第40話 洞

「……地下水路。……いやいや、そんなものがあるなんて聞いたことは……」


 だが、間違いなくあるのだ。リューのエコーによってこの地下監獄の構造は把握している。そしてちょうどこの檻の岩壁の一枚向こうは、鍾乳洞になっていることも把握している。


(……こういう狭い空間では、エコーって本当にチート能力よね。ダンジョン専門の冒険者だったら、あっという間に一流の冒険者になれそう)


 脚部を魔法によって強化を施し、靴底で厚い岩盤を蹴りしだく。


「たりゃぁっ!」


 ――ドゴォン。


 岩壁を破壊し、その崩れた壁の先には天然自然の地下水脈が広がっていた。


『ここが鍾乳洞ってことは、この水源をたどれば外に出られるってことだ』

「――ひっ! ひぃ……。けっ、剣が喋った!」


(……うん。なんというか喋る剣に素直に驚いてくれる人が居るのは逆に新鮮だよね。というか、みんな世間ズレし過ぎてると思うんだよね。もっと驚いても良いと私は思うのだけど)


 普通ってのも悪くないな。私はそんなことを思った。


『あんがとよ、オッサン。……おめぇみたいなリアクションしてくれる奴、我は好きだぜ。ちゃんと驚けるってのは立派な才能だ。あんた、スゲェよ』

「いやぁ、そんな。……俺なんて全然ですよ。その、リューさんは本当に凄いし憧れます! 剣が喋るなんて……本当に夢のようですッ!」


 よほど嬉しかったのか、リューの中でのこの冒険者の評価は爆上がりといった感じだ。


『へへ……アンチャン、いい奴だな。我、おめぇみたいな男、嫌いじゃ無いゼ?』


 ものすごい一瞬で意気投合している。男はいくつになってもこういうの好きなのだなー。そんなことを思った。


(好奇心は猫を殺す。まあ、その好奇心のせいで長生き出来ない面もあるんだけどね……。冒険者らしいといえば冒険者らしい)


 どうでもいいことではあるが、リューって『剣が喋っているのに意外と普通にスルーされる』こと気にしてたのか。意外と繊細な一面があるのかもしれない。……いや、ないな。うん、ナイナイ。


『洞窟ってのは、数千万年、規模によっては一億年を超える時を経て自然が作り出す空間のことを指す。気の遠くなるような時間のなかで作られたのがこの空間だ』


「まさに水の一滴岩をも崩すを地で行ってい感じね。それにしても数千万年って、あまりにも果てしなさ過ぎて想像することすら不可能な歳月ね」


『まあ、水の一滴が岩を崩すのには果てしない年月が必要だ。だけどな……人間の精神を壊すなら三日も要らねぇって噂だぜ。ヒヒッ』


 ちなみにリューが『三日も要らない』と言ったのは拷問法のことだ。リューが悪趣味なブラックジョーク気味なのは、ぶっちゃけ男冒険者が『さすがリュー様!』をするので、ご機嫌になっているからだ。


 まことしやかに語られている有名な拷問法で、全身を拘束し目隠しをした上で、一定の間隔で水をひたいに一滴ずつ垂らすと、精神が崩壊させられるらしい。私も拷問は専門外なので、実際にそれが可能かどうかは不明だが。


『ま、ブラックジョークはともかくだ。鍾乳洞に雨水が溜まってねーつーこと溜まった水が外に流れ出ている先があるってこと。つまり、この水の流れをたどれば外に出られるって訳だな』

「先生! つまり、水路沿いに歩いて行けば、外まで出られるってことですね!!」

『ご名答だ、生徒一号』


 いつのまにか冒険者マンはリューの探偵の助手的ポジションにされていた。


(退路が確保できているのであれば、収監されている人達はこの男の人に任せても大丈夫そうね)


 この男はエル・ファミルでも随一の冒険者。確かに今回は捕まってしまったが、それは相手が悪かっただけ。


 鍾乳洞の地下水脈をたどって、収監されている者たちを逃がすことくらいは造作なくやってくれるだろう。私は男に向かって簡潔に指示を伝える。


「この水路から、監獄の全ての囚人を逃がしてあげて欲しいのだけど、頼めるかしら?」

「任せてください。ですが、一点懸念が。地下水脈を辿って出た後は、どのようにして保護を求めるべきか……」

「それは大丈夫よ。陸上輸送船が夜明けまでは停泊してるわ。そこまで行けばあなたの勝ちよ。運賃はこれを使って」


 金貨百枚の入った麻袋を男に渡す。あのジズとかいう変態男から貰った金。思わぬところで役に立った。私が聖王国に来るまでに乗ってきた輸送船がまだメンテとエネルギー補給のために停泊している。それに乗ることができれば、作戦成功だ。


「……何もかもすまない。君は……まさか、ここに残るつもりなのか……?」


 確かに地下監獄からのこの街の罪なき住民の救助も重要だ。だが、私がこの街に訪れた理由は他にある。


 ――竜を倒さねばならない。そして、更にこの街に保護されているハイエルフのソフィアも今度こそ、完膚なきまでに叩きのめさなければならない。


「安心して。私はアンタ達が安全に逃げられるように上でひと暴れして注意を引いておくから。ドンパチしている混乱に乗じてここに捕らえられた人たちを助けてあげて」


 そう告げる。王権者マンはキッと真面目な顔になって私の顔を睨みつける。……何かこの期に及んで文句でもあるのだろうか?


「君は、勇敢な女性だ。俺の名前はバッシュ。……タニア、君の功績は俺が必ず。この戦場で勇敢に戦い、そして散ったと。……伝える」s

「あ、ありがとう。……ございます。その。……泣かないでください。本当、大丈夫なので?」


 いや。別に死ぬつもりは無いのだが。やはり単独で街の中でドンパチするとなると言えばこのような反応になるのも、致し方ない面もあるのかなと納得した。


「さあ、これで後顧の憂いは無しよ。これからが本番だからね。いくわよ! リュー!」


 監獄の扉を蹴破り、外に出る。太陽の日差しが眩しい。


「さあ、始めるわよ。――戦争をっ!」

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