第27話 業を背負いし者
縄に縛られ歓喜のあまりのたうちまわっていた男がふと動きを止める。
「ミスアーニャ。君の縄。……素晴らしい。確かにこれもある種の芸術と言っても良いでしょう、ですが、失礼ながら、これでは不十分。私のカバンから取って欲しい物があるのですが、お願いできますか?」
どうせろくでもない物しか入っていないだろうと思いつつも、開けた。なんだか、難しそうな書類の山と、そこには不釣り合いの透明な靴。
「この靴は?」
ヒールの入った透明な靴。
「ガラスの靴です。すみませんが、それを履いて頂けますか?」
靴に素足を通すくらいは朝飯前だ。特に断る理由もなかったのでガラスの靴を履いた。
「履きました。これでいいですか?」
「はい。……では、それで私を踏みつけてください。遠慮なく、殺すつもりでッ!」
「……いっ、嫌です……」
というかあんな鋭利なヒールで踏まれたら大怪我になりかねない。罪なき人間を殺すのは教義にも反する。……この男は罪が無くとも、業にまみれてはいるが。
「さあ、さあ、さあ、カモーン。僕を……痛めつけてぇ!!!」
「いっ、――いやだって、言ってるでしょっ!!」
思わず手が出た。いや、正確には足が出た。狙ったつもりはなかたのだがヒールがこの男の、男たる部分に直撃する。
「わおっ……。ホモ……エレクタス……」
男は天井を見上げるように仰向けに倒れた。煩悩を捨て去り悟りの域に達したかのような満ち足りた表情。すべてをやり遂げ、この世に何の未練も無いかのようなそんな……。
(――って、やばい。さすがにやりすぎた!)
「回復魔法っと! 生命の水よ 穢れを洗い流し 癒しを与えよ 【ヒールミスト】」
「……はっ、僕は何を? 一瞬、川の向こう側に父上と母上の姿が見えたような」
幸い、治癒の魔法の効果もあってか、大事には至らなかったようだ。
「気のせいです」
男は満足したのか一瞬で仕立ての良いスーツに着替え終え、鞄を持ち扉の前に立つ。そして、振り返り私を見て微笑む。
「ミスアーニャ。貴女のマッサージは最高だった」
「はぁ……」
「昇天。天にも昇る気分とはまさにこのこと。瞬きの間でしたが、早くに生き死別した両親、兄弟と再開できました。貴女のおかげです」
それって三途の川ではないだろうか?
「では、失礼。マドモワゼル・《タニア》」
◇
「タ、タニア様。貴女、一体何をされたのですか!?」
「私、何かやっちゃいましたか?」
まあ、思い当たるフシがありすぎてどれか分からない。これは、報酬も没収か。
「ふえぇ……?」
そんなことを思っていると驚くほどの金貨の詰まった袋を渡された。
「あの……。これ、本当に貰っても良いんですか?」
当初の話では報酬は金貨三十枚。だが、渡されたのはその三倍を超える金貨九十枚。豪邸が建てられる金額だ。
まあ、私には必要ないから買わないけど。複雑な気持ちではあったが、お金はしっかりと受け取るのであった。
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