第28話 豪華客船

 ここは海の上。とある事情で私は豪華客船に乗っている。


『ひゃー。やっぱ、海ってぇのはでっけぇナァ』

「一応言っておくけど、遊びじゃないんだからね」


『おやおや、我にそう言うこといっちゃう?」

「なによ」


『ヒヒッ小娘。めっちゃバカンスな格好してるじゃネェか』

「これは、あれよ。PTOよ、PTO」

『イイヤ、小娘。ちょっと惜しいが、違う。……TPO、な?』


 ……こほんっ。TPOだ。その意味は『とにかく空気を読め』的な意味だったと記憶している。ざっくりとした理解ではあるが、おおよそ当たっているはずだ。


 この浮ついた感じの格好もあくまでこの豪華客船に相応しい衣装は何かを考えてのことだ。決して、浮ついた気分で着ているわけではない。


『ハンモックに揺られながら言われても説得力ゼロだけどな?』

「なによぉ。いいじゃない、ちょっとくらい羽を伸ばしても」


 私たちがこの豪華客船に搭乗しているのは、サン・リヴィア近海の漁船が何隻も戻ってこないという事件、海の中でまるで巨大なウツボのような魚影を見たという噂から、竜絡みの事件である可能性が高いと踏んだからだ。


(それにしてもここ最近は活動頻度が多い……いやな胸騒ぎがする……)


 こと竜絡みの案件に関しては『嫌な予感』はよく当たる。被害報告がここ最近に集中しているという事実から、何かしらの影響で竜の活動が活発になっているという可能性が高い。


 この豪華客船は八百を超える乗客が搭乗可能な豪華客船。二百年前は機兵、つまり八メートルを超える人型の戦闘兵器の運搬をするための母艦として使われていた。


 私のアルマは普段は魔力温存のために身体の一部のみを強化する限定展開しか使わないが、完全展開した場合は全長四メートルほどの漆黒の機兵となる。竜鎧装着ドラグアムドも完全展開した際は、小型ではあるもののカテゴリーとしては機兵に分類されるとのこと。


『心配すんな、この船は、元空母。海上での戦闘にもある程度耐えられるはずだ。海竜に遭遇したとしても一撃で海の藻屑!……なぁーんてことはないはずだゼッ』

「そうね。確かにこれだけ巨大な船なら簡単には撃沈されることはないわよね。今回ばかりは私の出番はないかもね」


 出番がないのが一番良いことだ。私たちが動かなければいけないという事態は、つまりこの船だけでは対処できないほどの窮地に追いやられているということを意味する。


 この船の主武装は甲板に設置されたバリスタ。対艦用の武装の類は民間に売却された時にオミットされている。


『母艦として運用されていた時代にゃ、魚雷発射管を発展させたサイロから機兵をカタパルト射出していたそうだぜ。何というか、すげぇ話だよナァ』

「ちょっと私だったらお断りしたいシチュエーションね」


 イメージ的にはサーカスの演目の人間大砲。その機兵版といった感じだろうか。


(まあ、サーカスの方は本当に人を飛ばしている訳ではなく、双子を使っているか、地下通路から移動しているかのどちらからしいけど)


 ……この豪華客船はもちろんそのような物騒な兵器も取り外されている。


「それにしてもバリスタってかなりの大きさなのね」


『城門も粉砕する威力らしいゼ。構造もシンプルでメンテもラク。金もかからネェ』


 構造自体は単純だ。だが直撃をくらえば、大抵の魔物であれば成すすべもなく海の藻屑と消えることになるだろう。なにしろクジラの一本釣りが可能と謳われている巨大なバリスタだ。海竜といえどタダでは済まないはずだ。


『そういえば、この船、タイ・タ・ニックっていうらしいゼ。クールだよな』

「……ちょっと不安になる名前ね。理屈では言えないんだけど、なんか響きが」


『そうカァ? 我、めっちゃカッコいいと思うんだけどなぁ……』


 リューはどうやら私の意見に不服らしい。


リューは『小娘は知らないだろうが、この船の名前は非常に歴史のある格式高い……○△×□』とか、何か早口で文句を言っていた。正直、途中からは声の小ささとあまりの早口で何を言っているのか聞き取れなかった。


(それにしても、バリスタといい船の名前の件といいリューは意外と、レトロフリークなところがある。古い時代の話になるとやたら早口になるので分かりやすい……)


 もちろん、竜や魔物との戦闘になれば、そういったような趣味嗜好を優先することはない。だが、平時は基本的に自分の趣味性……本人いわくロマン、のような物を大事にする傾向がある。


 確かに竜討伐が最優先事項だということは理解しているが、それだけではあまりにも寂しい。私は甲板の縁に立ち、海に向かって声を張り上げた。

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