第26話 夜の蝶
ところでパパとママのしていた『なかよし』って結局なんだったんだろうか。今度、リューに聞いてみようかしら。そんなことを考えていたらコンコンとドアを叩く音が響き渡る。
「初めまして、僕はジズ。レディー、君はまるで宝石のように美しい」
身長は百七十センチの仕立ての良いスーツを纏った紳士風の男。ここに訪れる客が特殊と言うのは本当のようだ。
(……まあ、いろんな意味で)
「マドモアゼル、君の名前を教えてもらっても良いかな?」
ここで本名を明かすのはさすがに不用心だろう。私は、事前に考えていた偽名を使う。
「私の名前はアーニャ」
「アーニャ。エレガントな名前だ」
男は帽子を取り、一礼をする。
「ミスアーニャ。早速で悪いけど、僕をブッてくれないかな?」
「……。えっと……はい?」
意味が分からない。
「聞こえなかったかな? 君のかわいいお手々で僕の頬をバチィンッと、思い切りブッて欲しい。そう言ったんだ」
これ以上に無いほどの笑顔でそう語った。
「その……ビンタすれば良いんですか?」
「はい、そうですッ! 思い切りブッてください!」
私は男の頬を平手で叩いた。
(やばっ。やりすぎたかな?)
きりもみ状になりながら男は吹き飛ばされていった。
「ありがとうございます。素敵な……とても、素敵な一発でした」
男は、倒れながら親指を立てている。胸元からハンカチーフを取り出し、サッと鼻血を拭う。手慣れた感じからして、身分が高い者であるのは間違い無さそうだ。
「ミスアーニャ。一つお願いがあるのですが」
「はぁ、何でしょうか?」
「あなたの……すべすべなおみ足で……僕を……僕を……踏みつけてくださいぃいい!!」
気持ち悪いな。私は、そう思った。
◇
何だかんだで素足になり、男の言われるまま、素足になり男の全身を踏みしだく。
「もっと! もっとですッ! ワインを作る乙女のブドウ踏みのようにっ! あぁあっ!」
さすがに気持ち悪いな、そう思った。だが、金貨三十枚の労働。命がけのクエストよりも高い報酬。そう思えば背に腹は代えられない。我慢せねば。
「……ああ、もう少し……もう少し前へ! 亀のように……伸びろ僕の首っ!」
「……。あの、お客さま。何をしてるんですか?」
「何って、決まっているじゃないですか」
「はい?」
「スカートを覗こうとしているんですよ。この位置から、首を伸ばせばパンツが見えるかもしれませんので。でも、アーニャさんはあえて見せるようなことはしなくても良いですよ」
…………。
「あの、店長呼んできても良いですか?」
「……おやおや。何か誤解があったようですね。これは、シュレディンガーのパンツという哲学的な命題でして。――履いているか履いていないか、覗いてみないと分からない。そういう、哲学的な思考実験を実践しているだけでして」
「店長じゃなくて、呼んできますね。衛兵」
「スタァーップッ! ははッ、衛兵はその……。それに、もう必要はありません。謎はすべて解けました。貴女が履いているのは、パステルカラーの横ストライプ。そうですね?」
「……えっと。覗きましたよね?」
「いえいえ、これはあくまでも貴女の身長、体重、髪と瞳の色、汗の匂い、そういった複合的な要因から分析し、二八七通りの可能性の中から導き出した、結論」
なるほど。
「でも、やっぱり覗きましたよね」
男の目をジッと見つめる。
「はいッ! 覗きました! すみませぇんッ!」
足の裏で顔面をグリグリと踏みしだいた。
「もっと、もっと!」
という鳴き声が部屋中にこだました。
「ミスアーニャ。貴方は、なぜ私が踏まれることを好むか、分かりますか?」
考えるまでもない。
「変態だからじゃないですか?」
「イグザクトリー。僕が変態、であることは認めましょう」
……そこは認めるんだ。
「ですが、それだけではありません。僕は帝国で小領を預かる貴族。まあ、とは言っても、父母兄弟が事故で急死し、本来爵位継承権のない僕が急遽連れ戻されることになった、というだけですが。まあ、今日が私にとって、最後の自由な夜。そういうことになりますかね」
……という設定なのだろう。M属性だけではなくイメージプレイ好きとは恐れ入る。それに貴族であるはずがない。威厳がないし、若すぎる。
「僕は、豪華な椅子に座っているだけの貴族ではありたくない。民の心を知るためには、痛みを知る必要がある。だから、あえて痛みを求めているのです」
「でも、本当にそれだけですか?」
「あと、小さい子が好きだからっ! すべすべのおみ足が、大好きだからっ!!」
……でしょうね。そう思った。
「ミスアーニャ。ちょっとしたクイズです。男性は美しい女性に痛めつけられるとどうなるか知っていますか?」
「いえ、分からないですし、知りたくありません」
「答えを言いましょう。……性的に興奮します」
私は無言で護身用の縄で男の全身を縛り付ける。いっそこのまま衛兵に突き出そうか、そんな考えも頭によぎった。
「ミスアーニャ。なっ、何を!? うっ……縄がからまるっ! これでは、僕の体の自由が!」
「無駄ですよ。素人では絶対に外せない縛り方にしていますから」
「ぬうっ、くぅ! ああ、締まるっ……いや痛い……でも、気持ちいッ……! これは、新しいい。あ、ぬうっ! 体が縛りつけらえ……痛い……痛、気持ちいぃいいッ……!!! あああああああ、ありがとうございますっっ!!!!!」
男が絶叫しながらイモムシのようにのたうち回っている。
(……まるでホラーだ)
そう思うのであった。
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