第11話 ジャバウオック

 アルマの限定展開を脅威と感じたのか、相対する竜は透明化を解き、その禍々しく異形の姿を晒す。


 透明化を解除し、その禍々しい姿を晒す。

 まるで蛇のように長大な体。

 その表皮には毛も鱗もなく、白い。

 口は魔物を一口で飲み込めるほど大きい。

 竜にも関わらず手も、翼も退化していて。


 ……その醜悪でおぞましい姿は。


「……ジャバウォック」


 かつてママに読んでもらった絵本。そこに描かれていた邪悪な竜。言葉では表現が不可能な、高熱を出した時の悪夢で見そうなほどに理解不能な形状。


 竜、竜、竜。――こいつは竜だ。身体に刻まれた黒竜紋が、コイツが竜だ。コイツを殺せ。そう叫んでいる。


(……里を滅ぼした……竜……だけど、私の大切な人たちは……もう……)


 ジャバウォックを見ているだけで、心も身体も憎悪という黒い炎で燃やされる。……カーラの里のように……燃える、燃える。


『――落ち着け、タニア。その気持は、コイツにぶつけろッ!』


 リューの言葉にハッと我に帰る。


『今は、ジャバウォックの討伐に専念しろ』

「了解。……それと、ありがとっ!」


 私が黒竜騎士になったのは人に害なす竜を滅ぼすため。そして、それを成すにはこのアルマのような、鉄の意志が必要。里を滅ぼした竜は憎い。


 だが、その感情に飲まれてはならない。その激情を力に換えて、竜を滅する。そのために、私は力を授かった。


『ジャバウォックに目が無いのはそもそも不要だからだ。――音だ。アイツは音で空間を認識している』

「……音?」

『難しく考えるな。我のソナーと同じ原理だ。まずは、音を破壊しろ』


 ゆっくりと深呼吸をし、脳に酸素を送り込む。自分の置かれている状況で何をするのが最善か。私はジャバウォックを睨み、地面をダッと蹴る。


「はあぁっ!」


 強化外装アルマをまとった両腕で竜殺し包丁をブン回す。ジャバウォックはこれを回避。……巨大な鉄塊は空を切る。――構わない。


 ――ガギィィィィィンッ!!!


 もとより私はジャバウォックに当てに行っていないのだから。ダンジョン内に巨大な金属音が響きわたる。


 強化外装アルマの腕部スラスターを展開してのフルスイングで石壁に巨大な鉄塊を叩きつけたのだ。それはもはや音の暴力と言っても過言ではない。


 質量を伴った巨大な音が洞窟を通り抜ける。超巨大な音の暴力は、聴覚に頼った戦いをするジャバウォックにとっては致命的なダメージとなる。


『ヒャッハァーッ。効いてるゼッ。あのマヌケ、のたうち回ってやがるゼッ』


 竜殺し包丁の切っ先をジャバウォックに向け、腰を深く落とし構える。竜は学習する。奇襲が有効なのは一度きり、次はない。


(――構わない。一撃で殺し切るっ!)


 アルマ外装両腕部に魔力を集中させる。スラスターから魔力の粒子が噴出。魔力の奔流として噴出される。荒れ狂う魔力の奔流を制御し、その力を制御する。


「はあぁあっ!!」


 一気にジャバウォックに距離を詰め、巨大な剣を振るう。


『――ッッ野郎ッ! マジかッ!?』


 両腕に感じる確かな反動。――だが、倒しきれていない。ジャバウォックが守りに入ったのだ。今は蛇がとぐろを巻くかのようにして、急所を斬られまいと守りをかためている。だが、それは私の予想の範囲。


「廻し 抉り 千切れ 【クイジナート】」


 この剣技は魔力が尽きるまで永遠に速度を増しながら回転斬りを続ける技。巨大な魔物程度であれば、オーバーキルにもほどがある技だが、この相手には最適解。


 一撃で倒せないのであれば、倒れるまで斬り続けるだけ一回転するたびに遠心力によって更に速度は加速する。ジャバウォックの肉塊があちこちに飛び散る。魔力が尽きるまでこの回転斬りを止めることはできない。むしろ加速しその斬れ味は増していく。


 この光景を例えるならば巨大な人間ミキサー。ミキサーによってミンチにされるのはジャバウォック。まるで調理器具に放り込まれたかのように、ジャバウォックの全身は捻れ、千切れ、抉れ……元の姿は残っていない。


 ――ギィィィィッ!


