第29話 船上の街
「やっほー」
私の声は船風によってかき消された。海は広く美しい。私はそう思うのだった。豪華客船のコースは非常に単純。海岸都市サン・リヴィアの近海をグルリと大まわりするだけ。だが、それで問題ない。
乗客は船からのサン・リヴィアの景色を楽しんだり、優雅に泳いでいるクジラを眺めているだけでも十二分に満足できる。
「なんか、ちょっとこの船。居心地悪いわね」
『ナンだぁ。だらしねぇ。もしかして船酔いかぁ?』
訓練で三半規管を鍛えているので、船酔いや馬車酔いすることはない。リューは、答えが分かっていながらこの質問を投げかけているので、正直に答えたものかと迷ったものの、黙っていてもイジられるのは予想できたので先んじてさも気にしていない体で答えた。
「ちょっとカップルが多いなって、そう思ったの。一人でこの船に乗っているのって、私くらいしかいないじゃない。そりゃ、さすがに気まずいわよ……」
『小娘……。ドンマイ。竜退治も大事かもしれねぇ、だけどおめぇも恋の一つもした方が良いぜ? こんなこと、無機物の我が言うのもナンだが、仕事だけの人生なんて虚しいもんだゼ。自分の人生、ちゃんと生きなきゃあっという間にお陀仏だぜ?』
(……~~~ッッッ!!! ○△×ッッッ!!!)
『何だよ小娘、何か言えよ……。言い過ぎた。謝る。その、ごめんな?』
心の中で罵詈雑言を叫んだが、口には出さず……ぐっと我慢する。正直、かなりムカッときた。だがリューを甲板に叩きつけたら賠償金がハンパないことになるのでグッと我慢した。ここがダンジョンなら、岩に叩きつけていたところだ。
――リンゴォーン
チャペルの鐘のなる音だ。バサバサと白い鳩が青い空へ向かって飛んでいった。なんとこの船の中にはチャペルがあるのだ。若い冒険者なんかはちょっと無理してでもここで結婚式を行う者も少なくない。
(……まあ、私は別に羨ましいとは思わないけどね? ……いやまぁ女の子だし、あの白いヒラヒラのドレスは、まぁ死ぬ前に一度は袖を通してみたいとは思うけど……)
正直、異性との出会いがない。……街を歩いていると、たまに後をつけられることはあるが、さすがに……無言で後ろをついて歩かれるのはちょっと怖いので、いろいろと難しい。……好意を持たれることに悪い気はしないが、……複雑だ。
『なんか、船の船首で結婚の誓いをすると、縁起がいいって話で迷信好きな連中とかは、この船の上で結婚式をする奴らも多いらしいゼ』
そんなことをリューが呟いた。何というか、この海岸都市サン・リヴィアは商売上手な街だなぁ。そう感心させられることが多い。この街の人間が信奉する海神教が基本的に『信仰する神が異なる者とも仲良くしなさい』という物なので、上手くいっている面もあるとは思う。
『なんかこの船、もはや街だよな。レストランとかもあるしヨ』
「この船の上だけでかなり経済が動いている感じね」
『お土産屋に。そうそうカジノもあるゼ!』
「カジノまで……凄いわね。でも、カジノはだーめ」
『小娘。今度は絶対勝つ! 倍にして返すッ!』
「駄目よ。この間カジノでスッカラカンになったばかりでしょ」
カジノで遊ぶお金はあるが、さすがにカジノで遊んでいる間に海竜に襲われたら洒落にならない。というわけで、我慢してもらうことにした。
『それにしてもよくこの船に乗れるだけの金稼げたナッ』
「ごめん、リュー。その話には触れないで……」
全身を縄で縛られた変態の顔がチラつきそうになった。頭をブンブンと振って、雑念を頭からかき消す。
『……? あら、地雷だったかしら。なんか知らんが、すまんナ?』
さすがに今日は地雷を踏みすぎていることに気づいていたのか、それ以上イジらず口笛を吹いて誤魔化すリュー。お金に貴賤はない。もちろん、金貨百三十枚という法外な報酬をもらったことには感謝している。それを踏まえても、ちょっとアレは。
(……性癖に善悪はない。私もそれくらいのことは、一般論としては理解できる。だが、ガラスの靴で踏みつけられ、危うく三途の川を渡りかけたのに、その状態に快楽を感じるというのは、さすがに人としてどうかと思うのだ)
この豪華客船クルーズの乗船料金はなんと金貨十枚。昨日、荒稼ぎできていなかったら乗ることもできなかった。
それに役に立ったのはお金だけじゃないコネもだ。国内外の観光客からかなり人気の船のようで、あのお店の店長のコネ枠がなければ、この船に乗りこむこともできなかった。
(あの店長、見た目はめっちゃふつーのおっさんなのに、凄い人だったのかな?)
人は見た目によらないというのは事実かもしれない。ペコペコ腰の低いおっさんというだけの印象だったが、仕事の腕は確かなのだろう。
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