にならないです


              あっ」


自分でもびっくりするくらい正直に言ってしまった。別に悪いことではないが、なぜか多少の後悔がある。


私の気持ちの変化の表れなのだろうか。


「いや、あのそう言うことじゃなくて...」


急いで今の発言を訂正しにかかるが言葉が詰まってうまく喋れない。


そんな私をサルバドールは笑顔で見守ってくれている。



もうかれこれ2時間ほど歩き、すでに足はクタクタになっていた。


ついつい、足を捻り、体がよろける。


「大丈夫ですか?」


咄嗟にサルバドールが支えてくれた。


「だ、大丈夫です」


迷惑かけてばかりの自分に少し落ち込みつつ言う。


「ごめんなさい。ずっと迷惑ばかりかけて」


「いやいや、アノンさんは私を助けるためにマリアの部屋まで行ってくれたんです。むしろこっちの方が支えられてます」


サルバドールがフォローしてくれる。


何気ない言葉だが、私の頬はうっすらと赤く染まった。


そして、私たちはこの先もずっと歩き続け、ようやく城下町が見えてきた。


「はぁ、やっとついた」


両手を天に向け、私は思わずだらしなく言葉を吐く。


空はまだ淡い水色で、おそらく午前5時ごろだろう。


「思ったより早く着くことができたな」


サルバドールは安心したようにひとりごつ。


城下町には全然人がいない。皆まだ、眠っているのだろう。


そうとなれば都合が良い。


見られるのを極力避けたいので、1人で散歩をしている人を中心にいろいろ情報を聞いて回ることにした。


「あの、すいません」


ベンチに座り噴水を眺める1人のお爺さんに声をかける。


「この王国の王子であるマルク様の結婚式は何時ごろに開かれるのですか?」


なるべくマルクとは遠い存在であることを意識させた。


「マルク様の結婚式かい?それは夕方6時から城が開くはずだ」


掠れ声で控えめな身振りで教えてくれる。


「お嬢さん、その結婚式に参加するのかい?実はわしも参加するんだよ」


急な質問に戸惑うが、それよりこのお爺さんも参加者という事に驚く。


「お爺さんも参加されるんですか?」


「ああ、わしはこの国のトップクラスのデザイナーだ。今回の式が行われる部屋はわしがデザインした」


自慢げに話すその口ぶりには年季が入っていた。


「デザインを!?すごいですね。今は、どうして噴水を見ていたんですか?」


なるべく自分のことを探られたくないので自ら話題を振る。


「この噴水はわしの一番弟子がデザインしたんだ。素人目にはよくできたものだろうけど、プロが見ると粗しか見つからん。


師匠と呼ばれるわしが恥ずかしいぐらいだ」


少々怒り気味に話す。


「そうなんですか?よくできた噴水だと思いますけど...」


私は少し心配そうに呟く。


「いや、そんなことはない。見てみろ、中心から外側に向かって円形に水が出るようになっているが、穴の大きさにばらつきがあるため、水の出所で水同士、重なりそれぞれの落下地点にもばらつきが出る。


瞬間の美しさが感じられない。これじゃどのタイミングでシャッターを切っても、写りが悪い」


「でも、穴の大きさは作る人が間違えたんじゃないですか?」


ヒートアップするお爺さんの口調を少し宥めるように聞く。


「いや、仮にそうでも設計ミスはデザイナーの責任だ。何か不備が出るような心意気で作らせてしまった時点でもうデザインが失敗しているのだよ」


持論を熱く語るお爺さんの目は一層輝いている。


「なるほど、とにかく教えてくださりありがとうございます」


私がお礼を言うとお爺さんはいえいえ、と手を振りまた、噴水を見つめる。

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