 ガラスを引っ掻いたかのようなヒステリックな咆哮。ジャバウォックはダッと後退、距離を取る。


(嘘でしょ……今の動き、明らかに物理法則を無視した動きだった)


 まるでジャバウォックが水平方向に落下するかのように移動したのだ。更に驚くべきは再生能力。あれだけズタズタに引き裂いた肉が恐るべき速さで再生しようとしている。


(……さすがに、それは反則)


 恐ろしいことにあれだけ斬り刻んだ傷跡があっという間にふさがっていく。異常な再生力。……これが、竜という生物の持つ生命力。


『火傷だ。肉を炙レッ!』

「了解! 火矢サジタ 必中ケルタ 射出ラディウス 【マジックミサイル】」


 無数の魔法陣を同時展開。詠唱を遂げると同時に炎の矢が射出される。無数の炎の矢が斬り裂いた傷跡に的確に着弾、爆発。


『ナイスだ! これでアイツはこれ以上再生できねぇ』


 焼けた肉を再生することは困難なようで、ジャバウォックの再生は完全に止まった。


「次は、どうする?」

『スリップダメージだけでヤレるはずだ。。距離を取って、魔法でチクチク削るぞ』


 敵も満身創痍、この状態ではまともに動けるはずは。……いや、おかしい。


(そもそも、クイジナートの連撃を避けた時の動き。……アレは何だ? 自分の足を使わずに、まるで後ろの空間に引っ張られるかのように移動していた……)


 向こうはたしかに動いていない。 いや、動こうとしていない


『まさかまさか……ッ! これは引力!?』


 嫌な予想は当たるものだ。ジャバウォックを中心に強力な引力が発生。しかも最悪なことにその引力は時間とともに増していく。


 つまり、のんびりと対策を考えている余裕はないということ。竜殺し包丁を地面に突き刺しなんとか持ちこたえているが、このままでは。


「これが……ジャバウォックの、狩り」


 一歩も動かずに引力でエサを引き寄せ捕食する。ゴブリン程度は丸呑みにする巨大な口。そして巨体に不釣り合いな退化した小さい腕。竜とは思えないほどに極限まで退化した翼。


(そういうことか。引力を使った狩り、それがこの竜の本来のスタイル)


 強力な竜に共通する特徴がある。それは特殊なスキルを持っていること。だが、狡猾な竜はその手の内を容易に晒すことはない。


 その力を行使するのは、確実に相手を殺せると確信した時、または、自分が殺されそうとしている時。


「リュー。貯蔵魔力、私に預けて」

『おうよッ。持ってけドロボーッ!』


 持ちうる魔力を両腕部に集中。更に竜殺し包丁から魔力を吸い上げ展開した両腕部に集中させる。両腕部に二人分の魔力が凝縮され。暴発しかねないほどの魔力が装填される。


(――制御しろ、この魔力の奔流を。できる、いや、やり切るっ!!)


 魔力装填完了。両腕部は光り輝き、解放されたスラスターから光の粒子が溢れ出る。狙うはジャバウォック。両腕を前方に突き出し……。


『キヒヒッ。さながらロケットパンチってところか』

「リュー。調整はあなたに任せる」

『あいよ、了解ッ!』


 引力に抗うために脚部に強化魔法も既に施している。もし引力に負ければそこで勝敗は決する。歯を食いしばり、その瞬間に備える。


「アイツの引力に負ければ、確実にミンチね」

『ヒヒッ。逆にミンチにしてやろうゼッ』


 ニワトリの卵を岩に叩きつけたらどうなるか。……その結果はあえて試すまでもないだろう。巨大な質量の相手に、力負けするとはそういうこと。


「アルマトスフィア両腕部へ全魔力の装填完了っ」

『うっし、……最終調整完了。細かいことを考えねぇで、ぶっ放せッ!!』

「――了解。必中ケルタ 射出ラディウス 【マジック・ナックル】」


 火矢の魔法を元にした即興の詠唱。両腕が射出されるイメージを脳内に思い描く。後は、この巨大な鋼の拳をジャバウォックに向けて、ブチ当てるのみ。


「『いっけぇ!』」


 ――二つの光り輝く鋼鉄の拳が……光の粒子を撒き散らしながら超高速で飛翔。更にその速度は、ジャバウォックの強力な引力によって更に加速される。


 超巨大な鋼の拳は遂には音速の壁を突き破り。大気に小さな爆発を生じさせながらまるで、隕石のようにジャバウォックに突き進む。


 ――パァンッ


 ……決着の瞬間はあまりにも一瞬だった。鋼の拳が触れた瞬間、まるで血の詰まった巨大な水風船が破裂するかのようにジャバウォックの身体が――爆発した。


 ジャバウォックは死ぬ瞬間まで自分の身に何が起こったのか、理解することも出来ず、走馬灯を見ることすら叶わなかっただろう。……それほどの一瞬。



 これが、私たちの竜に対する初勝利の瞬間であった。

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