第35話 満月に照らされ、雪の上

シーンとした館内にコツコツと鳴り響く足音。その正体は紛れもなく私たち。


長い長い廊下を歩き、一歩ずつ着実に玄関付近へと向かっていく。


玄関にはぶっ倒れながら死んだように眠っている2人の警備員がいた。


おそらく上の人間が皆、結婚式に行き今なら怒られないだろうと気が抜けているのだろう。


それにしてもなぜ金持ちなのにこんな重労働をさせているのか...。


そう思ったが答えは自然と出てきた。この館の長である男はかつて村を支配し、これでもかというほど村人を虐げてきていたのだ。


それは単に倹約家とかそういうことじゃない。俗に言う「癖」なんだろう。


かわいそうに...と思いながらも、今のうちに、と早歩きで外へ出る。


「はぁ、外だ...」


数ヶ月ぶり、体感では数十年ぶりの外に私は感嘆の息を漏らす。


「寒い」


外は銀色の雪景色。木に積もった雪が上空にある綺麗な満月を私たちに教えてくれている。


「アノンさんはずっと外に出ていないですからね。存分に綺麗な空気を吸ってください」


ほくそ笑みながら言うサルバドールに私も笑顔で返す。


「そうですね。スゥーー」


私は勢いよく外の新鮮な空気を吸う。


「ハァーーーー」


そして吸った時間よりも何倍も長く息を吐き続ける。


監獄にいた頃の味がついたようなギラギラとした空気よりもずっと新鮮で綺麗に感じた。


本当に空気が違うのか、劣等感からくる錯覚なのかは分からない。


けど、やっぱり外の空気は良いと自然の全てが教えてくれる。


ザクッザクッ


私たちの雪を踏みつける音がする。


それは心地の良いリズムで耳の中の鼓膜を踊らせてくれる。


「大丈夫ですか?寒くないですか?」


横目にサルバドールが気遣ってくれる。


「うん。少し寒いです」


春ごろに捕まえられた私は袖の短いボロボロのおそらくマリアが使っていたであろう洋服を着せられており、なぜか我慢できていたがよくよく考えると今にでも凍死しそうなほどに寒い。


私は自分の両肩を掴みながら震えるジェスチャーをする。


「じゃあこれを」


サルバドールは自分の着ている厚手のコートを羽織らせてくれて、マフラーまで渡してくれた。


「ありがとう...!」


その防寒具たちは本来の力よりもずっと私を暖かくしてくれた。


空に星が浮かんでいる。


エモい雰囲気だ。そんな今日、マリアとマルクは結婚してしまうのか。


心の中でそう呟く。


せっかく良い感じの雰囲気を要らぬ妄想でぶち壊してしまった。


でも、やっぱり気になる。


マルクは本当にマリアが好きなのか。


もうどうしようもないのだが、少しはもがきたいと言う衝動に駆られている。


マリア...か。


私をこんな目に遭わせた張本人に私は嫉妬をしてしまった。

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