第5話 マリアの命令

私は恐る恐るトイレの中に手を突っ込もうとした。


「ちょっと待ちなさい!なに、手で飲もうとしてるのよ。口を突っ込んでそのまま飲みなさいよ」


「はい」


私は何も考えられなくなっていた。震えた声で返事をした「はい」は、私の中では意味を持っていなかった。


ただマリアに向けていってしまった以上口で飲みますと言ったことになるのだろう。


すでにトイレの水に浸かった手を出してトイレの中に口を入れる。


この監獄の中ですでに異臭を感じていたのにさらに匂いが強くなった。


明らかに使用した後のトイレだ。


鼻がひん曲がるほどの臭いの中に自分が入っている。想像するだけで吐き気を催すのに実際にやっていると考えると、自我を失いそうになってしまう。


何も考えず目を瞑りながらトイレの水を飲んだ。


「ウフフフ。ほんとに飲んでるわ。貧乏人のあんたにとっては日常茶飯事なんでしょうね。


まだ出ちゃダメよ。私がいいって言うまででちゃダメよ。よーしよく撮れてるわ」


「!?」


撮れてる?目を瞑りながら飲んでいるから見えないがこの滑稽、いや哀れ、もはやどの罵りも当てはまるような行為を動画や写真に収めているのだろうか。


抵抗することもできず、マリアの許しが出るまで出ることもできない。


私はこの生活が長く続くことを確信してしまった。


「よし、いいわよ」


「ぷは、はぁはぁ」


精神的にも体力的にもすでにボロボロだった。


マリアが一体何を考えているのか分からない。ただ原因は私とマルクの関係にあるのは確かだろう。


しかし、それを口に出して聞いてもいいのだろうか。これ以上マリアの機嫌を悪くしてしまったらどんなことが起こるか分からない。


もう一度さっきのことをする羽目になるかもしれないし、なんならより酷い目に遭うかもしれない。


「ほら、見なさい。あなたがトイレの水を飲んでいる写真よ。我ながらよく撮れてるわね」


マリアが写真をこっちに向ける。

絶対に見たくない。目の前で見せられて私は咄嗟に目を逸らした。


「何してんのよ、見なさいよ。私の言うことが聞けないわけ?」


やってしまった。こんなことでマリアの逆鱗に触れてはいけない。私はすぐに従う。


「いえ、見ます...」


飲んでいる。トイレの水を飲んでいる。過去の自分を自分とは呼びたくなかった。他人事のように思わないと自分が耐えられなかった。


そしてもう一度アレをさせられるかもしれないという恐怖で体が震えた。


「あらあなた手が濡れてるじゃない」


私はさっきトイレに突っ込んだ手を見た。


濡れていた。私が飲んだトイレの水で濡れていた。少しニヤついたマリアの顔を見て、嫌な予感がした。


「汚いわね。ここを汚さないように舐めて綺麗にしなさい」


「はい...」


私は抵抗すらしなくなった。


いやできなくなった。

躊躇することなく舐める。自分の中でなにかが壊れていくのを感じた。

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